第三章:仕組まれた発見
安永九年(1780年)二月。
志賀島の田畑。甚兵衛の鍬が泥中に硬い感触を捉えた。
掘り出されたのは、黄金に輝く小さな印。蛇の鈕がとぐろを巻き、印面には五文字。
村人の驚愕の声は、瞬く間に庄屋へ、郡奉行へと伝わっていった。
そして鑑定役に選ばれたのは、藩随一の儒者――亀井南冥である。
白布の上に置かれた金印を、南冥は静かに手に取った。掌に収まる小ささと、意外な重み。その感触に、彼の脳裏を走るのは最初の決意であった。
「歴史はただ待つものにあらず。真に学を修める者こそ、歴史を顕す役目を担う」
南冥は堂々と声を張り上げた。
「――これは間違いなく、後漢の光武帝が倭奴国王に賜った印綬である!」
役人たちは息を呑み、広間は歓声に包まれた。藩の名誉は一気に高まり、南冥の名声もまた絶頂へと達した。
その夜、褒賞の品々を前にしても、彼の目は輝きを増さなかった。欲したのは金銀ではない。
――歴史に己の名を刻むこと。
彼は酒をあおり、雨音を聴きながら微笑んだ。
「真実とは、後世がそうと信ずる物語にすぎぬ。ならば我が筆と知恵で、真実を形づくるのだ」
こうして南冥の名は確かに歴史に刻まれた。