1 檸檬、両親を亡くしました
二日前、お母さんとお父さんが亡くなりました。
車にはねられ、お父さんは即死だったそうです。
お母さんは最初の方、少し意識があったことは覚えています。
――でも、詳しく覚えているわけではありません。
気付けば、救急車が来て。
気付けば、病院にいて。
気付けば、親戚が集まって来て。
気付けば、に一日経っていて。
気付けば、お葬式になっている。
ちゃんと生活していたような気もしますが、そこら辺の記憶も曖昧です。
泣いたかどうかも覚えていません。
♢♢♢
――コンコン――扉からノックが聞こえてきた。
「檸檬。入るぞ」
聞こえてきたのは父方の従兄の声。
いつもと変わらないような不愛想な声だけど、忙しい中来てくださったのだろう。
仕事上、良くは思わないが、少し声がかすれている。
窓辺で座って外を見ている檸檬と呼ばれた少女は、従兄が入ってきたことを確認すると視線を外に戻した。
わたしの前に立った従兄は周りが見とれるほど美しい金の髪と目を持っている。
いつも仕事として会う以外は何もしていないストレートの状態なのに、仕事中の彼のキャラ、「優しいお兄さん」らしさを感じられるウエーブにされている。
仕事から休む暇もなく来ているのだろう。
そして仕事中は垂れ気味の目も切れ長。これはいつもそうだが、意図してできることに最初は驚いた。
すらっとした身長はおそらくいつの間にかわたしを抜かしたのだろう。
年齢は一つ上なのにわたしがいつも上だったから、毎日牛乳を飲んでいるとか聞いたな。
人に見られる所でやらないだろうし、正しいかどうかは知らない。
何を言いに来たのだろう。気休めの言葉?
不器用だし、無理だろうな、そう思っていると
「……泣くなとは言えねえし、元気になれとは言わない。ただ、生きろ」
「――なんで?」
放たれた声は従兄よりずっとずっとカラカラで、どうにも止められないやっと出てきた涙が今すぐにも出てきそうだった。
「檸檬」
ガッと立ち上がって「碧も、」と言葉を続ける。
「碧も皆みたいに『飛鳥さんや柚さんの分まで生きろ』っていうの!? そんなキャラじゃないでしょ!? 嘘の人から言われる嘘の言葉は聞きたくない!」
「檸檬」
「ハァッ……!」
しばらく動いていなかったのにいきなり立ち上がったからだろう、フラッと倒れそうになった。
でも、わたしが倒れることなく碧に肩を強く掴まれ、椅子に押し返された。
「ぁ……ごめん」
「……まあ、普段の俺じゃこんなセリフでね~もんな。……でもな、全部が全部自分の思う通りだと思うな。俺から言うのはこれだけだ」
そう力強く言って出ていく。
ただの従妹のため、というより妹を思うような兄の目だった。
そして碧は出た先のすぐ側に待機していた二十代半ばごろの男性に「何が何でも檸檬に水を飲ませろ」そう言い残してどこかに消えた。
と言ってどこかに行ってしまった。
「……失礼しますね」
碧に言いつけられた男性は気まずそうに中に入ってくる。
動き一つ一つは普段と変わりない我が一族らしい金髪金眼に左側で分けられた髪。
だが、目の下のクマは出てきている。
仕方ない。
当主が突然亡くなるということはこういうことだ。
「――ねえ晃。わたし、お父さまとお母さまが亡くなってから、ずっと何も考えられない。碧にも酷いこと言っちゃった」
久しぶりに話してくれた主君に対して少し驚いた後、晃と呼ばれた青年はハァ、とため息を吐いた。
「三日間何も食べずに判断能力がそのままでいられる? 冗談じゃない。両親が亡くなって三日間何も食べていない者が、冷静に物を考えられるわけないじゃない!」
「――――フフッ……」
少しだが三日ぶりに笑った檸檬。
(それも……そうか)
晃と檸檬は昔、似た境遇の子を目の当たりにした。
その子は、目の前で父を交通事故で亡くした。
晃が珍しくこんなにも感情的になっているのはその時、その場にいたのに救えなかったからだ。
その子は小さくて理解できない弟たちの為にも頑張って笑顔を作ってたじゃない。
(でも、私はどう? 耐えられてないよ……!)
