大円満の裏話5
「おはよう。」
「あ、お、おはよう…ございます。」
マルカは俺の反応に微笑む。
昨日の夜、俺はマルカと一線を越えてしまった。
暑い夜だったのに彼女は開けた窓をわざわざ閉めた。
「声…漏れちゃうから。」
何度も何度も身体を重ね互いに求めた。マルカの手を握り汗が流れても俺は求めた。まるで15年分を取り返さそうと年上になってしまった彼女に何度も…
「私…初めてだったのに。何甘えてんのよ!」
窓から入り込む日差しを背に彼女はベッドの中で俺の頬をつねる。
「31歳だろ。男の影なんていくらかあっただろう?」
汚れたシーツを隠すマルカ。顔を赤らめて朝から大声をだす。
「クリスって男がいつか帰って来るんじゃないかって諦めていたけど…何処かで………バカ!…バカ!」
泣かせてしまった。拗ねた彼女に気が利かなくてと謝ったものの機嫌は簡単には治らない。これは15年前と何も変わってはいなかった。
朝ごはんは店のカウンターで、固い黒パンと塩っけの強いスープ。
別に彼女が怒っているから、このメニューになった訳では無い。この街では、これが一般的な朝食だ。
…懐かしい味だ。
おそらく怒りは治まったとは思うが…昨日の今日だ。目線が合うだけで意識してしまう。
「店は夕方からだろう?それまでどうするんだ。」
マルカは俺の質問に耳を傾けながら昨日、中途半端になってしまった片付けをしている。
………カチャ……カチャ。
皿を洗う音だけが聞こえる店内。俺も出された朝食を片付けて店内の掃除を始めた。
前は掃除中でもダンさんとクレアさんの会話で賑やかな店内だったのに、もう面影はほとんど残っていない。
掃除が終わった時、マルカは前掛けで手を拭きながら俺に「行きたい場所があるの」と俺をつれて店の外へと出た。
整備された道。所々にレンガや材木等が野晒しに置かれている。事件から15年。復興したとはいえまだ完全ではないのだろう。
「なんだいマルカ。いきなり若い男なんかつれてさ。」
商店街に入ると知らぬ顔の女性達に話しかけられた。
軽く人集りができてしまった。どうやら今まで本当にマルカに男の影は無かったようだ。
あれは不躾な発言だった。注意しよう。
「あんた。どこの人だい?」
「いや…俺は警護団の所で…」
警護団?話しかけて来た女性は首をかしげた。
何年も前に無くなった職らしい。銀龍が街を襲う前に街周辺に大量に押し寄せた魔物と戦い壊滅した。
「私の親も警護団だったけどさ。魔物にやられた傷がもとで龍が来る前にね…まぁあんな惨事になるんだったら、何方にしても生きてはいなかっただろうね。」
「でも、クリスって人がいたら違ったんだろ?父さんは死ぬ間際までクリス、クリスって言っていたんだよ。」
俺は身体が固まった。「勇者一行の一人だもん」と付け加えた彼女の言葉に。
この復興した故郷に俺を知る記憶は確かにある。でも、知る人はクリスを勇者一行と纏めたがる。
(冗談じゃない…あんなやつらが勇者一行なんて)
………………………
「やるじゃねぇか。クリス。」
拳王ドラルクは大森林で俺が見つけた集落の前で手を叩き喜んでいた。
「エルフの里」
伝承に伝わるまぼろしの里だと大魔道士ハル・ステアは言った。
「勇者一行だ。武装を解いて…歓迎しろエルフども!」
集落入口の櫓から杖や弓を此方に構える兵達。ドラルクの言葉に殺気が強まる。
「ほほ、勇者とな。」
幾人かの護衛兵に護られた老エルフが杖をつきながら集落の入口まで足を伸ばした。
(この人達…強いぞ。)
俺は一行の後ろでいざという時の為に腰の短剣の柄に手をかけた。
「今回の勇者とやらは、随分とよわそうじゃの」
老エルフの言葉に今度は逆に勇者一行側の殺気が一気に高まる。
「前の勇者とは?数百年前の話だが?」
勇者ガランの言葉に一部のエルフ達がクスクスと笑い出した。
「お前さん達の寿命でエルフを語るんじゃねぇ」
櫓上からの野次にハル・ステアは杖を構え先端に魔力を溜めだした。
「やめろハル」
勇者ガランは殺気立つハル・ステアを静止ながら話しを続けた。
「魔王討伐を目指している。申し訳ないが数日滞在させてもらえないか?…物資や食料の調達もしたいのだが。」
ガランの言葉に老エルフは顎髭に手を当てながら考え込む。そして沈黙の後に発した言葉で悲劇が生まれた。
(こいつらの本性を知っていたら俺はエルフの里なんか見て見ぬふりをしたのに…)
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