4章8話 「プレゼンター」
「おねえちゃん……?」
紫色の目の中に、オレンジに輝く星型。
不思議な瞳孔を宿した少女が立っていた。
〔ルナよ〕
その姿は、瞳以外は自分が大好きなシノそのもの。
……なのに、物言いも声色も彼女とは全く異なっている。
「なんで……おねえちゃんは、どこに行っちゃったの……?」
カノンは目の前の光景を否定して、訴えた。
小さな子供の自分でも分かる。
さっきまでの彼女と、今の彼女は――完全に別の存在だと。
それは、目の前にいる彼女が違う名を名乗ったからではない。
彼女を目にした瞬間、自身の身体が拒否反応を起こしたからだ。
涙もこぼれて止まらない。
けれど、遅れて急速に高まってくる恐怖心によって、体を動かすことができない。
〔羨ましいわね、家族というものは〕
ルナが、悲しげな声を出した。
〔私の家族は……もういないの……。
だから……私も家族を作ることにしたわ〕
「!?」
ルナはそう言って、手を伸ばしてきた。
「「カノン!!」」
瞬間、カノンは後ろに突き飛ばされた。
「………っ!」
立派な大理石の玄関に、背中がぶつかった。
カノンは痛みを堪えてすぐに頭を上げる。
「パパ!!
ママ!!」
カノンのその目に映ったのは、
〔〔…………〕〕
テレビや教材で何度も見たことがある、忌まわしき2つの存在……。
「そ、そんな……!
パパ……!
ママ……!」
〔〔…………〕〕
振り返った父と母は、こちらを見下ろした。
真っ黒に塗り潰された体に緋色の瞳。
無感情で静止する立ち姿。
…………かつての父と母の面影は全くなかった……。
「あ、ああ……あああっ!」
〔その悲しみ……すぐに失くなるから安心して〕
平然と語るルナが、後退りするカノンへと近づいてくる。
「か、かえして!
パパとママをかえして!」
カノンは怯えながらも、恨みと憎悪を込めた瞳で睨みつけた。
〔大丈夫よ……。
今からあなたも、パパとママと同じ姿になるの……。
みんなが同じになる……。
みんなが平等で一つの家族になるのよ……〕
「!!」
カノンには、彼女の言っている意味がまるで分からない。
〔私は、人類全てを【バグ】にして管理する……〕
けれども、これだけは分かる。
〔バグという大家族になった全人類は、全ての欲望や悲しみから解放された完全な状態に進化するの……。
みんなが精神の呪縛から解かれて、無の境地の心が永続された安らぎの世界になるのよ〕
シノはこんなことを絶対に言わない。
「パパとママをもどして!
そしておねえちゃんからでていって、悪魔!
早く、今すぐ!」
〔!!〕
今度は、ルナが頭を抱えて後退りを始めた。
〔……なんですって……。
悪魔……この、私が……〕
カノンの憎しみがこもった要求と罵倒に、激しく狼狽えた様子。
「早くみんなをもどしてって、言ってるでしょ!!」
カノンは大粒の涙を垂らして、絶叫しながらルナへと迫る。
〔……違うッ!!〕
伸びる硬い手刀が、カノンの顔面を引っ叩いた。
「…………ゥァッ……!!」
玄関に崩れ落ちたカノンの体が、間髪を入れずに空中へと浮き上がる。
〔私は、人類を救う――救世主なのよ!〕
* * *
〔…………〕
一息つく間もなかった。
ルナは外に停めてあった、小さな四輪タイヤがくっ付いた木製の小舟――【ソリ】へと乗り込んだ。
〔ふう〜ん、これ全部を届ける予定だったんだ……〕
座席の傍らには、ギチギチに中身が詰まった白い袋が何個も積まれていた。
〔クリスマス……。
絶好のプレゼント日和だわ……〕
スペース的に、4人まではソリに乗り込めそうである。しかし、沢山の袋の重量が加わっているため、3人が限界だろうとルナは判断した。
〔!〕
パチン……!
〔〔〔…………〕〕〕
指を鳴らしたルナの元に、3体のコモンタイプのバグが歩み寄ってきた。
その内の1体だけは、異様に小さな体型をしている。
まるで、幼い子供のように……。
〔………………〕
ルナは脳内に思考を移す。
ブレインマップ。
第三の目の感覚に、ハウモニシティ全域が広がった。
マップ上に表示されている住宅街の地点には、赤丸でチェックされた箇所が10。
〔……なるほどね……〕
赤丸の箇所を把握したルナは、座席下部の引き出しから取り出した白紙に、その地名や住所を書き込んでいく。
〔不本意だけど……あなた達に指示を出すわ。
ここに示した各家庭に向かって。
そこにいる人々に……【クリスマスプレゼント】を与えなさい〕
ルナはバグの1体に自分が書いた紙を差し出した。
〔本当はあなた達をこうやって使役したくはない……。
でも目的を果たした後は、あなた達は自由で平和な暮らしを一生送ることができる……。
……あくまで世の中のための一時的な労働と犠牲……。
だから頑張ってね〕
バグ一体一体を撫でながら、操縦用のハンドルへと手を掛ける。
〔〔〔!!!〕〕〕
コモンタイプ3体はそれを合図に、一斉に同じ方角へと駆け出していく……。
〔今日でこの世界――リエントを……終わらせる!