でも、いつまでもわたしは“わたし”をやっていられない。
「……あ~あ、久しぶりに晃さんに叱られちゃった」
いつも通りとはいられないけど、できるだけ私に戻る。
「……笑えたなら脳が面白いと判断した証拠です。さあ水を飲みましょう。思ったより、声がカラカラですよ」
「ありがとう」
コンコンとまたノックが鳴り、入ってきたのは晃さんの双子の兄の昴さん。
こちらも姿行動は何も変わった様子は見せないのにクマが酷い。
容姿も一切変わらず、分身を疑うようなレベルだ。
物心つく前から側にいるので私や碧はそんなことないが、よく間違えられる所を見る。
本人らが訂正することは基本ないのを見ると、慣れているのだろう。
「……碧さまから食べられる物をと言われたので持ってきました。……自分で持ってくればいいものを」
苦笑いする昴さん。
最後の一言、小声で言ってはいるけど、聞こえるようにだ。
一目見て、数分前とはだいぶ変わったことに気づいたのだろう。
「……食べられそうですか?」
「ええ、いただきます」
安堵した表情で
「三日食べてないのでそうめんです。料理長、喜んで作ってましたよ」
三日ぶりに食べる食べ物はとてもとてもおいしかった。
♢♢♢
なんやかんやで両親との最後のお別れが終わった後もいろんな人と話して次の日がたって車の中で揺られている。
「晃さん。私、新しい環境に慣れて行けると思いますか?」
「……檸檬さまが何を選択しようと環境は変わるものです。悔しいですが、避けられません。でも、少しずつ慣らすことは今回、できますし、嫌なことがあったら逃げて構いません。少なくとも私たちは檸檬さまを受け入れますよ」
「…………ありがとう」
葬儀は大阪で行われたためこれから神奈川にある家に行って荷物をまとめた後、これから暮らす母方の叔母の家、埼玉県に向かう長旅となる。
だけど、学校は残りわずかな二学期と三学期だけなので、卒業まで平日は実家で晃さんと暮らす。
決して近い距離ではないけど、渋滞もほとんどないので、ぼ~っとしているとあっという間に見慣れた家がある。
「つきました」
そう言われて車を降りる。
「……一回言われたかもしれないけど、この家、どうなるの?」
「ここの家主は檸檬さまとなりました。掃除は我々がしますので、檸檬さまがご家庭を持たれた時に暮らしてもいいですし、一人暮らしするときに使ってもよろしいです」
ご家庭を持たれた時……か。
「よく言うわ」
突き放すように皮肉を言った。
現状のまま行けば、私は大人になってもここに住めない。
でも、未来は分からない。
――その時はどんな風になっているんだろうか。
「……頑張れば行けなくない事ですものね。……中の家具とかはどうするの?」
「ッ……はい……。家具等は、処分することになると思います。我々判断ではどうもできませんので檸檬さまが時間のある時に整理なさってください」
「わかった……荷物まとめてくるからここで待ってて」
そう言って一人で家の中に入る。
「ただいま」
普段は「ただいま」と言えば「お帰り」って帰ってくる何気ない挨拶。
もう居ないんだと改めて感じて涙がこぼれる。
「なんで私を置いていっちゃうかなぁ……」
玄関でうずくまって泣き出す檸檬。
檸檬はまだ十代前半の子供。
一気に父と母を亡くして泣かずにいられるはずがない。
しばらく泣いていると玄関の方からコンコンとノックされる。
「檸檬さま? 大丈夫ですか?」
晃のその声にビクッとして
「大丈夫! ごめん。すぐ準備する!」
(檸檬様はもうちょっと人に頼れるようになるといいですね)
晃は玄関前で呆れた顔をして柱に寄り掛かっていた。
玄関越し程度のすすり泣きは晃の耳にちゃんと届いていたのだ。
♢♢♢
とある家のチャイムの前。
これから私は三月までは休日を、四月以降ここにお世話になる。
「…………」
……よしッ切り替え!
