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第十話

 氷堂が敗れたという報は、アカデミーの生徒会室にいた他の四天王にも報告された。

 アカデミー最下位の将吾が須藤、そして氷堂を打ち負かしたという報を聞いて、残りの三人が眉を寄せる。


「高倉将吾? 聞いたことねえ名だな」


 そう言ってテーブルの上にある盤上の詰将棋から目を離さないのは四天王の一人、風間かざま龍兵りゅうへい

 氷堂とは違った意味で冷徹な男である。


「高倉将吾といえば高倉家のご子息ではなかったか?」


 三人の中でもひときわ身体の大きな男・土井どいたけしが記憶をたどるように言う。


「ほう、あのA級棋士の高倉将造の息子か」


 ただ一人、会長席に座る火野ひの十司郎じゅうしろうが興味深そうに資料に目を通した。

 彼の手元には、アカデミーの生徒全員分の情報が詰まったファイルがある。


「しかしこの男は万年最下位のようだぞ?」

「きっと本当の実力を隠してたんでしょう」

「いったい、どんな戦法を使うやつなのだ?」


 棋譜も残っていない密室状態の「歩の間」でどんな対局が行われていたのか誰も知らない。

 須藤がアカデミーを去り、氷堂や取り巻きたちも口を閉ざしてるため謎のままなのだ。


 教室に貼り出された棋譜は毎日交換されるため、正確に覚えている生徒も少なかった。


「まあ、そこまで強いヤツならいずれリーグ戦で当たるだろう」


 火野はそう言ってファイルを閉じ、将吾の名前を記憶から消した。




 しかし土井は何かが引っかかっていた。


 アカデミー最下位の男が四天王である氷堂に勝ったというのが信じられなかったのだ。

 氷堂の強さは土井も認めている。

 決して褒められた棋士ではないが、その力は本物だ。このアカデミーでは将棋が強い者が正義なのだ。

 そんな氷堂に勝った将吾と言う男と土井は対局してみたくなった。


「火野さん、いや、生徒会長」

「なんだ?」


 火野は土井の顔も見ずに返事をした。


「『香車の間』を使う許可を。その将吾という男と対局してみたい」


 土井の申し出に風間は「へえ」と笑った。


「あんたが対局したがるなんてな。何か危険なにおいでも察知したか?」


 土井は風間の言葉を無視して火野を見つめている。


「って、無視かよ、おい!」

「生徒会長、『香車の間』の使用許可を」


 かたくなに使用許可を申し出る土井に、火野はチラリと彼を一瞥し「わかった」と答えた。


「香車の間」は氷堂と将吾が対局した「歩の間」と同じようにリーグ戦に関係なくフリーで指せる対局室だ。

 しかし本来は生徒間同士の大事な一局で使われる場所であり、生徒会長の火野の許可が必要だった。


「お前が対局したがるということは、何かを感じたと言うことか」

「その高倉将吾という男の力量、この僕が見定めてやりますよ」


 そう言って土井は火野から「香車の間」の鍵を受け取った。



     ※



「あ、あの……将吾くんはいますか?」


 Dクラスに別のクラスの女の子がやってきたのは、昼食時ちゅうしょくどきだった。

 アカデミー全体でリーグ戦が行われている真っ最中ではあるが、昼時間は決まっていて、よほどの長期戦でない限りは仲のいい生徒同士でお昼ご飯を食べに行くというのが常である。

 そのため多くの生徒は昼時間には学食に行ったり、弁当を広げたりして食事を楽しんでいる。


 対局は大量のカロリーを消費するので、その補給も兼ねている昼休憩はもっとも重要な時間といっても過言ではない。


 にも関わらず、そんな昼食時に別のクラスの生徒がやって来るのは珍しいことだった。


「将吾?」


 最初に声をかけられた女生徒が怪訝な顔を向ける。

 ただでさえ珍しい来訪なのに、その相手が将吾なのだ。

 声をかけられた女生徒でなくとも「何事だ?」とざわついた。


「将吾ならあそこに……」


 女生徒が指さす先。

 そこでは将吾が一人、購買で買ったおにぎりを頬張りながらマグネット将棋を指していた。


「あ!」


 女の子は将吾の姿を見つけると、教室の中に入っていって将吾の前に立った。


「将吾くん!」

「……?」

「き、昨日はありがとう」


 勢いよく入った割に、将吾の前では途端にモジモジし出す少女。

 そんな彼女の姿に、将吾は「ああ」と声を上げた。

 たしか、昨日「歩の間」でいじめにあっていた少女だ。

 名前はなんだったか。


「えーと…………………」


 記憶をたどる将吾に、少女は微笑みながら再度名乗った。


朝日あさひです。朝日あさひ萌絵もえ

「す、すまん……」


 正直に謝る将吾に、朝日と名乗った少女は「ふふ」と笑う。


「覚えてなくて当然です。将吾くん、将棋のことしか頭にないみたいだもの」


 マグネット将棋を指さしながら笑顔を向ける朝日に、将吾は頭をかいた。


「それは確かに」

「うふふ」


 笑う朝日は素直に綺麗だと将吾は思った。


「それで、私になんのようだ?」

「あ、その……。将吾さんにお願いがあって……」

「お願い?」

「助けてもらってこんなこと言うのもアレなんですけど……」


 両手の人差し指を突き合わせながら言いづらそうに顔を伏せる朝日。

 正直、将棋以外はからっきしだった前世では、他人からの願いごとはうまくいった試しがない。

 そのため、将吾は少し身構えてしまった。


「なんだ、お願いというのは」

「ええと……、その……」

「なんだ?」

「えーとー……」


 なかなか本題を話さない朝日に将吾は少しムスッとして問いただした。


「な・ん・だと聞いている」

「ひっ! すいません! よろしければ私に将棋を教えてください! お願いしま……がっ!」


 頭を下げた朝日は、思いっきり机の角に頭をぶつけたのだった。

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