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サマー・メモリーズ~モノクロームの水平線~  作者: 想兼 ヒロ


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第2話 色の無い海【Side : Kana】

 これは、あたしが朝食の準備をする、少し前のお話。


「勝手知ったる他人の家~♪」


 あたしはよどみのない動作で鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。歌っているとおり、ここはあたしの家じゃない。でも、慣れたものだった。

 何度したことだろう。数えることができないくらいだ。それくらい、あたしが隣人の家の鍵を開けるのは日常の動作だった。


 そっと、扉を開ける。玄関は電気がついていなくて薄暗い。

「おじゃましまーす」

 返事はない。あいつ、まだ寝ているな。靴を脱いで、家に上がった。目指すのは2階だ。


 あたし、(しず)()()()には幼なじみがいる。そいつの名前は(おき)()(ゆき)()

 物心ついた時から家が隣同士。幼稚園から、学校もずっと一緒。お互いの部屋は窓の向こう側。ここまで条件がそろうと、漫画とかでも最近はないんじゃないかな。

 ……まぁ、高校受験とか、離れそうになる機会はまぁまぁあったけど、現在も腐れ縁とやらは継続中ということになっている。


「あれ?」


 あいつの部屋に近づくと、かすかにアラームの音が聞こえる。ちょうど部屋の前にたどり着いたときに()()んだ。

 もしかして、起きたかな。そうなると気まずいので、そっと扉に耳をあててみる。


 気配は、ない。


「ふぅ」


 小さく息を吐く。この動作は、いつの頃からか、緊張するようになっていた。


 ドアを開けた。ひんやりとした空気が漏れて出てくる。

 あいつ、エアコンつけっぱなしで寝ていたな。まだ、これから暑くなっていくのに、大丈夫だろうか。


「おはようございまーす」


 なぜか小声になってしまった。これでは寝起きリポートだ。起こすだけなら、ここで大声を出してやればいいのに。

 まぁ、アラームで起きなかったくらいだから、それくらいでは無理か。


「……やっぱり、まだ寝てる」


 部屋の主は、きちっと布団をかぶって眠っていた。こいつはかなり寝相がいいし、眠りが深い。あたしが、枕元に立つくらいでは起きやしない。

 ちっちゃな頃、一緒に昼寝していたあたしに蹴られても寝てたくらいだ。実際はちょっと目覚めたらしいけれど、いつものことかって思って、すぐに再入眠したらしい。


 そんなことをこいつ、言ってたな。きっと、今もこいつの頭の中のあたしは寝相が悪いままなのだろう。

 う、うん。今はそんなにじゃない。時々、ベッドから転げ落ちて目覚めるけれども!


「でも」


 じっ、と寝ている幼なじみの顔を見る。静かすぎて、だんだんと不安になってきた。息、あるよね。

 ドキドキしながら近づいてみると、(かす)かな寝息が聞こえた。大丈夫そうだ。あたしはすぐに離れた。


「さて、今日はどうしよっかな」


 体を揺すったり、鼻をつまんだりするのも飽きてきたな。今日はちょっと激しくいきたい気分である。


「えい」


 試しに勢いよく掛け布団を引っ張ってみた。しばらく待つ。微動だにしない。その眠りの深さは感心すらする。

 あと、胸の前に手を組む癖はやめた方がいいんじゃないかな。あなたはプリンセスなのですか、そうなのですか。目覚めるにはキスが必要なのですか。


「……ううん」


 なんか変な想像をしてしまったので、あたしは大きく頭を振って振り払った。ちょっと、顔が熱い。

 掛け布団をベッド脇の床に置いて、あたしは離れた。少し落ち着きたい気分だ。


「あっ」


 そこで気づいた。机の上に、乱雑に色鉛筆が転がっているのを。

「また出しっぱなし」

 基本的にこの部屋の主は雑だから、使ったものを片付けない。物が少ないから目立たないけれど、放っておいたら汚部屋一直線だ。今度、また掃除しに来てやろう。


「それと」


 開けたままのスケッチブック。そこには一本だけ、まっすぐ横に線が引っ張ってあった。何かを描こうとしたのだろう。ただ、気持ちがのらずに止めてしまったんだ。

 見てなくても、想像できた。去年の今頃も、こんな感じの始まりだった。それに一昨年も。だから、完成形も知っている。はっきりと、思い出せる。


「ううん」

 いや、完成形は知らないかな。完成させることができなかったんだから。


「色のない、海」


 (ひと)()のない海岸。穏やかな波。奥に広がる水平線。黒だけで描かれたそれは、普段のあいつからは想像できないほどに繊細で、でも、同時にあいつらしいなとも思う。それで完成だと、胸を張れるほどには。

 でも、あたしは知っている。それが完成形ではないことを。


 だって、あいつが自分の作品を見せてくるときの挑んでくるような視線も、あたしが褒めると照れくさそうに笑う顔も、この海の絵を見たときには見せてくれないから。


「また、夏がくるね。ユキト」


 さて、そろそろ時間かな。朝ご飯食べる時間も欲しいし。起こし方も思いついた。

 あたしは、袖をまくって今度は敷き布団に手をかけるのであった。

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