私は気持ちを切り替え、チャイムのボタンを押す。
――ピーンポーン――という音が響いた直後、ドタドタドタと二階から転げ落ちているのか、と疑うレベルの足音が聞こえた後バターンと壊れるんじゃないかってくらいに勢いよく玄関の扉が開かれる。
「いらっしゃい檸檬!」
大興奮の従姉・伊予が迎え入れてくれる。
伊予はエネルギーが有り余っていて元気のある子。
クリッとした大きな目にいつもの高い位置にあるポニーテール。
真っ黒な髪と目で、彼女の運動神経にかなう人を見たことない。
「檸檬ちゃん。いらっしゃい。昨日ぶりね」
後ろには伊予のお母さんで、私のお母さんの双子の妹・蜜柑さんが迎え入れてくれる。
顔は伊予そっくりで、実年齢よりずっと若く見えるのに、おっとりとしていて大人感が否めない。
母と蜜柑さんも似ているが、やはり、どうしても母の天然が蜜柑さんの大人の余裕が薄れていた感じがする。
「これからお世話になります」
私は二人に向かって深くお辞儀をする。
「蜜柑さま、伊予さま。これから檸檬さまがお世話になります」
そう言ながら晃さんも頭を下げたが、どうして同じぐらいの角度なのに礼儀に差があるように感じてしまうのでしょうか。
「檸檬ちゃん。荷物運んでらっしゃい。伊予。手伝ってあげて」
「もちろん!」
蜜柑さんからの指示があったので車に荷物を取りに行く。
「って、荷物これだけ!?」
持ってきた荷物が段ボール三箱のみで驚かれる。
「うん。今、必要なのはこれだけかな。もっと大きいものもあるんだけど、こっちに置けないから」
「そっか!」
伊予は「往復めんどいから二個持っちゃえ!」って言ってるけど、三つの内の一番重たいものを片手ずつで運んでいる結構筋肉のある女の子だ。
「あ。いまさ。部屋割りで喧嘩になってるとこなんだよね」
どうやら二階が三部屋あって二階を子供部屋にするという事が決まっている。
一人一部屋になるのが普通だが、それだと一人だけ六畳になるのと伊予が勉強しようと思っても漫画かベッドが目に入るとそっちに行ってしまって勉強できないから勉強部屋とは分けたいとのこと。
言い遅れたけど、伊予には双子の兄の圭理がいる。
「それでベッドとか全部解体して外に置いてあるんだよね~……。どうしよっか」
「う~ん。残りの二部屋の大きさは?」
「どっちも八畳だよ」
「ならケイが六畳、私たち二人で八畳一部屋で残りの一つが勉強部屋でどう? もちろんケイにも聞かなきゃだけど」
すると「じゃあ聞いてくる!」と言って走って二階に上がる。
(さっきから二階で聞こえる引きずった音は多分ケイだと思うんだけど、ケイも同じこと考えてるんじゃないかな?)
「あ~! お兄ちゃん何勝手に一人で運んでるの⁉」
(やっぱり……)
私は荷物を持って伊予の跡をついて行く。
行ってみると持ち運びやすいように解体されたベッドと机は私の言ったように六畳の部屋にベッドが一つ、八畳の一部屋にベッドが二つ、もう一つの八畳の部屋に机が三つ運ばれていた。
一番初めに運ばれていたのは廊下に出たあたりで止まっていた。
ケイがここまで運んだようだが、珍しく汗をかいて死んでいる。
ケイも二人と同じで黒髪黒目だが、毛先が少しだけ血のように赤い。
これは二人のお父さんゆずりだ。
力仕事は基本的に伊予がやるけど、伊予が私の方に行ったから仕方なく一人でやったって感じかな?
伊予を待つより自分でやった方がちょっとだけ早いと感じたのだろう。
自分の体力の低さを甘く見過ぎたね。
「お兄ちゃん。二階で私たちの会話聞いてたでしょ」
「…………」
(いや、ケイと私の考えが一緒だっただけだと思う)
この双子は正反対だ。
兄の圭理は頭がよく、妹の伊予は運動神経がいい。
兄の圭理は無口、妹の伊予は饒舌。
「いいから組み立てよ。机はともかく今日寝るところが床になるよ?」
「それはヤダ!」
そう言ってせっせと部屋に入ってベッドの組み立てに入る。
~三分後~
「見て!ベッドじゃないものができた!」
自分のベッド組み立てに夢中になっていると隣で組み立てていた伊予のベッドがすごい大きい人型ロボットみたいな形で立っていた。
立つためにはかなりのバランスが求められるけど、それをシレッと組み立てた伊予がすごい。
というか、どうしてこうなった?
「それじゃあ寝られないよ? 早く組み立て直そ?」
別の意味で器用な伊予であった。
翆 「圭理くんは圭の事です‼ すみません名前変えました‼ ま、実を言うとモデルと一切名前が変わっていないので今頃ですが替えました! あだ名で圭です!」
小 「声デケーしうるさい」
翆 「悪かったわね」
霧 「ねね。これ、ギャグなの? シリアスなの? ラブコメなの? 恋愛なの?」
翆 「ビミョーだよねぇ……表面はギャグだけど深くに行くとシリアス。恋愛小説を書けるような技術に私が到達してないからどちらかって言うとラブコメ? う~ん分からないね」
小 「キーワードとしてはシリアス。書き直し前はほのぼのとしか書いてないな」
霧 「つまりは読者によってジャンルはそれぞれ! この四つ以外でも全然あり!」
2026年1月8日
あだ名の“圭”をケイに変更しました。
一括変換なので、おかしかったら報告お願いします。
十話まで続きます。
それ以降もクセでなってしまうかもなので、お手数おかけしますが、報告お願いします。
2026年7月18日
変更点多数




