表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

埋もれた短編

気合いを入れずに

作者: 平松冨永




  掃除、洗濯、整理整頓。


 人として生活するには欠かせない、とは言え、優先順位は最上位ではない。適当に最低限やってりゃ、どうにか外面は誤魔化せる。


 朝はギリギリまで寝ていたい。


 夜に帰宅して、風呂の間に洗濯機回して、メシをレンチンする間に干して。ネットニュースと動画を観ながらゴロゴロついでに床にコロコロ。それでまあ、なんとかなっていた。




 しかし今年、しがない小売りサービス業である俺の職場がとうとう改革した。大晦日は十八時閉店、初売りは年明け五日。


 前日準備があるから俺たち社員は四日からの出勤だが、体感としては三日半の連休だ。


 うちの主戦力であるパートさんたちは諸手を上げて拍手喝采。社員全員もウッキウキで三が日の家族サービス予定を立てる。初詣や初参りなんて定年まで無理だと思っていた、と上司たちも浮かれている。


 おかげでクリスマスから歳末売り尽くし期間中、店舗全体のテンションは最高潮だった。目の前にご褒美をぶら下げられると、人も馬も頑張れるのだ。


 マジで閉店後の売上日計が、一週間連続で過去最高を記録して。これは毎年恒例にすべきだな、と上申書を作製する店長に挨拶をして帰る皆の顔も明るかった。




 久々に泥酔して爆睡して、元日昼前に目を覚ました。TV点けたら、のんびり無害な正月特番。うわあ、こんな年明け何年ぶりだろう。


 着替えて顔を洗い、昨夜ほったらかしにしていた洗濯でもすっか、と気合いを入れて伸びをして。


 そして突然、俺は自室の惨状に気が付いた。




 新年初日の陽光に照らされたアパートの六畳間。全体的にだらんと淀んだ埃っぽい空気。俺は慌てて半開きのカーテンを全開にし、窓を開ける。


 記録的暖冬な正月、と聞いた通り、昨年末の肌を刺すような冷気よりは幾分優しい、日差しのぬるさが分かる風が入る。


 そこでまた、目を反らしていた現実に直視させられる。あそこでふよふよ揺れてる白っぽいの、埃の塊だよな。ああ、TVと台の縁が表面が、黒じゃなくて埃の白さだ。待ってくれガラステーブルに円い跡が幾つも。ちょ、リモコンきったねえ。フローリングの溝って黒かったっけ?


 俺は無言でスマホを手に取り、検索を開始した。メモアプリに記事のコピペを貼りまくり、商圏かぶりの大型スーパーとホームセンターの営業を確かめる。


 おのれ大企業に屈し傘下に入った地方スーパーチェーンめ。元日から営業までやって赤字にならないのか。




 なくなりかけていた洗濯用洗剤の詰め替え、柔軟剤、酸素系漂白剤、食器用洗剤、スポンジ、お洒落着洗剤───商品としては知っていたが使ったことがない。


 そして洗濯機クリーニング剤。勢い余って風呂場用の漂白剤。歯ブラシ。掃除用の万能拭き取りシート。梱包ひも。綿棒。


 うちの店との売価差をチェックし、新商品の入荷と展開、ブランドごとのフェイス数を確かめつつ、購入した。


 やっぱうちより使える電子マネーも多い。それだけ広い客層を狙えるということだろうが、俺としては有名どころの電子マネーに絞り、運営費を他に回すうちの方が好きだ。


 たまに訪れる不特定多数よりも、特定顧客の要望に特化して、地元民の毎日をコアに支える。小売り業界では減りつつあるそんな業態の方が、俺には働き甲斐がある。


 まあ、それぞれの戦略があるわけだし、どっちかが絶対正義、というわけでもないんだが。


 現にメーカー新商品は、この大型スーパーの方が強い。うちは定番+αであまり冒険しないからなあ。




 しかし生鮮食料品コーナーを覗くと、品質はうちの勝ちだった。

 鮮度と地産地消では我が軍が圧倒的ではないか、ええその分お値段がですね、チキショウまだまだ外国産の方がお手頃だ。円安と物価高騰を物量で補える大手は強いな。




 脱線しつつ、帰宅する。

 いやまあ、勉強にはなった。「定番電子マネー使えます」のぼりは、やっぱ新調した方がいい。店を選ぶお客さんへの最後の一押しになる筈だ。部門長より副店長相談だなこれは。




