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サマー・メモリーズ~モノクロームの水平線~  作者: 想兼 ヒロ


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第23話 目隠れの少女

 (すず)さんは、机に顔を突っ伏している。

「よく考えたら、この子達が入学する頃って私卒業してる~。なんで、こんなに頑張んないといけないの?」


 ずきり、と胸がきしんだ気がした。


 そっか。なんか、子どもっぽいから忘れるときあるけど、鈴さんって三年生か。それこそ、今日見学に来た子が入学する頃にはいないんだ。

 ほんと、最上級生に見えないから。二年生が鈴さんを鈴ちゃんと呼んでるせいか、あんまり人を下の名前を呼ばない俺も流れで鈴さんって呼んでるもんな。と、いうか同学年も鈴ちゃんやら鈴さんって呼んでるし。


 あっちはあっちで最初から(ゆき)くん呼びだったなぁと、すでに懐かしく感じるほどなじんでいた。

 それも、そっか。あと半年くらいか、鈴さんとこの高校で過ごせるのも。


「分かりました。鈴さん。ちょっといいですか」

 俺が決心して声をかけると、鈴さんは顔をあげた。満面の笑みである。こいつ、(うそ)()きか?

 ちょっとイラッときたけど、まぁ、やることはかわらない。


「この後、誰か来たら俺が対応します。鈴さんは、描くのに集中しててください。よっぽど分かんないところがあったら聞きに来ますけど、それぐらいならいいですよね?」

 ピークは過ぎたし、あとは見学したいところがたくさんある子だけだろう。そこまで美術部に時間をかけないはずだ。

 まぁ、半年の経験でどれだけできるか分からない。でも、部の良さを伝えられるくらいにはここを気に入っている。


「大丈夫~。任せたよ。そっち意識してると、どうしても注意力散漫になるから助かる」

 手をひらひらとさせて、鈴さんはスケッチブックに向き直った。その顔に、あのへにょへにょとした感じはない。

 これなら大丈夫か。


 俺は確認のため、廊下に出る。若干、騒がしさが伝わってくるが、少し前に比べればかなり減った。

「けっこう帰ったんだな」

 まぁ、そんなに隅々まで見るもんじゃないよな。鈴さんが描いているの、受け取りにくるんだろうか。

 もし誰も来なかったら、鈴さんはまたポンコツモードに戻るんだろうな。それは面倒だ。


「……ん?」

 そんな風に周囲を見渡していた俺は、ある光景を見て動きを止めた。


 そこには一人、女の子が立っていた。長い髪の見知らぬ制服を着た子だ。中学三年生にしては小柄だが、今の時間からして見学者に間違いないだろう。

 ただ、問題は彼女が見ている視線の先だ。そこには、美術部員の作品が展示してある。それを熱心に見ているようだった。


 しかも。


 あれ、俺の絵だな。ずっと見てる。間違いない。俺の絵が見られている。


 ぶわっと、何かが全身を駆け巡った。恥ずかしさと、感じたことのない高揚感がごちゃまぜになった訳の分からない感覚だ。

 それは初めて本格的な画材を使って描いたものだった。先生や鈴さん、他の部員も褒めてはくれたが、社交辞令も多分に混ざっているように感じて素直に受け取れなかった。だって、今まで落書きのような絵しか人に見せていなかった。静谷はそれでも喜んでくれたけど。


 プラスにしろ、マイナスにしろ、あの子は興味を持ってくれた。それだけで、すごく(うれ)しかったんだ。


「こ、こんにちは」

 だから、知らない人に自分から声をかけるなんて慣れないことをしてしまった。ただ、そのあと俺はこの行動を後悔することになる。


「ぐ」

 息がつまった。俺の声に振り向いたその子の目を見たとき、思わず後ずさりした。


 その目は長い前髪に隠されていた。しかし、その隙間から(のぞ)く瞳が、とてつもなく鋭い。視線だけで、誰かを突き刺せる。俺はそう感じた。

「なんでしょうか」

 ひどく抑揚のない声。明らかな拒絶を感じる。ああ、声をかけたことをなかったことにしたい。そう思った。


 それでも。


「君、この絵、ずっと見てたでしょ? どうかなって思って」

 どうしても気になっていたので、俺は俺の絵に対しての印象を求めた。この感じだと応えてくれなさそうだけど。それでも聞いてみたかった。


「この絵ですか?」

 ただ、彼女は俺が思っていたよりも、すんなりと答えてくれた。

「不思議だな、と。私も同じような絵を描いたことあるのに、こんな自然な感じが出なかった」


 同じような絵?

 俺は、視線を絵に戻した彼女と一緒に俺の絵を見た。それは木漏れ日が差す森を描いたものだった。これを描いて、不自然に見えるようなら原因は。

「……光かな」

 俺は絵に手を伸ばす。


「か、勝手に触っては駄目では?」

 そんな俺に、彼女は慌て出す。あれ、思ってたよりいい子かもしれない。

「大丈夫。これ、俺の絵だから」

 それにがっつり触るつもりもない。俺は指で輪を作って、光を表現した部分だけを彼女に見せた。


「これ、黄色じゃ無くて薄い緑なんだよ」

「あ、ほんとだ」


 彼女の表情が明らかに明るくなった。そこで気づく。

 この子、かなり美人だな。整っている顔だからこそ、(にら)んだ顔があれだけの迫力を生んだんだ。


 それと同時に俺の中に『もったいない』という感情が生まれた。


「思い込みって邪魔でさ。キャンバスは自由なんだから、もっと色々遊んでみたらいい。俺もそう言われたよ」

 鈴さんの受け売りだ。あの人は自由すぎる気がするが、その教えを守るとコンプレックスに感じていた色使いが楽しくなった。

「そうなんですね。自由に遊ぶ、か」

 共感したらしい彼女は素直に(うなず)いていた。ずいぶん、雰囲気が柔らかくなったと感じる。


 ああ、そうか。何かが()に落ちた。


 そこで、俺は『似顔絵描きます』なんて言い出した鈴さんの気持ちを理解した。少しでも俺達のことに興味を持ってもらった子達に何か残したかったんだ。形になるものを。俺達にしかできないことで。


「そうだ」

 俺の声に彼女はびくりと震えた。驚かせたか? それは悪いことをした。

「よかったら、中も見ていくか。その間、俺が似顔絵描いてるから、よかったら持って帰りなよ」


 俺の提案に、彼女は少し目を伏せて。

「いえ、いりません」

 そう答えた。


「え、なんで?」

 鈴さんの()()(ごと)をする気で満ちていた俺は間抜けな声でそう言った。そんな俺に、彼女は最初の(とげ)(とげ)しい空気を再びまとって答えた。


「私、私の顔が嫌いなので」

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