私は……不憫で不条理なリエントに、解放と救済を届ける――【プレゼンター】よ!〕
ルナは決意を独白し、足元のペダルを全力で踏みこんだ。
ギュルルルルル…………!!
エンジンがかかったソリが、アクセル全開で動き出す。
やがて、音楽や聖歌が混じり合う神聖な夜空と一体化。
〔……ふふふ……〕
ソリは急加速でグングンと空を泳いでいく。
向かう先は一体……。
* * *
「あ〜あ……」
台所に立つエプロン姿の少女――ベルウィン。
彼女はため息を吐きながら、思いにふけっていた。
いつもの今宵は、皆が大忙し。
それでも、晩御飯は3人が揃ってから食べるというルールで毎年徹底されていた。
……だが、今年は初めてそのルールが破られることとなった。
家族の1人であるクノが出て行ったからである。
「クノくん……。
賢者じゃなくなったって、せめてご飯だけでも食べに来てくれたらよかったのに……。
……ずっと、一緒に暮らしてきた家族じゃない……」
賢者を脱走し、更にはアンノウンへと変貌。
多くの同胞や守人の里の住民達に多大な迷惑をかけたクノは、その責任を取らされる形で賢者を辞任させられた。
その後、クノは賢者長官からの誘いに乗る形であっさりと出て行くことになった。
本来ならばクノに着いて行きたかった。
アンノウン化したクノに呼びかけた時に、【自分もとなりにいたい】と伝えてもいた。
なのにそれをしなかったのには、クノがそれを拒んでいるように見えたから。
そのクノを信じることにしたから。
クノの詳しい動機は聞いていないが、その時の彼は思い詰めた様子だった。
だから、何か考えがあって長官の誘いに乗るに至ったということは、彼が語らなくても分かっている。
家族だとしても、言えないことはある。
家族だからこそ、言えないこともある。
きっと、クノはそういう繊細で大事な類いを抱えていたからこそ、出て行ったのだろうと思っている。
正確には、思うようにしている。
そして、その抱えていたものが解消されたのならば、彼は戻ってくると信じてもいた。
「…………ダメだなぁ、私は。
もっと、信じてあげなくちゃ……。
それこそ、家族なんだから……」
戻ってこないのではなく、今はまだ戻れない。
そうだ。
そうなんだ。
「クノくんも、シノちゃんも……私を見捨てたりなんてしない……」
「……!?!?」
その言葉は、自分の声から発したものではなかった。
方角はすぐ近く――リビングの方から……。
「2人とも、私を置いて行ったりなんてしない……」
また声がする。
女の声だ……。
「誰っ!?」
ベルウィンは慌てて台所を飛び出して、リビングへと駆け込んだ。
「次は……2人とも私より先に死んだりなんてしない……か……?
必死なものじゃのう……その家族愛は」
「!!」
どこかで聞いた声と喋り方。
それでも、全く覚えのない容姿の少女がいた。
日の光をふんだんに浴びたかのように眩しくて鮮やかな、黄緑の三つ編みと金色の瞳。
明るい褐色の肌。
セーラー服を着ているし、大人と子供の境目のような顔立ちからも、年齢は高校生くらいだろう。
「不法侵入ですまんなあ。
しかしの、わしだって不本意でここにおる。
あずましくないかもしれんが、許せ」
弁明している割には、少女は無遠慮で食卓テーブルに着いてくつろいでいた。
彼女の左手には、ミープからお裾分けしてもらった巨鳥のローストチキンが握られていた。
右手にはフォーク。
同じ鳥の卵を使用して作った、生クリームたっぷりのチョコレートケーキにぶっ刺している。
「美味い……!」
「……え、そう!?
この日のために、ミープちゃんにご指導してもらって作ったんだ!
美味しいって言ってもらえて嬉し……って、何勝手に食べてんだ!
泥棒!」
「――じゃが、ソウルケーキがないのは残念じゃのう」
意に介さない様子の少女が、チキンを頬張りながらニヤついた。
「……!」
ソウルケーキ……。
…………やはり、彼女とは一度会っている。
「あなたは一体……何なんですか!?
ハロウィンの日にダクスで会った、ローブの……占い師の方……ですよね!?
どうしてここが、……どうしてここに!?」
「おぉ、よく覚えていたのう。
そうじゃ、あの時のわしじゃよ」
少女は拍手をして褒めたたえてきた……が、全然要領を得ないし、嬉しくない。
「わしの名は……『カサンドラ』。
【最悪の災厄を占い、その警告と対処時のみ顕現する神】じゃ。
アイン・ソフとは違ってその存在を公にはしとらんので、わしを知る者は皆無じゃがの」
「か、神様……!?
……なんで、急に……っ。
な、何の用向きで……?」
少女の正体を聞いた途端に、ベルウィンはあたふたと弱気になった。
「――おや?」
そんなベルウィンを余所に。
カサンドラはリビングの外――玄関の方へ視線を向けた。
「……今日は警告のみで終わらんか……。
そうかそうか、遂に来てしまったかえ……」
カサンドラは【よっこらせっ……】と、億劫そうに立ち上がり。
「お出ましじゃ、招かれざる客の」




