(株)柿本鉄工
実家はとても小さな鉄工場を営んでいる
父親は社長と言えば聞こえは良い、俺も社長の子と言えば聞こえは良い、実際の所自営業の一般家庭である
機械やらの維持や整備で金ばかりかかるんだとさ
依頼が来なければ勿論仕事はない
需要によって生活が左右される
決して裕福ではない、共働きだ
デカい案件が来ればウチも安泰なんだけど…と常に父親は嘆いている
そもそも父親1人で回しているほどの小さな工場など需要なんてないだろう
俺も気が向いたら父親の作業場の片付けをしたり、少しだけ金属加工をしてその度にバイト代なのか小遣いなのかは分からないが金をもらっている
出来ることは限られているがちょっと金属を切断したり、くっつけたりは出来るつもりだ
継ぐほどの会社でもないし、俺にその気は一切無いので父親の代で会社は潰れるだろうな、可哀想に
父親はどうしても俺に会社を継がせたいのか、近頃はムキになって案件を探していた
だが来たのだ、案件が
近々隣の県にショッピングモールを建設予定だそうで、そこに使う鉄骨の加工(の一部)を頼まれたらしい
父は大いに喜び、ついでに1人じゃ手に負えないらしく、最近はかなりの頻度で俺も駆り出されている
「こりゃあ戒司が卒業するまでに従業員雇えるぞ!!基盤だ基盤だ!これを足がかりに柿本鉄工場をデカく出来るぞ!」
と大興奮だ
「そりゃ、良うござんした」
「おい二代目!お前もやるんだよ!!俺の技をドンドン盗め!!」
「俺そんな気ないし…」
「まあ、お前バカだもんな…」
「親父!」
「勉強も金属加工もロクに出来ないとなると…ちょっと、もうウチでは面倒見きれないかな…」
「親父!!!!」
優しくないよね、基本的に
でもなんか軌道に乗ってきたのなら良かった、俺も駆り出されるのは嫌だけど、少しは俺の懐も潤うのかな
最近カラオケが楽しいから結構行けるんじゃないか?
まあ、1人で行くほどの勇気はないから宮下としか行かないのだが
「お、そろそろ時間だ、おい戒司、お前ちょっと来い」
「…何?」
せっかくの休日なのに朝から手伝いでもうクタクタだ
「今作ったこのラック、設置しに行くからお前も着いてこい」
ええ…
「設置って…どこに?」
「ああ、町内の家だよ、ほれ、積み込むから手伝え」
「ちょっと疲れたんだけど…」
「じゃあバイト代やんねえぞ」
「なんでも手伝うよ…」
はぁ、金に釣られて情けない…結構色々手伝ったから当然の権利ではあるのだが
聞けば車のタイヤを置いておくラックらしい
親父と一緒に平ボディに積み込む
「結構重いんだなぁ、じゃ」
「お前も行くんだよ!どうやって下ろすんだよ!」
マジかぁ、めんどくせえな…
渋々と汚ねえ平ボディに乗り込んだ
「まあまあ、そこの家の奥さん、めちゃくちゃ美人だぞ!娘さんもいるみたいだ」
なんだコイツ下らない、母ちゃんに言いつけるぞ
ていうか個人にも仕事依頼されてるのか…じゃないと食っていけないのか
「そこの家の親父さんと昔から知り合いでな、その家建てた時から色々手伝ってたんだ」
親父の交友関係には興味がないので適当に相槌を打つ
ていうか町内ったって、高校の方面に向かってるな?どこまで行くんだろう?
…
だんだんと不安になってきた
え、この辺って藤坪の家付近じゃないか?近所の家だったら嫌だな…ほら、もうすぐ藤坪の家だ、あー、どんどん減速していく…
って、え?
「あのー、親父、依頼主の苗字って?」
「ん?藤坪」
「帰ります」
「おい待て!!ここで降りるな!!」
なんでじゃ、なんでなんじゃ、よりによってなんで藤坪の家なんじゃ!!
今藤坪とは絶賛ギスり中じゃ、リスクがデカいんじゃ!
「こら!手伝え!」
…お母さんには顔割れてるんだよな…覚えていれば、藤坪居ないと良いけど…
手縫いを巻き、防塵マスクを着けて悪あがきの顔隠しをする
「…何してんのお前、馬鹿みてえ」
「うるせえ!!」
「あらぁー、どうも、すみませんね柿本さん」
後方より聞き覚えのある声が聞こえてきた
藤坪母だ
「いえいえ、これから下ろしますんで、ちょっと待ってて下さいね!」
何テンション上がってんだオッサン
藤坪母の方を向かないようにこっそりと動き出す
「あー、コイツ、ウチの子です!」
親父!!!!!
