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序章:燻る野心
安永七年(1778年)秋、筑前国・福岡。
藩儒・亀井南冥の私塾「亀井塾」には、遠方からも若者が集まり、学問の府として声価を博していた。だが、塾頭である南冥の胸には、消えぬ焦燥が燻っていた。
「我が言説は藩を越え、やがて天下に響くべし」
そう信じながらも、学問の講釈や門人の育成に埋もれては、後世に名を遺す保証はない。書斎で『後漢書』を繙くたび、彼の眼前にはある幻が浮かぶ。
――倭奴国王に下賜されたという、未だ世に出ぬ「金印」。
歴史に空白がある限り、真の学者の務めはそれを埋めることにある。
「発見されねば、我が手で顕せばよい」
南冥の胸に、危うい理想が芽吹いていった。