二人を繋ぐ絵の世界
高速バスの中で、考えるのはセンセイの事だけ。
私は記憶のアルバムから思い出のフォルダークリックする。
大学に入ったものの一年時は、創造の基盤を構築する為とかでデッサンといった基礎的な絵画法や版画や彫像など様々な表現手法を学ぶ事が中心。
センセイはより踏み込んだ油彩の講義する講師で、それを受けられるのは三年から。
しかも第十一番アトリエで行われるセンセイの講義は、プロの画家を本気で目指す学生向け。
大学やセンセイの審査を通過してやっと入れる狭き門の講義だった。
センセイが主にいるのは美術学部のアートラボ。1年の基礎課程の私には踏み入ることのないエリアだった。
だからドローイング部に入った。
部主催の活動以外の時間でも、共同アトリエに行き絵を描いていたので、センセイの姿を見ることは出来た。
そこは三年で絵画コースを選んだ学生の創造の場として提供された場所。
担当関係なく教授や講師も訪れ気ままに過ごしている。
センセイも教授らとの会話を楽しんでいたり、学生に声をかけたりと気ままに過ごしているところを見かけることもあった。
様々な教授と交流が持てるという意味でも学生にとって重要な場所。
私にとってもセンセイと触れ合える機会がある貴重な場となっていた。
近くに来られた時に挨拶して恥ずかしい事になったのは、今となっては良い思い出。
「今年入学した貢門と申します!
センセイの絵が大好きで大ファンなんです! 好きで好きで堪らなくてこの大学受けました!!!
センセイと、私実は誕生日も同じなんですよ! スゴイ偶然だと思いませんか?」
思った以上に大きな声になったことに気が付くが遅かった。センセイにも驚いた顔をされたが、テンパっている私に対して優しく微笑んできた。
「大丈夫? 少し落ち着こうね。
私に対してそんなに緊張する必要もないから。ここにいる講師陣の中では一番の若造でペーペーだから。
……ドローイングしていたんだね。基本は大切だから頑張ってね」
私は頬を火照らせて、そんな優しいセンセイの言葉にコクコクと頷くことしか出来なかった。
激しい胸のドキドキが収まるにつれこみ上がって来るのはセンセイとお話する事の出来た喜び。その日はスケッチブックに向かうものの、何も手につかなかった。
客員教授なのでセンセイが居るのは基本週に一日だけ。それでもセンセイとの接触出来る時間は私にとって宝物となった
そんな恥ずかしい出会い以後もセンセイと共同アトリエで顔を合わせるようになった。
あの日もセンセイが来ていた。
鉛筆を動かしながらも、心と、身体がセンセイの気配を追ってしまう。
「センセイ、そんなに見られると描きにくいです」
キャンバスをジッと見つめていたセンセイはイタズラが見つかった子供のように笑っていた。邪気が無さすぎるその表情もまた素敵だった。
「ゴメン、なんか面白いなと思って。描いている姿も見ていて楽しい」
その言葉に、大きく溜息をついてしまう。
「悩みあぐねいている様子がですか?」
「そこも若くて青春してていいなと」
ニコニコ笑うセンセイ。センセイの言葉に拗ねたように下を向く。その視線は絵の具で汚れた手に止まる。
「なんか、行き詰まってしまって……センセイはそういう時はどうされているんですか?」
センセイは首を傾げる。
「ん? 俺?
今の君のようにひたすら描きまくるか、ドライブしたり散歩したり描きたいモノに欠けているピースを探しに外に出る」
親しい人の前ではセンセイの一人称は【俺】となる。
「センセイでも悩むことあるんですか?」
その言葉にセンセイは心外だという顔をする。
「そりゃあるよ。プロとして描いていると別の悩みも出てくるから余計にね」
「センセイって悩みなさそうだけど……」
センセイが苦笑する…
「失礼な……俺だって色々悩んでいるよ。
この大学で講師しているのも、刺激を貰うためだよ。
絵って何も無いところから描けないだろ? 心動かす何かがなければ。
絵を描く為の意欲というかパッションの充電が必要だ。
俺の世界に面白い色を与えてくれそうな刺激を求めて生活している」
「コッチは描きたいモノは分かっているのに。それをどう表現すべきかを悩んでいるんですけどね」
センセイは優しげに目を細める。
「なら、そのゴチャゴチャしている頭を少しスッキリするためにカフェインでも入れてみる? 大学の近くに美味い珈琲飲ませてくれる店があるんだ」
センセイはそう言って喫茶店に誘った。