センセイの住む街
センセイの住まいは美しい海岸線がある街にある。
センセイの絵に海の絵が多いのも、そういう環境で育った事もあるのだろう。
特に海の側にある神社から見える海が好きらしくて、多くの作品がそこで生まれている。
私はバスを乗り換えて、センセイのお気に入りな海が見える神社へと向かう。
この神社の事をセンセイはインタビューでもよく話をしていた。
その神社の前に丁度バスの停留所があるので、私は停車ボタンを押してバスを降りる。
降りてから辺りを見渡し、少し首を傾げてしまう。
前来た時と、少し様子が変わっていたから。
海側にあった茂みが無くなり開けて海が綺麗に見える。
内陸の崖側は赤い鳥居。その後ろに神社へ向かう長い登り階段があるのは変わらない。
しかし鳥居の横に前はなかった和装の人物の銅像があり、その前には多くの花束が置かれている。
私はここで何か良くない事が起こった事を感じて気持ち悪さをおぼえる。
積まれた花束から視線を銅像を見上げて驚いた。
その銅像の人物がセンセイによく似ていたから。いや、似ているなんてもんではなくセンセイにしか見えない。
しばらく銅像に見入ってしまう。
我に返りこの銅像が何なのかを知るために説明文へと視線を移す。
そこに書かれている銅像の人物の名前と作者名を見て身体が震え目眩が起きるのを感じた。
作者の名前は十一残刻……。
震えに耐えきれず私はその場に崩れるように蹲った。
「おい、アンタ大丈夫か?」
銅像の前で震えていた私に誰かが声を掛けてくる。細い長身の男が横に立ち、私を心配そうに覗き込んでいるのを感じた。顔を上げる。
「貢門命架!?」
名前を呼ばれ相手を確認すると、男は見た事のある顔だった。
確か……。
「神……道……?」
名前までは思い出せなかった。確か私が1年の時大学の油彩科の三年生にいた先輩。
名前を間違えていたのだろうか? 相手は不快そうに眉を寄せる。
「……何でここに?」
神道?は夏だと言うのに黒い上下のスーツに黒いネクタイをしている。まるでお葬式に来たみたいに。
少しずつ思い出す。やはりこの男は神道龍一という名前。センセイの講座を受けていた先輩でセンセイから特に可愛がられていた学生。
「せ、センセイに会いに。天気もいいし……。
そうだ! 神道さんはセンセイのお家ご存知ですよね? 連れて行って貰えませんか?」
私の言葉にギョッとしたように目をみはる。その顔がみるみる嫌悪の表情へと変化していった。
「ホントお前……は……てる」
「え? 何か言いました?」
何か呟いて聞き返す私の返事も待たずに、神道先輩は背中を向けて神社の階段を登っていってしまった。
慌てて追いかけるが、私の体力がなくて途中で息が切れて追いつかない。
やっと上についてみると、神道が四人程の人と何かを話しているのが見えた。
そこにいた人の目が一斉に私に向けられる。明らかに歓迎されてない空気に私の足が止まる
五人だけでなく、お堂の方からも人が出てきて相手は増えていく。皆が皆、黒い格好をしている事が気持ち悪い。
格好以外に、そこにいる人が敵意ある視線を向けてきている事も私を萎縮させる。
ヒソヒソと言いながらこちらを見ている様子もなんとも嫌な感じである。
その中に眞邉樹里が居ることに気が付いた。
それで理解する。ここにいる人は皆、彼女に言い含まれてしまっているのだと。
眞邉樹里は今まで散々、センセイと私の関係を嘘で歪めて皆に触れ回り、別れさせようとしてきている。
その所為で、センセイのご家族に私は認めて貰えずにいた。
それどころか、近付くことも反対されている状況。
この土地の雰囲気を見ると、ご家族だけでなく街の人からも反対されているようだ。
「あの……こんにちは!
色々誤解あるようですが、私フジハラセンセイと愛し合っており,お付き合いしています。
今日、一緒に出掛ける予定でして……」
丁寧に挨拶と説明をして何とか友好的に接しようとしたのに、私の言葉は皆の神経を逆撫でしたようで更に皆の目尻が釣り上がる。
何故かそこにいる人の怒りのボルテージが上がってきているのも感じる。
特に真ん中にいる紋付袴を着た老人は恐ろしい気を放ちながら睨みつけてくる。
「あの、日を改めますね……センセイに私が来たという事をご連絡……」
怖くなり踵を返して帰ろうとしたが、知らないうちに背後にも人が居たようで囲まれていた。
「寄りにもよってこの日に! 何処までも忌々しい……。
眞壁! その生ゴミ、さっさと捨ててこい!」
老人の鋭い声が境内に響く。
このジジイ、私の事を生ゴミと言った? しかし怒りより恐怖の方が優った。
逃げようとするが腕を掴まれる。そのまま三人の体格の良い男に引き摺られるように階段を降りさせられ、車に乗せられてしまった。
私の両脇を男性に挟まれている為に逃げる事は一切出来ない。
「あの、センセイに連絡入れてください。そうしたら全て誤解だと分かるので!」
そう訴えても男達はジロリと睨みつけてくるだけ。
車は、センセイの家があるであろう街には行かず先程バスで来た道を戻っていく。
連れていかれたのは、なんと警察署だった。
警察も完全にアチラ側の人で、私の言葉なんて鼻から聞くことも無い。強引に調書をとられ留置所に放り込まれてしまった。