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第六話

「ま、負けました……」


 須藤はたった100手で詰まされた。

 信じられなかった。

 六枚落ちで負けるとは夢にも思ってなかった。

 負けるにしても、相手はプロかそれ以上の実力者という自信はあった。

 それがまさかアカデミー最下位に負けるとは。


「こ、これは何かの間違いだ……」


 優勢にことを運んでいたつもりだった。

 しかし気づいたら詰まされていた。

 何が起きたのか、負けた今でもさっぱりわからない。


「間違いではない。お前は私に六枚落ちで負けるほど弱かったということだ」


 神木の言葉に、須藤はがっくりとうなだれる。

 将棋の世界にまぐれなど存在しない。

 勝った者が強く、負けた者が弱い。そんな世界だ。


 つまり神木は須藤に六枚落ちで100手で負けるほど弱い棋士であると思い知らせたのだった。


 須藤のあまりのあっけない投了に、まわりで将棋を指していた取り巻き立ちもざわついた。

 しかしまだ対局が続いている中で席を外すことはできない。

 自分たちの将棋に集中しながら、横目で須藤と神木を眺めていた。



「さて」


 ぶるぶる震える須藤に神木は言う。


「対局前に何か言っていたな。負けたらボコボコにしてやるとか。立場が逆転したな」


 神木はそう言って立ち上がった。

 ビクッと須藤が震える。


「ま、待て!」

「待て?」

「いや、待ってください!」


 アカデミーでは将棋に強い者が絶対的権力を持つ。

 つまり神木に負けた須藤は逆らえなかった。

 それよりも須藤は信じられなかった。

 目の前にいる男は、本当にあの将吾なのか。

 態度や言動が違い過ぎる。


 昨日まではオドオドして弱々しい印象だったのに、目の前の将吾はどこか自信に満ち溢れていて、威厳すら感じられる。

 まるで百戦錬磨のA級棋士のような威圧感があった。


「い、今までの非礼は詫びる。この通りだ!」


 両手を合わせて謝罪する須藤に、まわりの棋士たちも目を見張った。

 あの余裕たっぷりの須藤が、こんな無様に謝罪をするなんて。

 彼の姿に神木は言った。


「ならもう一局つきあえ」

「も、もう一局?」

「もう一度六枚落ちで勝負してやる。私に勝てたら、このリーグ戦もそっちの勝ちでいい」


 破格の提案だった。

 もともと黒星だった須藤に、チャンスが巡ってきたのだ。断らない理由などない。


「も、もちろん! そちらがそれでいいと言うのなら!」


 ただし、と神木は付け加えた。


「投了は認めない。詰まれるとわかっていても、お互い完全に詰むまで指し続けること」


 将棋の世界では負けたと確信した場合は途中で投了することができる。

 素人同士の対局ではあまりないが、上級者となると詰まれると確信した段階で投了することが多い。

 しかし神木の提案はそれを許さず、盤面が完全に詰みの状態になるまで指し続けろと言っているのだ。

 須藤に拒否する権利はなく、彼はそのルールを飲んだ。


 それに神木はほくそ笑んだ。


 自ら投了できない恐ろしさを味わってもらう。

 本当の制裁はこれからだ。


 神木と須藤の二回目の対局が始まった。



     ※



「ま、負けました……」


 今度も須藤はあっさりと負けを宣言した。

 80手にも満たない負け方だった。

 しかし神木は認めなかった。


「言っただろう? お互いに詰むまで差し続けると。まだ盤上は詰んでない」


 確かに盤上は詰みの状態ではない。

 王はまだ逃げられる位置にいる。

 いわば詰め将棋の形だった。


「け、けど……」

「いいから指せ」


 須藤は言われるがままに指す。

 だが神木はあえて詰みには持って行かず、別の駒を動かした。


「……?」


 須藤は不思議に思いながら指し続ける。

 神木はさらに関係のない駒を指した。


「こ、これは……」


 須藤はハッとした。

 彼はここに至って神木の思惑に気付いた。


 そう、神木は自身の駒をすべて成らせ(敵陣に入って駒がバージョンアップすること)追い打ちをかけようとしているのだ。

 将棋指しにとってこれ以上の屈辱はない。


「ほら、どんどん逃げ場がなくなるぞ」

「あうう……」


 須藤の王は、ト金(歩が成った状態)に囲まれ、左右を行ったり来たりしかできなくなっていた。

 それでも神木はあえて詰まない。

 自身の駒をすべて成らせようとしている。


「も、もう……勘弁してください……」


 須藤が泣きながら懇願したところで、神木はようやく王の頭にト金を置いた。

 ここまでやれば心が折れて二度と将棋は指せなくなるだろう。

 あまりに悲惨な棋譜に、須藤の取り巻きたちも顔が青ざめていた。


「私の勝ちだな」


 神木は見事、将吾の無念を晴らしたのである。

次話から不定期更新になります、すいません。


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