第七話
須藤敗れる。
その報は瞬く間に1年生の間に広まった。
優勝候補の須藤が敗れたことにより、他のクラスでも将吾の噂が絶えなかった。
彼らの棋譜を一目見ようと、貼りだされた紙に生徒たちが群がる。
そしてそこに書かれた棋譜に生徒たちは絶句していた。
須藤の非道っぷりは有名だ。
しかし将吾の棋譜は、須藤の非道っぷりを上回るほど残虐だった。
王のまわりを取り囲むようにト金が埋め尽くされている。
王はただ右か左に移動するしかなく、文字通り手も足も出せない状態だったのである。
「いったい何があったんだ」
「こんな棋譜初めて見たわ」
「悪魔か、こいつは」
そんな棋譜を作ったのがアカデミー最下位の将吾であることが信じられなかった。
結局、須藤は将吾に負けたその日にアカデミーを去った。
ここまでコテンパンにやられたのだ。二度と将棋など指せないであろう。
それを彼の取り巻き立ちも感じ取っていたため、誰も須藤を引き留めなかった。
須藤を負かしたその日より、将吾の快進撃は続いた。
次の日も、次の日も、将吾は対局相手をことごとく退けた。
しかし須藤の時とは違い、相手の心をへし折るような指し方はしなかった。
まるでその指し方が正解であるかのような、流麗かつ重厚な指し回しだった。
そして気がつけば、対局相手は詰まされていた。
彼と対局した者は口々にこう語る。
「まるで棋神と指しているようだ」と。
あまりにあっけない負け方に、悔しいという気持ちさえ起きなかった。
「いったい彼はどうしたんだ?」
「万年Dクラスのドンケツのはずだろ?」
「本当の力を隠してたのか?」
将吾のあまりの変わりように、今まで須藤とともに散々いじめてきた取り巻きたちも怯えて逃げるようになった。
平穏とまではいかないが、将吾を取り巻く環境はガラリと変わり、対局以外は落ち着いた日々を取り戻したのだった。
そんなある日のことである。
将吾がいつものようにアカデミーから寮へと戻ろうとしていると、「歩の間」と呼ばれる対局室から騒ぐ声が聞こえてきた。
襖を開けて中を覗いた将吾は絶句した。
そこでは多くの男たちが下着姿の一人の少女を取り囲み、冷やかしの声をあげていたからだ。
「あっと二枚! あっと二枚!」
少女はブラジャーとパンツだけの姿で、恥ずかしそうにうつむいていた。
「氷堂さん、早くやっちゃってください」
「負けたら一枚ずつ脱いでく氷堂ルール。たまんねえな」
「オレも強かったらこのルールで弱い女子と対局してえんだけどなあ」
少女と盤を挟んで座っているのは、耳にピアスをした青い髪の男だった。
目つきは鋭く、オオカミのような男だ。
氷堂と呼ばれたその男は、下卑た笑みを浮かべながら少女に言った。
「よし、じゃあ今度オレが勝ったら上の下着を脱いでもらおうか」
「も、もう許してください……」
少女は泣きながら訴える。
しかし彼女の悲痛な訴えは興奮気味の男たちには届かなかった。
逆に嬉々として眺めているだけである。
「ダメだ。勝者の言う事は絶対だ。負け逃げは許さん。なぁに、簡単だ。お前がオレに勝てばいいんだ」
「ひっく、ひっく……」
「泣いてねえで早く駒を並べねえか!」
見かねた将吾は「歩の間」に入って氷堂の前に立った。
「何をしている」
「あ?」
突然の乱入者に氷堂は不機嫌そうな顔を向けた。
「んだ、てめえは」
「何をしていると聞いてるんだ」
下着姿の少女を取り囲む男たちの姿に、将吾は怒りの眼差しを向けるのだった。