凍り付くアトリエ
貢門命架の学内での行動はチグハグとしか言いようがなかった。
彼女が将来の為にこの大学に学びにきたというのなら、アートデザインコースを目指すべきなのに、彼女は何故か油彩科コースを希望しているという。
これまでデッサンの勉強すらしてきていないというのに。
SHOUKA先生は彼女の将来に必要であろう講義をアドバイスしたが、それを丸っと無視したようだ。
イラストレーターとして将来頑張っていきたいのなら、最も教えを請わなければならない筈のその道の大先輩である講師陣に対する応対が驚くほど冷淡だった。
最初こそは、幼さから来る貢門命架の問題行動を何とか諌めようとしていたSHOUKA先生も、その態度に早々に匙を投げた。
そもそもSHOUKA先生は一年の彼女の直接的指導者でもない。それなのにそこまで気をかけてもらっていたのに、貢門命架はそれ無下にした。逆にSHOUKA先生に気に掛けられ話しかけられた事で、貢門命架を変な方向に付け上がらせた結果になったようにも感じた。
自分の能力を上げるためのというドローイング部での活動は全く身がはいっていない。
少なくとも渉夢が同じ部屋にいる時は、手がほとんど動いていなかった。
更に気持ち悪いことに、渉夢の方をずっと伺っている。
渉夢が部屋にいる講師陣と日常会話している様子、他の学生に指導している姿をジーと見ているその様子はあからさまで、血走ったようにすら見える目での視線には恐怖すら感じた。
入学当初はスッピンに近かったのに、だんだん化粧が濃くなり今では宝塚の舞台なのか? というくらい濃くなってきてそれがますます彼女を異様な存在にしていた。
渉夢が近くを歩きでもしたら、大声で名を呼び、描いているモノに対するアドバイスを求める。
素人に近い稚拙で中途半端なデッサンに、渉夢が何を言えというのだろうか? 周りの冷たい視線も気にせず渉夢センセイと気安く名前を連呼で呼んでくる。
渉夢も共同アトリエでは近づかないようにしていたら、周りの迷惑を顧みず渉夢に駆け寄るということまでしでかした。
床に荷物を置き、それぞれが互いに気を遣い良い距離感をとり作業をしている共同アトリエは、人が駆けるような場所ではない。
人の荷物を蹴飛ばしたり、イーゼルを引っ掛けて倒しても彼女はお構いなしだった。
この行動は仏の渉夢をも怒らせた。自分自身、創作活動を邪魔されるのを嫌うだけに、アトリエでの彼女の行動は渉夢の数少ない逆鱗に触れたのだと思う。
怒鳴りつけるのではなく静かな声で真っ直ぐ相手を見据えて叱る渉夢。
被害者となった学生や周りにいた学生までもが、おののき震えさせた。
その姿を見てやはり渉夢も不死原の人間だったのだと私は改めて感じた。アトリエの空気を一瞬で支配するそのオーラは不死原家の他の人に遜色ない圧で、教授陣をも固まらせた。
怒りを見せた渉夢以上に、その時私が恐怖を感じたのは、その怒りをモロに受けたはずの貢門命架の様子。
「ゴメンなさ~い、私ってドジですよね」と明るく答えヘラっと笑ったのだ。
「遊びに来ているような人は、此処ではいらない。出ていってください」
笑みを浮かべているが、渉夢とは思えない事に、柔らかさが皆無。
あんな顔を私に向けられていたとしたら、震えて何も言えないだろう。
なまじ渉夢の事をよく知っているだけに、この様子がどれ程の異常事態なのが分かるから余計に動けなかった。
「渉夢先生、あっちで私の絵を見て貰いたいんですが~」
ニコニコと話を続ける貢門命架に、渉夢は笑みを深める。ますます渉夢から発せられる圧が強まる。
何故、この渉夢にそんな言葉返せる? 怒りに燃料を足す事が出来る事が不思議でたまらない。
「聞こえませんでしたか? ここに君は要らない。直ぐに出て行きなさい」
流石に怒られているのに気がついたようだ。
「渉夢先生? 怒ってます?
ゴメンなさい。態とじゃないんです!
先生! 怒らないでくださいよ~!」
いくら言い訳しても謝っても変わらぬ渉夢に、終いには泣き出す貢門命架。それは恐怖からではなく、怒られている自分が可愛そうという感じで泣いているように見えた。
グズグズ泣きながらチラチラと渉夢を見る様子が、何とも見ていて気持ち悪い。
「意味不明の弁明も、見当違いな謝罪も要りません。
速やかに出て行きなさい」
渉夢は繰り返し言い聞かせ、貢門命架を退室させた。
顔を青ざめ固まっている学生のイーゼルを、渉夢が戻し始めた事でアトリエの凍り付いていた空気が動き出した。
彼女の代わりに謝罪してきたドローイング部の部員に、渉夢は貢門命架の退部を促す。
可哀想な部長は人形のようにカクカクと頷くしか出来ない。
こうして貢門命架を共同アトリエを出禁となった。




