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サマー・メモリーズ~モノクロームの水平線~  作者: 想兼 ヒロ


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第25話 高校デビュー

 夏が終わった。秋を過ごして、冬を越えた。俺の高校生としての一年間は慌ただしく過ぎていった。そして、新しい春が来た。


「どうしようか」

 俺は誰を相手にもしていない(つぶや)きをこぼした。新しいクラスになって、なぜか誰も使う者がいない机をぼんやりと眺めている。

「あれ、オッキー。帰んないの?」

 (みね)(ぎし)が声をかけてきた。

「考え中」

 俺はそっちを見ずに答えた。後ろで、会話を続けようと待機している気配を感じるが、俺の口は開かない。

 重く、閉ざされたまま。


「……そっか。気が向いたら、教えてくれると(うれ)しい」

 (みね)(ぎし)はそれだけ言うと、くわしいことは何も聞かずに去って行った。足音が小さくなってから、俺がもう一回嘆息する。

「あいつ、意外と人の顔見てるよな」

 あれに慎重さをもっと加えれば失敗も少なくなるだろうに。俺は、ちょっとおかしくなって笑った。そのおかげか、少しだけ気が楽になる。


「まぁ、今日くらいは顔を出すか」

 俺は立ち上がって美術室に向かった。足取りは、まだ重かったけど。


 今日は新入部員の紹介があると言っていた。部長から、『無理強いはしないが、気が向いたら顔を出してくれると(うれ)しい』と言われたことを思い出す。()しくも(みね)(ぎし)と同じ台詞(せりふ)だ。気を遣われてるな、俺。

 ここ最近、俺は自分でも分かるくらいに不調だった。誰にも教えていないが、誰の目から見ても明らかだったんだろう。

 (しず)()からは一度だけ、悔しそうな顔で『話してくれてもいいじゃん。あたし、そんなに頼りない?』と言われたっけ。今朝はいつも通り(たた)()こしてきたけど、それはそれであいつなりの気遣いだよな。ちょっと、表情硬いのはさすがに分かる。


「でもなぁ」


 俺は誰とも、話したくなかった。と、いうより今はあまり誰とも関わりたくない。

 人間関係なんて所詮、()()(ごと)だ。他人への干渉は難しい。他者からの評価なんて気にしなくていい。


 でも、自分が、自分の勝手な言動が、相手を傷つけているとしたら話は別だ。


「まぁ、相談しようにも、自分でも分かってない欠点だしな」

 その欠点を指摘されて以来、人に会うのが(おつ)(くう)になった。それが自分の中で親しい、と思っているほどに顕著だった。


 それで、相手に気を遣わせたり傷つけたりしてたら意味が無いんだけど。それでも、俺は自分自身の心を制御できていなかった。

 ただ、まぁ、さすがにこのままでいてはいけないとは思っている。とりあえず、今日は久々に部活に顔を出そう。


 廊下を曲がろうとしたとき。

「うおっ」

「きゃっ」

 走ってきた女子とぶつかってしまった。小柄な彼女はその衝撃で後ろに尻餅をついてしまう。

「わ、悪い。大丈夫か」

 俺がぼんやりしてたからだな。手を差し出す。転んだ子はその顔をあげて。


「えっ」

 その目を見て、息を飲んだ。


「ありがとうございます」

 彼女はその手をとって、立ち上がる。俺は、ほぼ無感情でその手を引き上げる。スカートを払って、立ち上がった彼女はにっこりと笑った。


「はじめまして」

「あ、え」


 はじめまして?

