4章9話 「プレゼントにバグを」
「先に言っておくぞ。
わしの占いによれば。
この来客の原因は諸々あるが――おぬしが最もな要因じゃぞ」
「………………え…………?
あの、なんのことですか……?
私、何も……してませんけど……」
「何が起こっても受け入れろ、【最悪】でも」
カサンドラは、ピンと来ていないベルウィンの全身を怖気させる程の、ドスを利かせた声で言い放った。
「ダクスで会った時にもそう言ったが、おぬしはそれを無視したな。
じゃから、何度でも言っておく。
何が起こっても受け入れろ、【最悪】でも」
「……ぅっっ……!!」
カサンドラの険しく細めた冷徹な流し目は、ベルウィンの背筋を凍りつかせるには十分だった。
ガチャリ……。
玄関のドアがはっきりと開く音が聞こえた。
「じょっぴんくらいは、かけとけぃ。
不用心な娘じゃ」
トストストストス……。
迫る静かな足音は、普段もよく聞く音。
明らかに身内の、見知った歩き方。こんな上がり方をする客は他にはいない。
「姉さん……ただいま!
思ったより早く終わったから、早く帰ってこれましたわ!」
……帰ってきたサンタ姿の彼女は、いつもならば……この状況ではそう言ってきたはず……。
〔いたいた……お邪魔するわ。
やっぱり、いつも見ていた通りの綺麗な部屋ね……。
感心感心〕
しかし――彼女の第一声は、同棲している人の言葉とは思えないものだった。
「し、しの……ちゃん……?」
それに、声が全然違う。
大人の女性の声質でありながら、フィルター越しから発声しているような、くぐもった異質な声。
〔あら、驚かせちゃった……?
ごめんなさいね、こんな見た目だもんね〕
そして、口調。
純粋で真面目な敬語口調の彼女のものではなく、大人の階段を登った海千山千の艶っぽい喋り方。
「ね、ねぇ……!
シノちゃん……なの……??」
〔違うわ、私はルナ〕
オレンジの星が埋め込まれている双眸だって、彼女のものとは異なっている。
〔私の正体はね……【この子の魂そのものを務めるバグ】。
アンノウンなの〕
シノと同じ姿をしたルナは、自分の――シノの胸をトントンと叩いた。
〔――でもね。
これまでのアンノウンのような、マインダーの成れの果てとは全く違う……。
私は正真正銘の――原初にして唯一の天然性アンノウン。
人の言葉を理解し、喋ることだってできるわ〕
「………………」
重要なことを簡単に、淡々と、次々と自白してくるルナ。
だが、腰を抜かしてしまったベルウィンには、その意味の一つ一つを理解する頭と理性が追いついていなかった。
「自己紹介は後でもよい。
おぬしの目的を述べよ。
わしがここにいるということは――この娘の美味いクリスマスメニューをいただきに来たのではないのじゃろう?」
とっとと話を進めようと、カサンドラが主導権を握りにいく。
〔……あなた……誰なの?
この子の記憶の中には、あなたはいない……〕
ルナは眉をクワッとしかめて、あからさまに怪訝な表情を作った。
「おぬしには関係のないことじゃ。
それよりも、おぬしがここに来た目的を25字以内、5秒以内にまとめて述べよ」
〔……〕
簡潔に完結させた最速の回答を催促する物言いに、ルナはムッとしながら口を開いた。
「私はこの世界の人々全員にプレゼントをあげにきたのよ」
パチン……!
律儀に25字、5秒きっかりで要求に応じたルナが鳴らした指を合図に、部屋の中にゾロゾロと入ってくる人影の集団。
10人はいる。リビングの人口密度と熱気が急激に増した。
〔…………〕
〔…………〕
〔…………〕
〔…………〕
黒・モノクロ・銀・金……。
人影一人一人の体は、妖しい光を放っている目と心臓の部分以外は、それら一色のみで構成されていた。
「っっ!!」
「……ちっ、」
ベルウィンはその光景に大きく息を呑み。
カサンドラは募った苦々しさを吐き捨てるように舌打ちした。
〔――こういう風に!〕
両手を広げたルナのその様は、まるで開発した新商品をお披露目してプロモーションしているかのようだった。
「ど、どうして!?
もう、人がバグになることはないはずなのに……!?」
「おぬしの襲来は今しがた察知したが、ここまで迷走していたとは……知らなんだ……。
この建物で暮らしていた、賢者やメイドさん達を――変えたな。
そのような……哀れな姿に……?」
〔そうよ、このフロアの全員をバグにね。
クリスマス【プレゼントにバグを】あげたのよ……〕
「……え…………み、みんなが、バグに……?」
〔外でも今頃お祭り騒ぎになってるかしら。
この子のクリスマスプレゼントの宅配先は、全て攻略したからね〕
「そんな……!!」
ドヤ顔で告げられたその言葉で、ベルウィンはベランダの方にガクガクと首を傾けた。
「くっ、」
カサンドラはカーテンを全開にし、ベランダへと転び出る……。
* * *
「――っくしょん……!
(しばれる……!
何故、今回の顕現では外套がないんじゃ……!)」
鼻水を垂らして身震いしながらも、町の方面を見やると、
賑やかな音楽に包まれている最中に――
きゃぁぁぁぁぁぁ…………!
