第一話
「はい、これで詰みー。いやー、今回もビックリするほど弱かったわー」
大きな身体を揺らしながら、須藤毅は大げさに驚いて見せた。
「相変わらず弱すぎるな、おめーはよ。オレなら自殺するレベルだわ」
須藤の目の前の相手、Dクラスで万年最下位の高倉将吾は、そんな彼の言葉を聞きながらキュッと拳を握り締めて「負けました」と小さな声でつぶやいた。
「は? なんだって? もっかい言って?」
将吾のか細い声に、須藤は大きな身体を前のめりにして耳に手を当てる。
「聞こえねーなー。もっと大きな声で言ってくれないかなー? 負けましたってさー、もっと大きな声でさー!」
尊大な態度を取る彼に、将吾は改めて大きな声で「負けました」と頭を下げた。
しかし須藤の嫌がらせは止まらない。
「ダメダメ、そんなんじゃ。盤面に頭こすりつけて言わなきゃ。負けましたってよー!」
そう言って須藤が将吾の頭を鷲掴みにし、盤面に押し付けた。
「ほら、言ってみ? こうして心を込めて『負けました』って言ってみ?」
「ま……負け……ました……」
ひしゃがれた声でなんとか言葉を絞り出す将吾に、須藤はさらに追い打ちをかける。
「謝罪の言葉も必要だよな。将棋がこんなに弱くてすいませんでしたってよ。こんな僕が将棋なんかやっててごめんなさいってよー!」
「す……すいません……した……ごめ……なさ……い」
顔を押し付けられてほとんど言葉が出て来ない将吾に、須藤は「ふん」と鼻を鳴らした。
「謝罪もまともに出来ねえのか、てめーは」
そう言って将吾の頬を張り倒した。
「いいか、この世は将棋の強えヤツが絶対だ。将棋の弱えヤツは将棋の強えヤツの言いなりになるしかねえ。オレの言ってる意味、わかるか?」
グイっと髪の毛をつかんで顔を持ち上げる。
須藤は将吾に臭い息を放ちながらさらに殴った。
「つまりだ。将棋で勝ったオレ様はてめえに何をしてもいいってことなんだよ」
「ぐっ! や、やめて……やめて、ください……」
殴られた頬を押さえつけながら将吾は涙目で訴える。
「A級棋士を何人も輩出してる名門高倉家の出身だからって、全員が全員強いワケじゃねえ。てめえのような落ちこぼれもいるってわけだ。よかったよ、世の中平等でよ」
さらに殴られる将吾に、須藤の取り巻きたちが笑いながら眺めている。
彼らは皆、将吾と同じ棋士養成アカデミーの1年生だ。
「須藤さん、やりすぎっスわー」
「目のまわりまで殴ったら、まぶたが腫れて将棋盤見れなくなるじゃないっスか」
「まあ、見えても見えてなくても将棋は激弱だから意味ないっスけどね」
クスクスと笑う取り巻きに囲まれながら、将吾は怯えた表情で須藤を見た。
「明日から順位戦始まるよな? 初戦はいきなりてめえとだ。今度は二度と立てねえくらいにボコボコにしてやるから覚悟しとけ」
比喩ではない。
将棋の強さが絶対のこの学校では、将棋に勝った者が負けた者に何をしても許されるのである。
そして須藤の強さはアカデミー1年生の中でも上位の実力者だ。
いつも最下位の将吾に勝てる要素は1ミリもなかった。
笑いながら対局室をあとにする須藤を、将吾は震える顔で見つめるのだった。