恋する瞬間
センセイとの出会いは大学のキャンパス。
いや、センセイの存在を知ったのはもっと前。
私が高校生の時。従姉妹の結婚式の時に行ったホテルのロビー。そこの壁に掛かっている絵に私は圧倒された。
いや圧倒されたという表現は間違えているのかもしれない。
その絵画が持つ世界にあっという間に惹き込まれそこに囚われてしまったというのが正しい状況なのかもしれない。
細やかなタッチで描かれた海辺の絵。
松の木などがあることから日本の風景だと思うが、そこは優しく美しい世界でこの世のどこよりも素敵な場所に見えた。
ホテルの人に聞くと隣の県に住む作家さんの作品で、このホテルから見える海岸で描いた作品だという。
何度かこの街にきているので分かるが、ここの海はこの絵のように風景は素晴らしい場所でもなく、日本のどこにでもあるようなありふれた海である。
この作家自身が素敵な方で、その目から見た景色だから美しいのだと思った。
そんな絵を描いたのがセンセイだった。この時から私のセンセイへの想いは始まっていたのかもしれない。
絵を描く事に自信が少しばかりある私は、私の住む県の美術大学でセンセイが講義しているという話を知り、その大学を受験した。
実際にあの絵の作家であるセンセイを見て私は震えるほど興奮して感動した。
あの日のあの瞬間は生涯忘れる事はないだろう。
恋に堕ちるというが、逆である。
天に打ち上げられたような感覚だった。
目尻はキレがっているが淡い色の瞳の色は優しく、程よく高く整った鼻筋に、薄く形の良い唇。絵のイメージそのままの美しい男性だった。
長い髪をキッチリとひとつにまとめていて、質の良く上品に見える格好をしていた。
センセイの姿が目に入った途端に私の体は雷に打たれたかのように痺れて動けなくなった。
周囲の音は聞こえなくなり、時間の流れは緩やかになり、センセイだけがスポットライトを浴びているように輝いて見えた。
コレが私の初恋で人生最大の恋愛となった。
その好きはセンセイの事を知れば知る程高まっていく。
芸術家と言うと個性的で偏屈な人のイメージがあるが、センセイは見た目の通り優しくて穏やかな人だった。
なんて事ない仕草も綺麗で品がある。
それも当然で、ネットで調べたら歴史ある旧家の育ちだったようで、一般人と品格からして違うのも当然だったのかもしれない。
ブルジョアでありながら傲慢な所は一切なく、人と穏やかに接している姿ばかり見かける。当然学生からの人気も高かった。
一年時はセンセイの講義は受けれないので悔しかった。
それでも縁が出来、会えば会話も出来るようになり……結ばれるなんて夢のよう。
私はセンセイの写真の挟まった手帳を抱きしめ、目を瞑り大きく息を吸った。