 初めて押した洗濯槽洗浄コース、クリーニング剤の注意書に従って、水がたまってから液体を入れる。多分綺麗になるまでの間にと、上から下、と意識して壁に掃除機をかける。生まれてはじめてだわ壁に掃除機ノズル向けるのは。


 それから、ウェットシートで延々と拭く。びっくりした。タバコも吸わないのに壁ってこんなに汚れるんだな。


 学生時代より買わなくなったから、と積んで放置していた雑誌をまとめる。ポスティングのチラシやついでに貰ってたパンフレット、たまの贅沢ネットショッピングで発生していた段ボールや梱包紙。

 市の分別回収HPを参考に、それぞれ選り分けてまとめて縛る。玄関先に積み上げて、空いた場所に掃除機とウェットシート。おおお、部屋が広くなった。


 掃除機と拭き掃除を繰り返していくうちに、テンションが上がる。俺は随分と、限られたスペースでせせこましく暮らしていたらしい。




 毎週ゴミ出しはしていた筈なのに、かなりの量の不用品が出た。なんで今まで無視できてたんだろうな、不思議だ。


 終了電子音に呼ばれ、俺はカーテンを外した。吊り具を外し洗濯ネットに丸めて突っ込み、お洒落着洗剤を投入した洗濯機にぶち込んで、クリーニングコース設定。

 脱水一分か、と確認して掃き出し窓に戻り、網戸を外して風呂場で洗う。風呂用洗剤と台所用洗剤を適当にぶっかけて、捨てる予定の台所スポンジと古い歯ブラシで適当に擦るだけで綺麗になった。


 うちの網戸って白かったんだなー。




 窓をウェットシートで拭いていたら、カーテンの洗濯が終わった。そこまで見た目は変わらない。


 出しっぱなしでほぼほぼ使っていなかったアイロンの電源を入れ、褪せて薄くなっている取扱いタグをじっくり確認。洗濯じわが取れればいい程度の適当さで、低温設定アイロンを濡れたカーテンにかける。


 縫い重ねられた隙間に、吊り具を差し込み戻して窓際へ向かった。引っ掛けていくと、なんとなく達成感。


 思い出してカーテンレールを拭くと、これまた結構汚れていた。金属光沢が目に気持ちいい。




 改めて服の洗濯をする。終わる頃には日も暮れているだろう。

 こんなにいい天気なら、朝から干したかったがしょうがない。


 うん、今日はさっさと寝て、明日は朝から洗いまくって干しまくろう。

 布団も干そう。

 シーツやカバーも洗っちゃおうぜ。


 風呂場から水気が切れた網戸を戻して、すっきりした掃き出し窓に笑う。

 生乾きのカーテンがちょっと重そうに揺れているが、午後の日差しと夜間暖房で明日までには乾くだろう。


 なんだか、テンションが高いまま、やる気と満足感が湧き続ける。


 風呂場とフローリングの溝掃除、どうせなら冷蔵庫と電子レンジも綺麗にしてみたい。


 ほとんど使ってないガスレンジや換気扇も気になる。いやその前に、ガッツリ本気でトイレ掃除はどうだろう。




 心の余裕って大事だな。


 ようやく戻ってきた食欲が命ずるままに、俺は冷凍室から晩メシを出すことにした。


 ああ、実家に電話するか。LINEスタンプじゃなくて、声が聞きたい。


閲覧下さりありがとうございました。

ご反応頂けると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