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サマー・メモリーズ~モノクロームの水平線~  作者: 想兼 ヒロ


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第15話 それはモーセのごとく

「おすすめはなんでしょう?」

「ん~」


 なんて答えにくい質問だ。俺はうなった。丼物と麺類のヘビーローテーションの俺には、彼女に示すレパートリーは少ない。


 別のを頼むか、という気分になってもカレーとか何だよな。


 うちの学校は運動部が多い。だから、必然的に体育会系が好むメニューが多くなる。食べ盛りの男子高校生が好むであろう大盛りだとか、筋トレに最適なタンパク質満載の(とり)(にく)レシピとか。

 俺の好みも、他の生徒に人気のあるものも、どれもこれも(さわ)(しろ)さんにはおすすめするのは違う気がする。まぁ、人の好みを俺が判断することなんてできないけど。()()(ごと)だし。


 それでも俺のチョイスが間違ってそうな気がするのは確かだ。だったら、俺に言われている言葉を参考にするべきか。


「このボックスランチはどう? 品数も多いし」

 俺は普段、(しず)()に口酸っぱく言われている栄養バランスのことを思い出し、おそらく一番無難な選択肢を選ぶ。さて、どう返ってくるか。

「いいですね。そうします」

 沢城さんは胸の前でパチンと両手を(たた)く。どうやら、お気に召したようだ。人に勧めておいて別のにするのも何だから、俺もこれにしよう。


 食券を買う列に並びながら、俺はここに来るまでのことを思い出す。


 今よりちょっと前。沢城さんをつれて、学食までやってきた。ここに来るまでに浴びた注目ですっかり疲れてしまっている。歩いている沢城さんは、とにかく周囲の目を引いた。皆が一定の距離をとってるから、あまり気づかないが、人も集めていた。

 ただ、話題に困ることはなかったので幾分気楽だった。沢城さんは目につくものについて、逐一俺に尋ねてきたから。こうして話してみると、最初のとっつきにくさは消え去った。

 ただ、会話が途切れるたびに、沢城さんの所作の美しさに驚かされている。とにかく、無駄がない。黙ってしまうと、近寄りがたいオーラが復活する。歩いているだけなのに、その一歩一歩に意志の強さを感じるんだから。


 なんだろ、ほんとにモデルでもやってるのかな。ウォーキングとか。


 それでいて、俺に話しかけてくるときはキリッとした目が丸くなる。言葉使いは丁寧だし、(りん)とした雰囲気を崩していないが、それでもはしゃいでいるのが分かる。


 正直に言おう。


 ()(わい)い。


 いや、頼られてるんだから、ちゃんと役目を全うしろ、俺。


 でも、学食に入った瞬間はすごかったな。あんなに混雑しているのに、入った瞬間、さぁっと人混みが割れた。モーセが海を渡るかのように。

 聖人じゃねぇんだから。ある意味、近いものはあるのかもしれないけど。今も、ちょっと離れたところからこっちを観察している。居心地は、悪い。


 そんなわけで、席の確保も難しくは無かった。俺(たち)を、というより沢城さんが近づくと、皆がちょっと離れるから。そして、席だけ占領していた生徒がさっと離席して目の前で席が空いた。

 まぁ、いいや。ありがたく使わせてもらうとしよう。


 その後、二人で席に着いて食べ始めたわけだが。

「……」

 俺の箸が一向に動かない。


 俺の目は、食事をとる沢城さんに(くぎ)()けになった。彼女が食べているのは、俺と同じ。ボックスランチというカタカナ語に似つかわしくない、ただの弁当型の中華定食だ。

 それがどうだろう。

 沢城さんが手をつけていると、高級仕出し弁当に見えてくる。口に運んでいるのは、あまり女の子は喜ばないであろう餃子(ぎよーざ)なのに。一応、ニンニクは使ってないみたいだけど。


 食べる姿だけではない。食べている途中の、食べ物の方でさえ()(れい)なのだ。いやらしさの(かけ)()もない。


「あの」


 は、しまった。下を見てて気づかなかったが、いつのまにか手を止めた沢城さんが顔を赤くしてこっちを見ている。


「そんなに見られると、さすがに恥ずかしいのですが」

「ごめん、無神経だった」


 俺は頭を下げる。そして、目の前の食事を一気に平らげた。照れもあって、前を見ずに。

「ごちそうさまでした」

 俺が食べ終わるのと、沢城さんが手を合わせたのはほぼ同時だった。ちらり、と彼女の弁当箱を見る。その後に、俺のを見る。

 俺の、きたねー。この辺もか、静谷に雑って言われるのって。


「口に合った?」

 正直、心配だ。少なくとも、沢城さんの育ちがいいのは食べ方を見ていたら分かる。おそらく、あんまり口にしないものだったのではないか。

 勧めた時は(うれ)しそうだったけど、俺に気を遣ってるだけかもしれないし。


「ええ、満足しました。普段の食事は薄味ですので、多少舌が驚きましたが。また、日を開けていただきたいと思います」

「ああ、そう」

 俺は愛想笑いを浮かべる。沢城さんは、味が濃くて毎日食べるのはつらい、ということをオブラートに包んで俺に伝えている。少なくとも、俺は彼女の言葉をそうとらえた。


「あ。本当においしかったんですよ」

 そんな俺の表情を読み取ったのか、沢城さんは少し慌てた様子で両手を前で振って否定をしめす。

 静谷は付き合いの長さもあるけど、(みね)(ぎし)にも読まれたし、もしかして、俺の考えって分かりやすい? たぶん、表情に出てるんだろうな。


「それに濃い味が苦手って訳では無いんです。ただ、普段食べ慣れていないだけで」

 沢城さんは、苦笑いを浮かべている。いいもん食べてそうだもんな。偏見だけど。


「……じゃあ、好きな濃い味の食べ物って何?」

「屋台のたこ焼きとか」


 それはなんとも庶民的な物で。答える沢城さんは満面の笑顔である。その顔を見て思った。

 それは思い出という、別の効果が働いておいしく感じてるんだろうなって。

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