速攻で台無しにしやがってこのジジイは!!!!
「……あら?柿本君…?ああ!そういう事!」
ほらバレた!
「え?ウチのバカをご存知で?」
バカって言うなバカ
「ええ、娘のボーイフレンドですよ〜」
え?え?
「ボッ…えっ?ウチのバカが!?えっ?えっ?」
なんでアンタもテンパってるんだよ
(おい戒司、彼女いるなんて聞いてねえぞ?なんで父さんに何も言わねえんだよ)
(違う違う、ただの同級生なの!)
(そうだよな)
すぐ納得されると結構傷つくぞ、そこはもう少し喰いかかれよ
(で、その娘さんって可愛い?)
(良いから早く下ろして設置して帰ろうぜ)
長居は無用、さっさと終わらせよう
しかし、藤坪家がこんなモノ頼んでたなんて、そう言えば親父と藤坪の親父さん知り合いとかなんとか言ってたな、なんか意外な組み合わせだな
「親父ってこの家の父親と知り合いなんだって?どういう関係なの?」
「あー、昔からの飲み仲間だな」
なんだ、それだけか
「アイツ凄えんだぜ、俺より若いのにこんな立派な家建てて、なんか、どっかの大学の教授なんだってさ」
お…お固い職業だ…知らなかった、藤坪とはお互い親の話とかしなかったから…でも勉強教えたがりな所はあったな、偉大な親の背中を追ってたのか…?
と、まあ無事に指定の位置に設置できた
「じゃあもうホントに帰ろうぜ」
「待て、奥さんに挨拶しないと」
「早くしてよ!!」
あまりここに居たくない気まずさが俺の口調を幼くさせる
俺は一足先に平ボディの助手席に乗り込もうとした、その後方で
「あ、これ娘です〜」
と、不穏な単語が聞こえてきた、恐る恐る振り返ると
藤坪ッ!!!!
何故出てくる!?きっと呼ばれて出てきたのだろうけど…凄いニコニコしている、お前あんなにスンッとしてたじゃないか…親の前だからって良い顔すんなよ…
「藤坪零華です、柿本君にはいつもお世話になっております」
「ど、どうも、戒司の父です、ウチのバカがご迷惑かけて…へへへっ…オイ!戒司、こっち来ォ!」
軽く会釈をし、ドアを開けて乗り込もうとした
砂利を踏む音が高速で聞こえ、親父が全速力でこちらに走ってくる
「わっ!わっ…!!」
「オメェ、来いっつってんだろーが!」
親父に捕獲されてしまった
(ってか、マジか!?娘メッチャ可愛いじゃん!!)
(興奮すんなよオッサン!)
(どうせお前なんか相手にされないだろ)
(うるせえ!じゃあもう…そうだよ!)
「柿本君、最近ウチに来てくれないから寂しくてね〜」
(え?お前この家行った事あんの?)
(うん、2、3回)
「え、零華ちゃん、ウチのバカとはどういった関係で…」
「親父!!」
ホント親父の無神経が目立つな今日は
藤坪母子が2人ともニコニコしてるのも少し怖い
「柿本君とは中学校の時から、大切な友達です」
「かぁーーっ…ウチのドアホ、迷惑かけてるでしょう、親に似てロクでもねえ人間だから…」
あー、おもんない余計な事をベラベラ…
「いいえ、お2人とも素敵ですよ」
親父は目を見開いて
(…だってよだってよ!!まいったなぁ、も〜〜!!)
大興奮の様子だ
(社交辞令にきまってるだろ)
(うるせえバカ)
痛ッ!ケツ蹴りやがった
(用済んだからもう流石に帰ろうぜ)
(お、そうだな、もうちょい目の保養をしたいけどな)
バカがよ、思ってても自分の子供にそれ言うなよ…
「ウチの旦那、もう少しで帰ってくると思うんですけど…良かったら会っていきませんか…?中へどうぞ」
「あっ、そうなんですか、じゃあちょっとお言葉に甘えて待たせてもらいますわ」
あーあーあー、早く帰らせてくれや…!
