第二話
日本歴294年。
棋士は日本国内において唯一絶対の権力を持つようになっていた。
一般の人々は棋士の発言には逆らえず、絶対服従を強いられる。
さすがに政治の世界には口出しはできなかったが、多くの棋士を抱える政治家の発言力は強大で、どれだけ棋士を抱えているかが政治家のパロメーターだった。
そんな棋士の中でもトップクラスの実力を誇るのがA級棋士である。
日本国内にわずか10人しかおらず、その権力は一人で複数の企業を倒産に追い込めるほどの力を持っている。
さらにそんなA級棋士の頂点に君臨するのが名人であり、その発言権は総理大臣以上。
実質、日本の王とも呼べる存在だった。
そして将吾の父は日本に10人しかいないA級棋士の一人で、高倉家は多くの棋士を輩出することで有名だった。
事実、将吾の二人の兄はB級棋士として複数の企業と契約を結んでいる。
そんな高倉家の屋敷に、将吾は呼び出されていた。
アカデミーは全寮制のため、入学以来約半年ぶりの帰省だった。
将吾が屋敷の門をくぐると、使用人たちが将吾を手厚く出迎えてくれた。
しかしその顔はどこか含みのある表情をしている。
「将吾ぼっちゃま、よくお戻りになられました」
使用人たちをまとめる最年長の執事・唐沢が丁寧に頭を下げる。
将吾はなんで呼び出されたのかわからなかったが、とりあえず短い挨拶をかわした。
「早速ですが、御父上がお呼びです。どうぞこちらへ」
唐沢に案内されて通されたのは、客間だった。
身内であるはずの将吾が客間に通される。
それだけで言い知れぬ不安を感じた。
客間に入ると、大きな机を前に男が一人座っていた。
将吾の父であり、A級棋士の高倉将造である。
彼は威圧的な目で将吾を見つめていた。
「お、お呼びでしょうか、父上」
将吾は正面から見据えることができず、目を伏せた。
そんな将吾を、将造は表情を崩すことなく見つめている。
正直、蛇に睨まれたカエルだった。
以前から父が苦手だった将吾は、ますます身体を縮こませる。
A級棋士同士の対局は気圧されたほうが負けだ。
だからだろう。
将造の醸し出すオーラは常に張りつめていて鋭かった。
将造はそんな将吾を見つめたまま、ただ一言「座れ」と言った。
おどおどしながら客用のソファに腰を下ろす。
パチン、と指を鳴らすと客間の入り口に控えていた唐沢が将吾の前に一枚の紙を差し出した。
それを見て将吾は絶句した。
差し出された紙は、親子の絶縁状だったからだ。
「ち、父上……。これは……?」
「見ての通りだ。お前との縁を切る」
頭が真っ白になる。
縁を切る、すなわち親子ではなくなるということだ。
「お前は勘当だ」
地面が崩れ落ち、宙に投げ出される気分だった。
「アカデミーでのお前の成績は随時報告されている。入学以来、ずっと最下位のようだな」
まさか父に自分の成績が知られているとは思ってもいなかった。
半年間ずっと最下位だったが、学年があがる前に頑張って少しでも順位を上げようと思っていたところだった。
「どういうことだ? お前の兄たちはアカデミーを主席で卒業したぞ? 高倉家の人間なら当たり前のことを、なぜお前はできない」
「そ、それは……」
将棋の才能がないからです、と言いかけて口をつぐんだ。
そんなのはただの言い訳にすぎない。
「兄たちはすでにB級棋士として活躍している。そんな兄やA級棋士である私の顔に泥を塗る気か」
「い、いえ、そのようなことは……」
「お前のような落ちこぼれがいたのでは、高倉家の恥だ。消えろ」
将造の言葉に追随する形で執事の唐沢が言葉を紡ぐ。
「これでも御父上はずいぶん我慢されたほうです。半年間も上にあがるチャンスをお与えになったのですから。残念ですが将吾ぼっちゃまは今後、高倉家とは関わりのない人間となられます」
物腰は柔らかいが、見下してるのが手に取るようにわかった。
今にして思えば、屋敷の使用人みんなが将吾に対して冷たい目をしていた気がする。
「寮の生活費は1年間前払いですので、残り半年間はまだ住むことができます。ですが、その後は将吾ぼっちゃま……いえ、将吾さんご自身で住居と職を探してください」
「で、でも父上! 今後一人で生きろだなんて無理です……」
「話は以上だ」
将造はそう言って唐沢に将吾を退席させるよう促した。
「父上! 僕の言い分も聞いてください!」
「さ、将吾さん。絶縁状はあとで弁護士を通じて寮に送らせていただきます。どうぞお引き取りを」
「父上!」
しかし、将吾の叫びは高倉家の門が閉められて将造に届くことはなかった。