喫茶店での思い出
センセイが好きな喫茶店は大学後ろの職員駐車場の近くにある。
【Jack Beans】という名前で蔦のはった煉瓦が良い感じの喫茶店。そこのカウンター近くのボックスシートがセンセイのお気に入りの場所。
そこに座り、職人的な面持ちで珈琲を淹れる年配なマスターの姿を見ながら珈琲を楽しむ。コレが大学にきた時のセンセイの楽しみ。
時にはスケッチブックを取り出しマスターを描いていたり、絵の構想を練っていたりすることもある。
その真剣な表情も私は大好きだった。
私にとっても絵を描いているセンセイを見られる貴重な場所でもあった。
「やはりここにいた」
スケッチブックから顔を上げセンセイは微笑む。
「仕事の後のここの珈琲は、最高に旨いからね」
「仕事の後、途中、前関係なく楽しんでいるくせに?」
センセイは肩を竦める。そういう仕草もキザにならないから不思議。
「いつものグァテマラでいい?
少しお疲れな君にここ特製自家製プリンもつけようか?」
センセイはスケッチブックを閉じて横に置く。
「自分が食べたいくせに……。
お疲れなのはアユムセンセイの方では?」
最近は講義の履修の審査があるため、求める先生の指導を受けたい学生が血眼になって志望書と作品を持って売り込みに励んでいる。それを受ける教授陣の方も、学生に対してだけでなく先生同士での政治的調整もあり大変なようだ。
そういう私も三年なった時に、先生の授業を受けられる自信は全くない。
先生の講義は大人気。それだけではなく才能のある人しか受けられない。
センセイの指導の素晴らしさだけでなく、先生のもつ人脈の広さから卒業後プロとして活動していく足掛かりも得られる可能性が高いということが、競争を激化する要因になっているようだ。
大学としては、可能性のある学生をセンセイにつけて卒業生を活躍させることで学校の箔をつけたい。
純粋にセンセイが指導してみたい学生とズレが出た時に、悩みが深くなるようだ。
現在センセイの受講生の一人神道龍一は、大学内でも最も将来が期待されている学生。
センセイの指導の元、大きな絵画コンクールで賞を取り将来を約束されているも同然となっている。自分もソレに続けと思う学生もそりゃいるだろう。
「バレたか。付き合って。
俺だけ食べていたら、少し格好悪いから」
学校では見せない無邪気な笑み。その表情に私の心はトキメク。
「奢りで、宜しくお願いします」
「了解しました。経費ではなく俺の自腹で払わせて貰いますよ。いつもの感謝の印に」
何でプリン奢るという言葉をこんなに綺麗な笑顔で語るのだろうか? センセイは。
「プリン一つで、感謝を済まされるのは少し嫌かな~?」
「そこは。スキあらば返させて貰うよ、愛と感謝を」
仲良く微笑み合ってからセンセイはマスターに向かってプリン二つと珈琲を注文した。