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第四話

     ※



 かつて「棋神」と呼ばれた男がいた。

 多くのトップ棋士を打ち負かしたその男の名は神木かみき鉄心てっしん

 将棋界最高峰とされる名人位。

 神木の強さはそれすらも上回るとされていた。


 そんな彼の通算成績は驚異の9割超え。


 神木を打ち負かした者はそれだけで称えられ、一生涯の栄誉を与えられた。

 そして神木を倒した者はそのすべてが名人となっている。



 神木は死の間際、床の間で将棋盤の前に座り、たった一人で誰もいない相手に対して飛車を指したまま事切れたという。

 その姿は伝説となり、今なお多くの棋士から尊敬を集めている。




 そんな神木だが、将棋盤に飛車を指した瞬間、突然光が舞い降りた。

 あの世へのいざないかと思った彼は、将棋への未練を打ち消し、流れに身を任せた。




 長い時間、彼はゆらゆらと漂っていた。



 どれだけ漂っていただろう。

 気づくと目の前に一人の若者が激流に飲まれながら迫って来るのが見えた。

 慌てた神木はその若者の身体を避けると、流されて行くその姿を懸命に追った。



 何がどうなっているのかわからない。

 しかしこのままにしてはおけないと思った。


 将棋を指すように腕を伸ばす。

 すると、まるで待ってましたとばかりに神木の魂がその若者の身体に吸い込まれて行った。



 次の瞬間。



 神木はなぜか濁流に飲み込まれていた。



(なんだ!? なんだこれは!?)



 神木は焦った。

 将棋で一切焦ったことのない彼も、この時ばかりは理解が追い付かなかった。


 両手両足をばたつかせる。

 若者を死なせないようにと、なんとか水面から顔を出し、岸にたどり着いた。

 大量の水を吐き出し、仰向けになった彼が目にしたのは夕焼け空だった。


 心なしか身体が軽い。



「どこだ、ここは……」



 神木は起き上がると辺りを見渡した。

 見たこともない景色が目に飛び込んで來た。



 状況がわからないまま、必死に身体をまさぐる。

 ポケットの中から水で濡れた手帳が現れた。


 学生証のようだった。

 開くとそこには顔写真が載っていた。



『棋士養成アカデミー1年・高倉将吾』



「棋士?」


 さらにページを開く。

 日付を見て驚いた。

 それは神木が生きていた時代よりも100年近く後だったからだ。


「いったい……なんだこれは……」


 不思議に思っていると、今度は激しい頭痛に襲われた。


ぅッ!」


 両手で頭をおさえる彼の脳裏に、将吾の記憶がよみがえる。



 今まで生きてきた将吾の記憶。

 アカデミーでの須藤の仕打ち。

 高倉家からの勘当。

 橋からの飛び降り自殺。


 ありとあらゆる情報が駆け巡る。



「ハア、ハア、ハア……」



 神木は肩で大きく息をついた。

 そして知ったのである。



「そうか……、私はこの男の身体に乗り移ったのか……」



 にわかには信じられなかった。

 しかし、実際両手両足を思いのままに動かせる。


 大量の岩にぶつかってそこら中が痛かったが、それこそ生きているという証だった。



 神木は生まれ変わったことが嬉しい反面、悲しい気持ちに包まれていた。


 大好きな将棋。


 この世界ではその強さに比例して権力を持ち、弱者は人権がないかのように扱われる。

 自分がいた時代には考えられなかった。


 ましてや将棋によって死を選ぶ将吾のような人間が出ているなど。


「なんなのだ、この世界は……」


 とりあえず神木は将吾の記憶を頼りに寮へと向かったのだった。

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