夢と現実の間(はざま)――母の願いと決意の朝
深い眠りに落ちたあおこは、不思議な夢を見ていました。
そこは、色鮮やかな花々が歌い、トランプの兵隊が整列して歩く「不思議の国のアリス」の世界。あおこはいつの間にか、フリルがついた可愛らしい水色のドレスを身に纏い、アリスになっていました。
「あおこ、こっちよ! お茶会に遅れちゃうわ!」
前を走るのは、ウサギの耳をつけたわさこです。彼女に手を引かれ、あおこは夢のような景色の中を駆け抜けます。空飛ぶチェシャ猫が笑い、お菓子が宙を舞う楽しい世界。昨日の迷宮での死闘が嘘のように、穏やかで幸福な時間が流れていました。
しかし、その楽しい光景が急に波打つように歪み始めます。遠くから、どこか聞き覚えのある、現実味を帯びた鋭い声が響いてきました。
「……こ! あおこ! 起きなさい、いつまで寝てるの!」
「ふぇ……っ?」
あおこが勢いよく飛び起きると、そこは見慣れた自分の部屋でした。夢の中のドレスは消え、着慣れたパジャマ姿。頭を振ってもまだ意識がボーッとしていて、アリスの夢の残像が瞼の裏に張り付いています。
「もう、お昼になっちゃうわよ。ほら、顔を洗ってきなさい」
呆れたように言うお母さんと何気ない日常の会話をしながら、あおこはふらふらとリビングのテーブルへ向かいました。しかし、そこで彼女は自分の失態に気づきます。テーブルの上には、昨日ギルド教会でもらったばかりの、ずっしりと重い「ワサ」の入った革袋が、口を開けたまま置かれていたのです。
「ちょっと、あおこ……。この『ワサ』、一体どうしたの!?」
お母さんの声が一段と低くなり、鋭い視線が注がれました。普通の学生が持っているはずのない大金。あおこは観念して、昨日の出来事を正直に話し始めました。自分がギルドに登録したこと、Sランクを目指していること、そして昨日の冒険のこと……。
「……ギルド!? 冒険者になったっていうの!?」
お母さんは最初、激しく困惑しました。
「あんなに危ない場所に行って……もしあんたに何かあったらどうするの! お母さんは反対よ、今すぐやめなさい!」
当然の反対でした。しかし、あおこは引きませんでした。椅子から立ち上がり、お母さんの目を真っ直ぐに見つめます。
「お母さん、心配なのはわかってる。でも俺……私、見つけたいんだ。仲間の大切さも、自分がこの世界でやるべきことも。ワサラー団のみんなと一緒に、最後までやり遂げたいんだよ」
あおこの瞳に宿る、かつてないほど強くて真っ直ぐな意志。それを見たお母さんは、振り上げた拳をゆっくりと下ろし、深い溜息をつきました。
「……あんた、そんな顔をするようになったのね。わかったわよ。でも、無理だけは絶対にしないで。怪我をして帰ってきたら、その時は本当にやめさせるからね」
「お母さん……! ありがとう!」
困惑から心配、そして静かな応援へ。母の許しを得たあおこの心は、朝日を浴びたように晴れ渡りました。最強の仲間、そして家族の応援を背負い、あおこのSランクへの挑戦はさらに本格化していくことになります。




