最終話
将造はピタリと手を止めた。
将吾の放った香車。
予想していなかった一手だ。
王手飛車取りの局面から、逆に将造の自陣が脅かされる手だった。
(……なんだ、これは)
将造の背中に嫌な予感が走る。
(これは無視できない)
A級棋士だけあって、将吾の指した手が尋常ではないことをすぐに悟り、飛車取りを即座に諦めて守りにつく。
しかし将吾はさらに5五桂と指した。
将棋盤のど真ん中の桂馬。
初手に真ん中の歩をついた意味がここでわかった。
歩の先に桂馬を置くことで、簡単には取れなくさせたのだ。
「……ぐ」
将造はさらに守りを固める。
攻めてばかりいたため、王が危険にさらされている。
通常は王の守りを固めてから攻めるのだが、それを怠っていたツケがまわってきた。
将吾はここぞとばかりに攻めまくった。
(ま、守りが間に合わん……!)
将造の必死の守りも虚しく、将吾の5五桂からわずか二十手で勝敗は喫した。
何がどうなってるのかわからない。
将造は唖然としながら将棋盤を見つめていた。
「私の勝ちだな」
へりくだっていた将吾がいつもの口調に戻って将造を見やった。
将造はハッとしながら唐沢に命じた。
「き、切れ! 配信を切れ!」
将造が負けるとは思っていなかった唐沢も、何が起きたかわからずに呆然とたたずんでいたが、すぐにネット配信の接続を切った。
しかし生配信をしていたため、将造の見事な負けっぷりは全国にさらされることになった。
王手飛車取りからの逆転負け。
A級棋士の将造にとってこれほど惨めなものはない。
急に配信が途絶えたことで、ネットも荒れた。
『なに、今の』
『信じられない負け方なんだけどww』
『高倉将造やっちまったな』
当然、ネット上で何と書かれているかは将造にもわからない。
だがこれから先の展開は予想できた。
A級棋士が実権を握る日本。
それが素人のような相手に逆転負けしてしまったのである。
ネットだけではなく、ワイドショーでも賑わうだろう。
高倉将造の実力についても話題になるかもしれない。
それは屈辱以外の何物でもなかった。
「それではこれで」
将吾はそう言って立ち上がった。
そしてそのまま将造の部屋をあとにする。
将造も唐沢も、ただただ呆然とその後ろ姿を見つめることしかできなかった。
将吾が将造の屋敷を出ると、あたりはすでに真っ暗だった。
見上げると満点の星空と丸い月が輝いている。
綺麗な満月だった。
(一矢むくいてやったぞ)
将吾は月を眺めながら元の身体の持ち主に語りかけた。
聞いているかどうかはわからない。
しかし聞いていれば良いなと思った。
「棋士は月の明かりがよく似合うとは誰が言った言葉だったかな」
将吾はしみじみとそうつぶやきながら一歩踏み出したのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
最強の棋士がいじめられっ子に転生して復讐するというお話を書きたくて書いた作品でした。
勘当した父親をも打ち負かすところまでを最終目標にしていたため、謎の部分も残ってはおりますが(将吾の転生理由やその後の話など)いったんここで打ち切らせていただこうと思います。
本当に本当に最後までありがとうございました。