 俺が戸惑っていると、彼女ははっきりとした声で言った。


「私、()(づき)(もえ)っていいます。新入生です。よろしくお願いします」

 都築は深々と頭を下げた。

「あ、ああ。よろしく。俺は二年生の(おき)()(ゆき)()

 名乗られたら、名乗らないと。俺は、反射的に答えた。


「それで、沖田センパイ。私はですね、ちょっとおたずねしたいことがありまして……」

 都築は、急にしおらしい態度を見せ。

「美術室って、どこでしょう?」

 自分が迷子だってことを告白してきた。


 都築の案内、ということであんなに重かった足がすんなりと動いた。部室には数人、都築の他にも新しい顔がある。もちろん、いなくなった人の方が多いが。

「なんだ、沖田。しばらく顔を見なかったと思ったら、女子に声をかける趣味に目覚めたのか?」

「そんなんじゃないです。部長」

 都築と一緒に入ってきたことを部長にからかわれる。どこか、俺が来てくれたことが(うれ)しそうだった。それなら、まぁ、勇気を出してよかったか。

 先生は俺を見た瞬間、涙目になった。いつも通りを装ってるけど。すみません、心配おかけしています。


 その日はまず新入部員の紹介があった。並んで座る一年生。その中でも、やっぱり目を引くのは都築だった。男女問わず注目されている。なんせ、顔がよすぎるのだ。

 ただ、俺は俺で別の意味で注目していた。


 都築って、やっぱり、あの学校見学の日にあった子だよな。


 記憶はおぼろげだ。それでも、はっきりとその子だって分かる。だって、髪型。俺が描いてあげた絵と同じように髪を結っている。

 あの頃と違って血色よくなったよな。なんかもっと青白かったように思う。表情もずいぶんと明るくなった。


 俺としては思い出した思い出話を口に出したい気分なんだけど。そりゃ、廊下であいつに気づいた時からさ。


 でも、そっか~。俺の顔、忘れてるのか。それは残念だ。

 それでも、美術部選んでくれたし、うぬぼれじゃなかったら、あの髪型もわざわざ俺の絵と同じにしてくれているみたいだし。それは、正直、かなり(うれ)しかった。部活の後にでもつかまえて思い出させてやろうか。


 ……いや、ダメだな。忘れてることを無理に思い出させるのって。

 

 そんな風に考えていると自己紹介が終わり、最後に都築の出番となる。高校に入ってやりたいことは、の問いに彼女は右手を挙げて高らかに宣言する。


「はい。私の目標は沖田センパイのお嫁さんです」

「ぶふぅっ」


 とんでもない爆弾が放られた。吹き出した俺に、注目が集まる。

「あ、でも、在学中は結婚できないので、高校生の間に婚約まではいきたいです」

 都築はどうでもいい補足をする。火に油を注いだ結果、都築に集まっていた視線は一斉に俺の方を向いた。何のことだと非難の視線を浴びる俺。


「おい、沖田。鈴ちゃん先輩だけでなく、新入生もたぶらかしたのか? カナちゃんもいるのに」

「ご、誤解です。部長」

 特に、部長からの視線は痛かった。ちなみに部長は静谷のことを知っている。朝、あいつと一緒に登校している時に遭遇したからさ。


 やっぱ、来なきゃよかったかな。俺は後悔した。


 その後、「(ひと)()()れしました。私と付き合ってください」と言ってきた都築にけっこうちゃんとした説教をしたことまで思い出した。だって、ねえ。女の子が軽々しく使っていい台詞(せりふ)じゃないだろ、どれも。

 しかも、二日くらいしか接点のない男子相手に。


 そう、二日だ。

 新部員紹介のときは忘れられてたことに落胆したが、それからの都築とのやりとりであいつも学校見学のことを覚えていると確信した。

 特に決定的だったのが、あいつとした初めての美術に関する会話だ。


「あれ、センパイ。人物画じゃないんですか?」

 心底不思議そうな都築に、俺は人物画はほとんど描いたことがないことを告げる。風景画、静物画の方が好みだと俺は伝えた。

「でも、だったら何で似顔絵を……」

 そこまで言って、都築は自分の口を(ふさ)ぐ。なんでもないです、と言って去って行ったが、不自然極まりなかった。


 なんで、あいつ、隠してるんだろ。あれかな。高校デビューしたのが、そんなに恥ずかしいのかな。

 ……まぁ、それなら、わざわざ話題にすることも無いか。そんな風に考えて、都築とそのときのことは一切話さず、今に至る。


 ただ、都築が俺に構ってくるおかげで悩む余裕がなくなった。いつの日か、俺は普段通り過ごせるようになっていた。

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