大円満の裏話1
「終わったな。10年か…」
勇者ガランと、その仲間達は長旅の末に遂に魔王ユグドラルを倒した。北の地の果てにある魔王城の空を覆う暗黒の雲は消え天から光りが差し込む。
勇者ガラン・拳王ドラルク・聖騎士ギル・バード
聖女ユナハート・大魔道士ハル・ステア
彼等には、英雄として明るい未来が待っているのだろ。
「さぁ…王都に帰ろうか!」
そして、更に5年の歳月が流れた。
「あんさん‥なんだいその臭いは。」
街の酒場で女将に酒の注文をする銀髪の男性。どうやら臭うようで、女将や周りの客から嫌悪感を抱かれている。
「ああ?臭えのは、装備品で俺自体は臭くねぇんだよ!いいから酒をよこせ。こっちはつい先日まで石っころにされていたんだぞ。」
「クソが!」
頭の可笑しい奴が来たと客達は早々と店を出た。繁盛時に、この男のせいで酒場内は閑散としてしまった。
男の良い飲みっぷりだけが目立つ。
「…かはっ。やっぱりマルカの店の酒はうめぇな!」
女将は突然、知らぬ男に名前を呼ばれカウンター越しに顔を眺めていた…
「あんた…もしかしてクリス兄?」
男の返答を待たずに女将はカウンターを飛び出し、男に抱きついた。
「なんだ…なんだよ!酒がこぼれんだろ。」
「生きていたんだ。私…諦めていたの。」
男は気がついた。小さい頃から、俺に何かとついてまわった。酒場の娘…マルカ。最後に見たのは俺が21歳で彼女は16歳だった筈だ。店を継ぐと言って親の手伝いをしていたのに…
「お前…マルカか?どうした。随分オバさんじゃねえか?」
……っ!!
この気の強さは間違いなくマルカだ。俺の言葉に彼女は拳を振り抜いた。
「私はまだ31歳だよ!…随分オバさんじゃないよ!」
マルカは俺を立たせて身体を触りまくる。そして首から下げていた錆びたネックレスを手にとり見つめながら涙を流した。
「ごめんよ……っとっと!」
一瞬、まだ夕方なのに既にお酒が回っていた街人が店内の扉を開けたのだが、女将の雰囲気と店内の異様な異臭に脚が止まり…そのまま扉を閉めた。
「なんでい入らんのか?」
同僚が後ろで話すなか、その男は手を広げ首を振った。
「今日のこの店は…きな臭ぇ‥」
街にはまだ沢山の飲食店がある。夜はこれからだ。わざわざきな臭い場所に居座る必要はない。
「クリス兄…15年もどこにいたんだよ。勇者一行は王都に凱旋したんだよ。噂を聞いて兄を見に行ったのにいなかった…私、あの時、悟ったんだ。兄は死んだって。」
15年だと?
俺は確かに勇者パーティーにスカウトされた。16歳の時に教会で女神ヴィラ様から恩恵を与えられた。誰しもが恩恵を与えられるわけではない。16歳になると成人扱いになる。だから街や村、各地で対象者が教会で祈りを捧げる。一般的な儀式だが稀に恩恵を受ける者が現れる。
……100人いれば1人2人の割合だろうか。
【狩人€ⅽ1}£ⅽ】狩人以外は読み取れなかったが、教会内で俺の前に現れた純白の翼を生やした女性。一瞬で消えてしまったが…あの女性が女神ヴィラ様なのだろう。
そして、俺は街で有名になった。銀の鉱山で発展した街。短気で体格の良い男達があちこちで喧嘩をしている賑やかなで汗臭い街だ。
俺も炭鉱夫として街に根付くと子供ながらにも思っていたが、恩恵を受けた日から人生が変わった。街の治安維持…対象は人ではなく、【魔物】や【害獣】だ。交易に支障がないように街道に現れる魔物達との戦いに明け暮れた。街の警護団と行動を共にしながら。
遠距離からの弓。トラップや毒などにも才能が開花していった。これが女神の恩恵なんだと実感した。
次第に街に名が広まり俺は気がつくと有名人になっていた。
解体業や素材屋、薬師達にも指名依頼をされ忙しいながらにも充実した日々を過ごした。
そして奴等に出会った。
あの日、街の広場に沢山の人が集まった。皆、王都から来た勇者一行を見ようと…
「女神ヴィラ様から【勇者】の恩恵を与えられたガランだ。すまないが誰かブルワリー山脈の案内ができる者を知らないか?」
ブルワリー山脈…街の銀山の奥にあるベンナ大森林の更に奥にそびえる山。登頂は常に雲に覆われている。昔から銀龍の塒だと言われている。そもそも、大森林ですらほとんどが人類未踏の地だ。地元の俺達ですら滅多に近づかない。
「クリスだ!」
勇者一行を囲う街の住人達の誰かが俺の名前を叫んだ。
「クリス?」
「警護団の新人か?」
「バカ、新人でもアイツが一番なんだよ!恩恵持ちだぞ。」
「クリスが適任だ!」
広場のあちこちで、俺の名前が出てきた。そして、後ろの奴等に楚々のかれて俺は勇者一行と対面したんだ。