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第五話

 寮へと戻った神木は、とりあえず「将吾」の人生を借りることにした。


 もともとたいだった将吾自身の魂は感じられない。

 しかし完全に魂が死んでしまっているのかは神木にはわからなかった。

 だったら将吾の魂が戻るまで自分がこの身体を管理しておこうと思ったのだ。



 寮に戻ると、将吾をいじめていた連中がニヤケながら部屋の前で待っていた。


「よお、将吾。遅かったじゃねえか」


 誰だ? と神木は思った。

 須藤ではない。

 しかし将吾の記憶をたどっても思い出せなかった。


「実家に呼び出されたんだってな。どうしたんだ? 大好きなパパに叱咤激励でもされたか?」


 へへへ、と嘲笑が起こる。

 実際は叱咤激励どころか勘当されたわけだが、それを言ったところでどうなるわけでもない。


 神木は目の前の身に覚えのない男を無視して部屋に入ろうとした。


「おい、無視すんじゃねえよ!」


 そんな神木を男が掴みかかる。

 そしてグッショリと濡れてる神木を見て悲鳴をあげた。


「なんだこいつ、ずぶ濡れじゃねえか!」

「うわ、きったね!」


 距離を取る男たちに、神木はにっこりとほほ笑んだ。


「さっき川に落ちたんだよ。着替えたいから部屋に入っていいかい?」


 いつものおどおどした彼とは違い、どこか余裕のある表情に男たちは「あ、ああ」と少し呆気にとられながら返事をした。


「それじゃ」


 部屋に入ろうとする神木を、男が呼び止めた。


「おい落ちこぼれ」

「なに?」

「明日、覚悟しとけよ。須藤さんがお前をボコるからな。せいぜい痛みに耐えられるように身体でも鍛えておくんだな」


 まさかそれを言うためだけに待っていたのだろうか。

 神木は内心「ハア」とため息をつきながら笑った。


「うん、わかった。ご忠告ありがとう」


 そう言って部屋に入る神木に、男たちは顔を見合わせて首を傾げた。


「おい、あれ本当に将吾か?」

「なんか余裕ぶってねえか」

「何があったんだ、いったい」


 将吾のあまりの変貌ぶりに、彼らは呆然と立ち尽くすのだった。



     ※



 翌日。


 神木は将吾の記憶を頼りに対局室へと向かった。

 今日から数週間かけてのリーグ戦が始まる。

 1クラス30人の総当たり戦である。


 それが6クラスあり、各クラスのトップがさらにリーグ戦を繰り広げ、学年1位を決めると言うものだ。


 この成績に応じて順位が確定し、今後しばらくの間のアカデミー生活の良し悪しが決まる。

 そのため、対局室はいつにも増してピリピリしていた。

 しかし神木は久々の対局で、その緊張感すら楽しんでいた。


(この張り詰めた空気。100年前と変わらんな)


 15個並ぶ将棋盤のひとつに座り、相手を待つ。

 将棋盤や駒は100年経っても変わらなかった。

 それが神木にはやけに嬉しかった。



 そこへ、須藤が現れた。


 彼は将吾の姿をした神木を見るなり、ニヤリと笑った。


「よお、逃げずに来たな。その根性だけは褒めてやる。負けたらボコボコにしてやるから覚悟しておけ」


 須藤の言葉に、取り巻き立ちもニヤニヤと笑う。

 彼らの顔を見て、神木の身体がブルブルと震えた。

 おそらく将吾だった時の記憶がよみがえり、恐怖で身体を震わせているのだろう。


(そうか、怖いのだな。この男の存在が)


 神木は静かに心を落ち着けて身体の震えを止めた。


(安心しろ、私が守ってやる。お前の身体を借りてる礼だ。この男には二度と将棋を指せないようにしてやる)


 目を見開いた神木は須藤に対して言った。


「須藤と言ったか。ずいぶん自信があるようだな。だが、はっきり言ってお前の将棋は下の下だ」

「は?」

「断言してやろう。お前は私には勝てない」


 神木の言葉に須藤は一瞬ポカンとするも、やがてプッと笑い出した。


「ぎゃははは! なんだこいつ、とうとうおかしくなりやがったのか!?」


 いつもオドオドしていた将吾が、不敵な笑みを浮かべて「私には勝てない」などとほざき始めた。

 精神がおかしくなったとしか言いようがない。


「みんな聞いたか? こいつ、自分には勝てないなんて言ってんぞ?」


 クスクスと嘲笑が飛ぶ。

 将吾の弱さはクラスの誰もが知る。

 対する須藤はクラスの中でも上位。

 どう転んでも勝つのは須藤に違いなかった。


「面白え。だったら勝ってみろよ、オレ様に」


 そう言って駒を並べ始める須藤。

 そんな彼に神木は言った。


「誰が平手で指すと言った?」

「あ?」


 駒を並べる須藤に、すでに駒を並べ終えていた神木は自身の王と歩、そして金と銀以外のすべての駒を盤上から弾いた。


「六枚落ちで勝負してやる」

「ろ……!!!!」


 将棋の世界において、自身の駒を減らすのは相当のハンデだ。

 多くは飛車や角といった攻撃の要である大駒を落とすのが一般的だが、飛車・角の他に相手が指定した二枚を落とす四枚落ち、四枚を落とす六枚落ちとハンデの量が変わって来る。


 仮に六枚落ちの場合は、プロとアマチュア初級くらいの実力差が必要だ。


「な、な、な、舐めんじゃねえ! なんだ、六枚落ちって!」

「規則に違反はしていない。お互いに認めていれば公式戦であっても駒落ちはやっていいことになっている。ま、やるヤツはあまりいないだろうがね」


 神木の言葉に須藤は「ハン」と笑った。


「てめえ、相当頭がいかれたようだな。いいぜ、やってやるよ。てめえの六枚落ちでな。あとで吠え面かくなよ」

「それはこっちのセリフだ。それじゃ、駒落ちの私から先手だな」


 そう言って神木はパシン、と駒を動かした。

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