修行開始編・静――「お茶」が教える魔力の神髄
死の砂漠での激闘を終え、一行は王都の喧騒から離れた静かな森の中にある、緑茶の庵へと足を運んでいた。
「……緑茶、本当にこれで強くなれるのか?」
俺は、目の前に置かれた一杯の湯呑みをじっと見つめていた。
修行と聞いて、てっきり滝に打たれたり、巨大な魔獣と戦わされたりするのかと思っていたが、始まったのはまさかの「茶会」だった。
「あおこ様、焦りは禁物です。あなたの魔法は『拡散』……つまり広げる力です。しかし、広げるための『芯』が細ければ、風に吹かれた煙のように消えてしまう」
緑茶はいつになく真剣な表情で、静かにお茶を点てている。その所作の一つ一つから、砂漠で見せたあの圧倒的な防護結界の片鱗が感じられた。
「まずは、そのポニーテールを解いてみてください」
「えっ、髪を?」
「髪は魔力の放出口の一つです。結んで固定している状態から解き、ありのままの自分と向き合う。それが『静』の修行の第一歩です」
俺は言われるがままに、ポニーテールを解いた。さらりと黒髪が肩に流れる。鏡で見たあの美少女の姿だが、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。
「では、目を閉じて。体の中を流れる魔力を、一本の『茎』だと思ってください。その茎から、ゆっくりと熱が茶葉に伝わり、香りが開いていく……そのイメージを、外に漏らさず、器の中に閉じ込めるのです」
静寂の中の闘い
俺は目を閉じ、意識を集中させた。
普段の俺なら、魔力はすぐに体の外へ逃げていこうとする。それを、緑茶の教え通りに「器(自分自身)」の中に留めようとするが、これが驚くほど難しい。
(……くっ、熱い。魔力が内側で暴れようとしてる……!)
「逃がしてはいけません。それは『我慢』ではなく『調和』です。荒ぶる魔力を、優しくお茶の温度に馴染ませるのです」
傍らでは、わさこが静かにそれを見守っていた。
「あおこ、あなたの魔力はポテンシャルが高いわ。でも、使い方が荒っぽいのよ。二郎のスープを煮詰めるように、じっくりと、濃密に。最高の一杯を作るつもりで集中しなさい」
覚醒の兆し
数時間が経過しただろうか。
俺の周りの空気が、わずかに震え始めた。それは爆発的な波動ではなく、密度の高い、絹のような魔力の層だった。
不意に、俺は目を開けた。
目の前の湯呑みから立ち上る湯気が、俺の魔力に反応して、まるで生きているかのように複雑な幾何学模様を描き、空中で静止している。
「……できた。魔力を逃がさず、一点に『定着』させてる……!」
「お見事です、あおこ様。それが『静』の極意。拡散する前の、揺るぎない中心点です」
緑茶が満足そうに頷いたその時、庵の結界が激しく揺れた。
「――お楽しみのところ失礼するぜぇ! ワサラー団のリーダーが修行中って聞いてな、挨拶に来てやったぞ!」
野太い声と共に、森の木々をなぎ倒して現れたのは、巨大な鉄槌を担いだ異形の戦士。四天王の合流を聞きつけ、ワサラー団の評判を妬んだ他ギルドの刺客だった。
「チッ、いいところだったのに……」
俺は立ち上がり、再びポニーテールをきゅっと結び直した。
解いていた髪を結ぶ仕草が、今は以前よりもずっと力強く、明確な意志を感じさせる。
「緑茶、わさこ。学んだことを、早速試させてもらうぜ」
修行の成果。密度の増した俺の魔力が、青白い炎のように全身から立ち上った。




