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第十二話

「高倉将吾という男はいるか?」


 土井がDクラスに姿を現わしたのは、将吾が氷堂を倒した数日後だった。

 岩のような大男に、クラスの誰もが驚きの声をあげる。


「お、おい、あれって……」

「土井さんだよ」

「来年、プロ棋士確定の四天王の一人だろ?」

「なんでこんなところに……」


 じっくりと場を見渡す土井に、将吾は恐れることなく手をあげた。


「私だが?」

「君か」


 土井はツカツカと教室に入ってきて将吾の前に立った。


「君と対局してみたい。もちろんリーグ戦とは関係のないフリー対局だ。申し訳ないが時間を作ってくれないか?」


 その言葉にさらに場がざわつく。

 四天王がわざわざアカデミー最下位の生徒にフリー対局を申し込むなど、前代未聞だった。


「四天王なら普通に命令すればいいのに」


 そんな声も聞こえる。


「私でよければいつでも。今日の放課後でどうだ?」


 将吾は土井の顔を見てそう答えた。


「それでいい。じゃあ、今日の放課後、香車の間で待っている」


 土井はそう言って教室を後にしたのだった。




 その日のリーグ戦も将吾は負け知らずだった。

 しかし須藤や氷堂との対局とは違い、情け容赦ない指し方はしなかった。

 対局している相手の力量をはかり、勝つか負けるかわからないギリギリの戦いをしていた。


 もちろん、相手を舐めてかかっているわけではない。

 いわば指導対局のような指し方だった。


「ここをこう指せばもっとよかったんじゃないかな?」

「ああ、そっか! これなら守りにもなるし、いざとなったら攻撃にも移れるね」


 将吾の説明はいつも的確だった。

 対局相手の誰もが彼の言葉に納得した顔をしていた。


 ここにきて将吾の評価はうなぎのぼりだった。


「将吾くんの説明はわかりやすいね」

「なんだか落ち着いてるし、大人っぽいよね」

「なんで今まで最下位だったんだろう」


 そんな彼らの声を聞きながら、将吾は着実に順位をあげていった。




 そうして迎えた放課後。

 将吾は約束通り「香車の間」へと向かった。

 氷室と対局した「歩の間」とは違い、生徒同士の大事な一局で使われる場所だ。


 香車の間に入ると、すでに土井は将棋盤の前に座っていた。

 どっしりと腰をおろしたその姿は堂々としており、四天王の風格を漂わせている。

 そんな彼の周りをたくさんの見物人が取り囲んでいた。

 四天王の指す将棋を一目見ようと野次馬のように集まってきたのだ。


「待たせたか?」


 そう尋ねる将吾に土井は「いや」と答えた。

 アカデミーの生徒とは思えない落ち着いた雰囲気に将吾は他の者とは違う気質を感じた。

 すでに土井の放つオーラはプロのそれである。


「対局を始める前にひとつ聞きたい。君はこの対局で何を賭ける?」


 土井の問いに将吾は首を振った。


「別に何も」

「そうか。てっきりクラスをあげてくれと言われるかと思ったよ。僕にはその権限がある」


 ウソではない。

 ここ将棋アカデミーでは四天王の権限は絶対で、彼らが生徒のクラスをあげてくれと直訴すれば簡単に上げることが出来る。

 それが四天王の特権でもあった。


「別に私はクラスなんて興味ない。将棋さえ指せればそれでいい」


 将吾の答えに幾分満足したようで、土井は「そうか」と言った。


「まあ君がいいならいい」


 振り駒の結果、先手は土井となった。


「それではよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 土井は角道を空ける手を使った。

 対する将吾も角道を空ける。

 ざわっと場がざわついた。


 格下の将吾が四天王相手に角交換を狙っているのか。

 角の交換は珍しい戦法ではないが、戦略の幅が大幅に増えるため、あまり好まれない。

 優位に駒を進めていたと思ったら、角打ちの一撃で形勢がひっくり返ることもあるからだ。


 そんな諸刃の剣である角交換を、土井は受けた。



 互いに駒を進めていく中、将吾の陣地に角の一撃が放たれた。


「こ、これは……」


 誰もが惚れ惚れとする一手だった。

 角は取れない上に飛車まで狙われている。

 しかし将吾はあっさり飛車を捨てた。


 さらに場がざわついた。


 飛車を守るでもなく、逃がすでもなく、放置したのだ。

 終盤ならまだそれもアリだろう。

 しかし戦況はまだ中盤だ。


 それ見たことかと言わんばかりに土井は飛車を取った。


(なんだこの男……。本当に氷堂に勝ったのか? まるで歯ごたえがない)


 さらに駒を優位に進めていく土井は、目の前の男の弱さを不審に思った。


(もしや、歩の間での勝負は将棋ではなかったということか? 氷堂は教えてくれないし、須藤もいなくなった。つまり、この男は将棋以外の方法で氷堂を脅し、勝ったことにしたわけだ)


 そう確信した土井は、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。

 将棋の勝敗を将棋以外でつけるなど、棋士の風上にもおけない。


「高倉くん」

「なんだ?」

「今さら言うのはなんだが、ここで君が負けたら、アカデミーを辞めてくれないか?」


 その口調はお願いではなく命令だった。

 土井の眉間に皺が寄っている。

 誰もが恐れる「鬼の土井」の形相がそこにあった。この顔になった彼は強い。


 しかし将吾はあっさりと「いいだろう」と答えた。


「そうか」


 土井はそう言うと、さっきまでの静かな指し方とは打って変わり、駒を割らんばかりの勢いで盤に叩きつけた。

 彼の怒りが周りにも伝わる。

 この恐怖に怖気づいて負けてしまう者も多いのだ。


 だが将吾は飄々と駒を進めた。

 優勢だった土井の表情が次第に曇っていく。その額には、うっすらと汗がにじんでいた。


(な、なんだ……? この展開は……)


 負けてはいない。

 しかし勝ってもいない。


 詰めるようでまったく詰めないのだ。


 逆に、土井の陣地には次第に将吾の駒が侵入し出してきた。


 まわりで見ている者も、どの手が最適なのかまるでわからなかった。



 やがて。



 将吾が角を使った。

 土井の守りを切り崩す渾身の一撃だった。

 その瞬間、土井は「負けた」と確信した。


 詰まれてはいない、しかし逃げられない。


 土井は「負けました」と言って頭を下げた

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