ぅゎぁぁぁぁぁぁ……!!
遠くて聞こえにくいが、絶叫の束が耳に入ってきた。
「まさか――」
額から発生した冷たい嫌な汗が、カサンドラの頬をひんやりじんわりと濡らしていく。
「!!
あ、あれ……!
あそこ!」
遅れてとなりにやって来たへっぴり腰のベルウィンが、ある一点を震える手で指差した。
「…………なっ……!?」
賢者庁の外――近所の街角の手前。
「ぁぁぁぁぁぁ……!」
何かから逃げていた1人の成人男性が、うつ伏せに転倒。
「く、来るなぁ……!」
〔……〕
迫ってきた黒い人影。
言うまでもなく、コモンタイプのバグ。
夜の暗がりに保護色のように紛れた漆黒だが、ハウモニシティの街灯と今宵の輝きに照らされて、その姿がこの時間でもはっきりと見えた。
「や……やめ……」
〔!〕
バグの腕が、男性の顔に触れた途端。
〔…………〕
男性の姿は跡形もなくなり。
代わりにコモンタイプが、もう1体追加された。
「きゃぁぁぁぁっっ……!」
〔…………〕
更に……。
向かい側では、マグヌスタイプのバグが女性に接近していた。
「し、死にたくないっ!」
女性が、手に持っていた傘をバグへと投げつけた。
〔!?〕
投げられた傘は、偶然バグの片方の目に命中。
ジェネラル最強のマグヌスタイプでも、目を抑えて痛そうに悶えている。
急所はジェネラルの全バグ共通で、心臓部のオーブのはずだが……。
〔……!!〕
「きゃっ!」
何はともあれ、この隙に逃げ出そうとした女性だったが。
キレたバグの反撃にあっさりと腕を掴まれ……。
「いや――」
〔!〕
女性の顔が金色に染まる。
〔…………〕
2体目のマグヌスタイプが誕生……。
「あれらのバグの性質は、【人をバグに変える能力】に書き換えられておる……。
えげつない……」
ハロウィンの日に穢れを祓ったことで生じたはずの、【全人類のバグ化を防ぐ魔法】。
……しかし、それは彼女の能力には通用しなかった……。
〔これは救済なのよ。
リエント人の全員がバグになれば、平等な世の中になる……〕
「アホぬかせ!
今しがた、あやつらの悲鳴を聞いたじゃろう!
どこがあやつらを救っていると言えるんじゃ!」
〔バグ同士は人間のように争うことも、傷つけ合うことも、憎しみ合うことも、殺し合うこともない……。
私は悲しみのない世の中を作りたいだけなのよ〕
カサンドラの非難にもルナは動じずに、自分の考え方を通し続ける。
「…………たわけめ……」
カサンドラは、セーラー服の左側の袖口に手を突っ込んだ。
「…………」
中から1枚のカードを引いて、即伏せる。
〔――私はあなた達も、人間でいることで生じる苦しみから救いたい!〕
ルナが指を掲げて合図の構え。
「きゃあああっ!?」
その時――ベルウィンの体が浮き上がり、部屋の外へと放り出された。
「神様!?」
「奴らに【触れられたら】、一巻の終わりじゃ。
ここは逃げよ……!」
ベルウィンは蹴り飛ばされたのだ。
「神様あっ!
シノちゃあああああああん…………!!」
裂帛を響かせながら天に手を伸ばすベルウィンは、なすすべなく賢者庁の2階から転落していった……。
「さて――」
すぐさま、カサンドラは今度は右の袖口をまさぐった。
出てきた小さなサイコロを、ジャラジャラと手のひらの上で弄ぶ。
〔邪魔をしないで!〕
「救済対象の選定と実行……その資格はおぬしにはなかろうに……!」
カサンドラはサイコロを床へと無造作に転がした。
〔黙りなさい!
あなた達、あの子から先に救済よ!〕
パチン……!
〔〔〔……!!!〕〕〕
雪崩か、津波かの如く一斉に押し寄せてくる、高速の大股で動くバグ軍団。
だが――
〔〔〔!?!???!?〕〕〕
バグ達は全員、カサンドラにたどり着く1m手前でその動きを止めた。
〔……えっ……!?
どうしたの、あなた達!?〕
「ほほほほ!
あれを見よ!」
勝ち誇ったカサンドラは、床の中心で静止しているサイコロを指し示す。
その面の数字は――3。
「そこそこ広い部屋で助かったわい!
わしの対象にされた者は、そのサイコロに出た目の歩数しか動くことができなくなるのじゃ!
もちろん、おぬしにも適用されておるぞ!」
〔何ですって!?〕
愕然としたルナの額に、カサンドラが先程引いたカードが投げつけられた。
〔……これは……〕
額からずり落ちたカード。
剣と秤を手にした女神が逆さまになっているイラストが描かれていた。
「――【正義の逆位置】。
独善と偏見でリエントを滅ぼそうとするおぬしには、ピッタリじゃのう!」
〔!!!!〕
どこからともなく現れた大剣が、ルナの瞳に迫っている。
〔ああああああああああああああ!!〕
ルナを宿したシノの体が、裁きの執行を行う薙によって真っ二つ。
……そこから。
逆風で真下からの両断による、無慈悲な四等分――




