第18話 やんごとなき人
昼休みが終わり、教室に帰った。
まるで勇者かのように羨望のまなざしを向けられたり、親の仇でも見るかのような殺意を込めた視線を向けられたり、直接沢城さんとのことを問いただされたりした。正直、疲れる。
おそらくクラス内では目立たない方に分類される沖田幸人がいけるなら、と沢城さんの周囲に集まる人だかりは復活した。また机が押し出される。勘弁して欲しい。
最初のとっつきにくさは、やはり緊張からのものだったのだろう。何人かは親しげに会話を続けている。ただ、下心丸出しの男子相手には彼女の一問一答モードが炸裂して、すごすごと退散していった。
この期間で、沢城さんは少しはクラスの雰囲気に慣れたようだ。ただ、やはりちょっと壁を感じる話し方で。放課後、遊びに誘ってきたクラスメイトをやんわりと断って、沢城さんはまた一人で本を読み出した。
帰らないのだろうか、と思ってぼんやりと見ているとまた沢城さんと目が合った。
今度は顔をそらさなかった。そうすると、沢城さんの方から話を振ってきた。
「幸人くんはまだ学校に残っているのですか?」
首を少し傾げながら、柔らかい笑みで俺の名前を呼ぶ沢城さん。昼のあれは聞き間違いじゃ無かった。
「そっちこそ」
俺は早くなる鼓動をごまかしながら、答えた。
「少々、一人で帰宅するのは遠い距離に部屋を借りているので。私は裕美子さんが迎えに来るのを待っています」
へぇー、そうなると車通学なんだな。裕美子さんって運転手もやってんだ。ただそうなると、わざわざ遠くからこの高校に通うことになるのか。近いからって選んだ俺とは大違いだけど。
なんで、この沢城さんはこの高校にしたんだろう。近くにいわゆるお嬢様学校みたいなのもあるし、そっちの方がイメージに合う。偏見だけど。
「もっと近いところなかったの?」
聞いてみて、少し後悔した。もしかしたら、やむを得ない事情があるのかもしれない。沢城さんの学力がどれくらいか分からないし、もしかしたら編入試験を落ちたとか。
俺はドキドキしながら、少し考える様子を見せた沢城さんの返事を待った。
「もしかしたら、あるのかもしれませんが。この学校の理事長様がお父様とお知り合いで、是非にとおっしゃっていただいたので、正直に申し上げれば、あまり選んではいません」
違った。やむを得ない事情じゃない。やんごとなき事情だ、これは。
「私は理事長の娘よ」の類似品だ。こんな漫画でしか聞かない台詞を聞く機会って、あるんだなぁ。
俺が少し感動していると、机の上に置いてあった沢城さんの携帯電話が震えた。画面を確認し、それを鞄にしまう沢城さん。
「迎えが来たようです」
「そっか。じゃあ、また明日」
ぺこりと会釈して立ち上がった沢城さんは鞄を手にして、穏やかに微笑んだ。
「それでは、ごきげんよう」
沢城さんは、涼やかな印象を残して去って行った。その背中も凜としていて、かっこよく映る。背筋を伸ばした姿勢だけで、背もずっと高く見えた。
「ごきげんよう、だってさ。オレ、あんな台詞リアルで初めて聞いたかも」
奇遇だな。俺もそう思った。振り返って声の主に話しかける。
「嶺岸、いたんだ」
「最初っからいました、実は」
嶺岸が苦笑いを浮かべている。
「それにしてはずいぶん静かだったな」
さすがにさっきのは冗談で、背後に立っていたのは気配で分かっている。ただ、全く会話に入ってこないことが意外だった。
だから、いたんだ、となったわけだが。
「そりゃ、沢城さんってば、オレを全く見ていなかったからな」
胸を張る嶺岸。いばれることじゃねぇ。むなしくならないか。
「それにしても、うまくやったな。オッキー!」
背中をバシバシ叩いてくる嶺岸。普通に痛いから止めて欲しい。
「うまくやった、て何だよ。俺は何もしてないぞ」
「でもさ、沢城さんと『会話』してるの、おまえだけだぞ」
その言葉を聞いて、嶺岸って意外とちゃんと見てるんだなって感心した。それを空回りしない方向に使えれば、こいつの評価ももっとマシになるだろうに。
まぁ、これまで言ってきて直らないんだから難しいか。所詮、他人事だし。
「何かコツでもあるの、攻略の」
攻略って。ゲームじゃ無いんだから。
「う~ん」
まぁ、でも、そうだなぁ。俺は俺で沢城さんの態度が不思議だったので、授業の合間に考えていたことがある。
「沢城さんって、たぶん、相手から踏み込まれるの、苦手なんだよ」
沢城さんが返答だけに徹する状態、俺はこれを一問一答モードと呼んでいて、今日だけで何回か発動していた。聞くことには答えるけど、その話題を広げたかったらそちらでどうぞ、という態度だ。沢城さんのプライベートに踏み込もうとする男子には特に顕著だった。まともな回答すらしない。
かろうじて、ちゃんと沢城さんが答えていたのは、勉強の進度を気にしてきた結月さんを相手にしているときだった。その親切心に沢城さんの態度が軟化した。
ただ、その時は二年どころか高校の内容を一度終わらせてあると沢城さんが答えたせいか、結月さんの方が会話を打ち切ってしまった。まぁ、でも、分かる。正直、聞いていた俺も引いた。
だから、俺も警戒してたんだけど、けっこう答えてくれるんだよな。なんでだろ。無神経なことも言ってるんだけど。
まぁ、あれだな。会話の始まりが沢城さんから始まっている時はいいのかな。昼の一件で信頼された、ということにしよう。
「そっか。じゃあ、聞き上手に徹すればいいのか。さすがだな、オッキー。参考にする」
「……おまえは初手で失敗してるから挽回は難しいと思う」
最初が放課後デートに誘うってなかなかだぞ。きっと、むちゃくちゃ警戒されてる。俺でもする。
「えー、そんなこと言うなよ、オッキー」
「事実だから。俺は沢城さんに同情する」
俺が特定の誰かのことを考えながら嶺岸に言ってやった。そんなに知らない相手から好意向けられると警戒するんだよな。俺は、最近は慣れてきたけど。
そんなことをぼんやりとそんなことを考えていると。
「センパーーーーーーーイッ!」
甲高い声と、俺の腕に抱きついてきた柔らかい感触が、その思考をぶっ飛ばした。