「じゃ、俺車内で待ってっから」
「何言ってるの柿本君、あなたも入るのよ?シロ美だって中で待っているのよ?」
お母さん…シロ美ちゃんには会いたいけどそれよりも娘さんが…
「そうだぞ、せっかくの人の厚意を無下にするんじゃねえよ」
親父はうるさい、そもそもこんな小汚いオッサンが入って良い家じゃねえだろ
えっ、藤坪の父親が帰宅してくるの?嫌だなぁ、何言われるか怖いんだけど…
「娘に近づく不届き者め、娘が許してもこの私が許さーーん!!」ビシィ!
ってな感じでボコボコにされるのではなかろーか
いやいや、娘さんから近づいてきたんですよ、なーんて言っても信じてもらえなさそう…
「…柿本君、入りなよ」
とっくに親父は中へ上がり込んだらしい、藤坪に促されるまま俺も上がり込もうとする
ん?藤坪?
「…ここだから言うけど、お前、なんかキレてなかった?」
そう、俺が五次元と話をしてから、なんか急に不機嫌な雰囲気を醸し出していたのだ
「…怒ってない、ただの、ヤキモチだよ…」
「ほーん、で?五次元とはあの後話出来たの?」
藤坪の返答まで少しだけ、間が空いた
「そんなに…軽く流すんだ…」
あ、なんかまた嫌な予感がする
「そんな感じで流されたら悲しいよ…」
藤坪の目は日中なのにも関わらず光がない、ドス黒い、いつか見たあの目だ
お前の目は碁石か!などと言うおちゃらけた事は言えず、かなりの恐怖を感じたので藤坪家玄関で後退り
「まっ、良いや、火鞠ちゃんとはちゃんと話せたよ」
光が戻った
何?カメレオン?
でもこの表情見る限り、一悶着あったんだろうな…
「あら?2人とも玄関で何してるの?お茶淹れたから飲みに来なさいな」
あ、藤坪母、親父の野郎は早速いただいているんだな、遠慮のない人だなぁ
「私、柿本君と部屋にいるよ、お父さん来たら呼んで」
「あら、そう」
「いや、僕もお茶を…」
藤坪母はニヤニヤしながら
「…お父さん帰ってきても呼ばない方が良いかしら〜?お泊まりしちゃう〜?」
などと言う
「いやいや、結構ですよ…」
「…行こ」
藤坪に腕を引かれる
すると奥から親父がひょっこりと顔を出す
「なんだ戒司、お茶飲まないのか?…おっと!」
おっとじゃねえよ
「邪魔しちゃいけないですね〜ふふふ」
藤坪母!!
抵抗するにも親の前だと色々アレなので大人しく引かれるがままに階段を登る
途中で親父の声が
「こらこら猫ちゃん、オッサンが気に入ったか!」
「ヌニャアン」
シロ美ちゃんの声だ!
え?聞こえたぞ、猫?シロ美ちゃん?あの猫め、親父に浮気してやがるのか?
うわぁ、猫は気まぐれって言うけど、悲しい
「っていうか、いつまで引っ張ってんだよ!」
藤坪の手を振り解く
「ああ、ごめん……っていうか柿本君の家って鉄工やってたんだね、知らなかった、凄い偶然、ビックリしたよ…」
「俺だってビックリしたよ、まさか依頼先が藤坪の家だったなんて…知ってたら行かなかったのに…あっ」
ヤバい、余計な事言っちゃった
「…行かなかったのに…?」
ヤッベェ、振り向いた!黒い碁石!目が、目が、碁石!
「…やっぱり柿本君は、私みたいな女…嫌?」
やっぱり?
俺まだ何も言ってないぞ?
藤坪の部屋、勉強をしていたのだろうか、机の上には筆記用具、ノートと教科書がたくさん、見るだけで嫌になる
「うわっ!!」
いきなり藤坪の顔が急接近
そりゃモテるよなってほど整った顔
「な…何…?」
両肩を掴まれ、そのままその場に座り込む
いや、力で座りこまされた
柔らかい、良いマットレス、藤坪の寝床だ
「昨日は…ごめんなさい、急にカァっとなっちゃって…」
謝る体制じゃないだろ…
「…あのさ藤坪、前々から言おうと思ってたんだけど…」
何か不穏な雰囲気を感じたのか、再び藤坪の瞳から光が消える
「俺は学校生活、楽しいって思ってるよ、入学してから藤坪が良くしてくれたしな、感謝してる、最初は何かのお情けで関わってくれているんだな、としか思っていなかったけど…その…」
口走ってみたが言葉に詰まった
藤坪は黙って頷いている
「勝手だけど、藤坪には良い奴のままでいて欲しかった…自分が相手だとしても、恋愛感情とかで感情を左右される藤坪を見たくない…変わっちまったよ…藤坪は…」
言いたい事の8割くらいは言えたと思う
「ごめんね…言っていることが分からないんだけど…」
ダメじゃん!!全然伝わってないんかい
「いや、だから…」
どうやって普段のモヤモヤを伝えようか、直感的にしか考えていないのでいざ当人が目の前にいて、言葉にしようとするとゴチャゴチャになってしまう
「あんまりがっついて来られると、引いちゃう」
「……」
キョトンとしている
コレもダメか?
