第八話
「なんだ、おまえ」
「見たことねえヤツだな」
「この人が誰だか知ってて声かけてんのか?」
将吾の登場に一瞬ビクついた氷堂の取り巻きたちだったが、相手が一人と見るや将吾の周りを一斉に取り囲んだ。
「このお方はな、このアカデミーでも最強の4人と言われている四天王の一人、氷堂彰様よ。てめえのようなどこの誰だかわからねえ奴が声をかけていい存在じゃねえんだ」
「……」
「聞いてんのか、てめえ!」
「耳元で怒鳴るな」
彼らの声を聞き流していた将吾は怒気をはらんだ声でつぶやいた。
アカデミーの四天王と言われてもまったく気にしない。
今はただ、目の前で繰り広げられている暴挙に腹が立っているだけだ。
「こ、こいつ、氷堂さんの名前を聞いても驚かねえぞ」
「無知なのか? バカなのか?」
何の反応も示さない将吾に、取り巻きの一人が「あ」と声をあげた。
「こいつ、知ってるぞ。確か、須藤に勝った男じゃなかったか?」
「須藤っていうと、あのアカデミーを辞めた?」
「そうだ、こいつだ。高倉家の落ちこぼれ。将吾って名前だったよな」
男たちの言葉に、氷堂は「ほお」と眉を動かした。
「てめえか、オレの大事な金づるを退学に追い込んだのは」
「金づる?」
「須藤はな、オレの大事な大事な子分だったんだよ。毎月、一番の上納金をあげてくれたヤツでな。オレのお気に入りだったわけだ。なのにてめえのせいで収入が減っちまった。どうしてくれんだ、コラ」
静かに怒りをあらわにする氷堂。
すると周りの男たちが一斉に怯えはじめた。
「ヤベーよ、氷堂さんがキレてるぜ」
「ああなったら容赦ねえからな」
「あーあ、死んだな。あいつ」
しかし将吾はそんな氷堂の怒りなど一切気にすることなく、少女に自身の上着を着せた。
「大丈夫か?」
「あ、は、はい。ありがとうございます……」
「こんなくだらない対局などしなくていい。今度こいつらに何かされそうになったら、私に言え」
「……は、はい。っていうか、誰?」
氷堂は、目の前の獲物を取られたことよりも、無視されたことにさらに憤慨した。
「てめえ! いい度胸してんじゃねえか! ボコボコにされてえのか!」
将吾はそこで初めて氷堂に目を向けると、彼女の代わりに盤の前に座った。
「個人的な文句など知らん。言いたいことがあるなら将棋で語れ」
「なに?」
「対局してやると言ってるんだ。お前の先手でいい」
「……んだと、てめえ」
不遜な態度を取る将吾に、氷堂は屈辱にも似た感情を抱いた。
「対局してやる……だと?」
「別にやらなくてもいい。その代わり、この娘に謝ってもらおうか。本来なら謝るだけじゃ済まないがな」
いまだかつて氷堂をここまでバカにしたヤツはいなかった。
氷堂は怒りに顔を歪ませながら目の前の将吾を叩きのめすと誓った。
「わかった、お望み通り対局してやるよ! てめぇが負けたらぶっ殺してやるから覚悟しとけ!」
これが将吾とアカデミー四天王との初対局となるのだった。