「アニメでもゲームでもそうじゃん、主人公とヒロインは徐々に距離を縮めていくから良いんじゃん、グイグイ来る奴って大抵脱落するじゃん」
よっし、我ながら分かりやすい例えだ
「ごめん、アニメとかゲーム…分かんない…」
ダメだコイツ
「でも、言いたい事は分かったよ、なんとなく…つまり…」
なんだ、伝わっていたのか、流石だ
「私は…対象外って事なんだよね…?」
「……」
「…あはっ、黙っちゃったし……そうなんだ…」
藤坪の手から力が抜ける、良かった、そろそろ肩から手ェ離して欲しかったんだ
…藤坪がこうなったキッカケは言うなれば五次元だが、それ以降藤坪の好き好き攻撃が続いた、その内諦めるかと思ったらエスカレートしていった、変態みたいな表情で俺を見るようになっていった
言っちゃ悪いが、気味が悪いとも思った事もある
藤坪は藤坪を必要としている人間と幸せになるべきだ、君は、役割で言ったら後手で良いんだ、先手で攻めるべき人間ではない
いくら何でも盲目的になり過ぎている
やはり過去の出来事が彼女をそうさせているのだろうか…?
「…柿本君、これだけは聞いておきたいんだけど、今好きな女の子、いる…?」
「いないけど…うわっ」
再び藤坪の顔が急接近…穴が開くほど俺の目を凝視している
「嘘は、ついていないみたいだね…」
え?お前、目を見れば分かる人?
「…それとも、男の子が好きなのかな?」
「そんな訳ねえだろ」
「あたっ!?」
あ、ごめん、軽くツッコミを入れるつもりが勢い余って力強く頭を叩いてしまった
髪の毛の擦れる音と頭の音が同時に聞こえ、パスンというかなり変な音が出た
一瞬触れただけでも分かるほど細くて柔らかい髪の毛だったな
空間いっぱいに藤坪の香りが充満する
「痛たたたた…」
藤坪はその場にうずくまる
「…ごめん、勢い余って、つい…」
「い、良いけど、私一応女子なんだけど…」
良いのかよ、怒れよ!間違いとは言え、凄い罪悪感…
「…昨日ね、火鞠ちゃんと話した内容なんだけど…」
「零ちゃん、お父さん帰って来たよー!」
下の方から藤坪母の声が聞こえてきた
藤坪父が帰宅したらしい
「チッ」
え?藤坪さん?舌打ち?
「…お父さん帰ってきたってさ、行ってくれば?」
「?柿本君は?」
「俺は良いよ、ここにいるよ、頃合いになったら親父と帰るよ」
「なっ…!何でここに残るの…!?下着ドロボーする気でしょ…!」
何でそんな事言われなくちゃいけないんだよ…
「…持っていくのは良いけど、ちゃんと返してね」
「馬鹿め」
「冗談はさておき、柿本君も、行くよ!まだお父さんに会った事ないでしょ」
会いたくねえよ…何言われるか分かったもんじゃないぞ…大学の先生だって?何だか分からないけど、やべえよ怒られるよ…
相場から言ったら父親にとって娘って他の男に近づかれたら非常に嫌がるらしいじゃん、こっちから近づいた訳でもないのに…マジで嫌なんだけど
「…行かないんだ?ふーん…分かった」
そう言うと藤坪はタンスを開けて何か布切れを取り出して見せた
「何それ、ハンカチ?」
「パンツだよ私の」
「いや、いらん!!」
「…これ、柿本君がポケットに入れてたって言って、下に持っていこうかな」
うわ、ヤバぁ…
コイツは何でそんな卑劣な事が考えられるんだろうか、何?逆恨み?
「あー!分かった分かりました、行きますよ!」
藤坪は、にやっと笑いパンツを戻した
ていうかそんなモン出すなボケ
「いやぁー楽しみだなぁお父さんの反応」
「何で?」
「お父さんも柿本君に会いたがってたからさぁ〜」
それは悪い意味で、でしょ
ああ、階段、降りたくねえ…




