4章7話 「リベレーション」
ここからが、この章の本題です。
そして、最終章の幕開けとなっています。
後書きは、本文のネタバレに思いっきり言及しているので、本文を読むまで見ないように願います。
そこは、個室というには広過ぎるスタジアムのような間。
「ふふふ……」
D機関研究棟地下――シンダーの個室。
中央には巨大なブルーの甲冑がどっしりと佇んでいる。
それ以外は机にベッドなどといった、最低限の生活家具しかない寂しい部屋だった。
《古代兵器ヒュドールの起動テスト……ありがとうございました。
その機体の性能もポテンシャルも、充分に堪能させていただきました。
……ですが、我が機関の鉄鋼蟹に劣勢に追い込まれたのも事実……。
搭乗者の強い精神さえあれば覚醒できるとはいえ、覚醒に求められる精神レベルは極めて高い……。
何者をも恐れない完全に吹っ切れた、前向きとも後ろ向きとも取れない中立の精神を必要とする……。
また、燃費の悪さも気になります。
燃料が水のみとはいえ、僅かな運動で目を疑う消費量……。
一般の兵士が乗りこなすには高過ぎるであろう機動性と慣性力による、一挙動での圧倒的な運動量との相性も悪い。
かかるGも相当……たとえ手練れであろうと、耐えられる人間の方が少ないでしょう。
人間と同じ空間で行動可能な小型機ではありますが、その機動性のせいで小回りにも難を生じることでしょう。
総じて、人を激しく選ぶ繊細でピーキーな機体。
実戦に出すにはまだまだ不十分であると言わざるを得ないかと》
《……仰る通りでありますね……。
これでは、道楽の域で終わってしまいますね……》
《どうです?
ここは一度、その機体を我々にお借りさせていただけないでしょうか?
今挙げた欠点の多くは、完全とは言えませんがこちらで解決させられるはずですよ》
《…………お願いします!
アタシも、もっと改善されたこの機体でテストパイロットやってみたいし!》
…………と、シンダーはプロ視点の観察眼でヒュドールをこき下ろした。
そうしてアドクスとバリーを言い含めて、ルドメイシティからこの機体を機関へと持ち帰ってきたのであった。
「ようやく発掘されたこの機体……。
これさえあれば……」
ヒュドールのコックピットカプセルに全身を浸からせたシンダーは、全ての感覚気管に神経を向けた。
「…………くんくんくん…………。
あああ〜〜〜、すぅぅぅ〜〜、はぁぁぁ〜〜、
はぁ、はぁ、……うひぃぃ〜〜!
うふんっ、いひっ、」
機体の匂いを丹念に嗅ぎ。
長い舌でレロレロ舐め回し。
尖った顎を擦り付け、熱いキスまで交わす。
※数時間前には、この機体にバリーが乗っていた。
「アイ・ラブ・ユー〜〜、マイ・ヒュド――」
「何してるんです?」
「ファァ↑↑↑!?!?」
上からの声に、物凄く甲高い裏声を発したシンダーは開眼。狂気と変態が混ざった剽軽が過ぎる血相で起き上がった。
「流石、あの代表の秘書を務めていただけのことはありますね……。
なかなかの趣味をお持ちで」
コウモリのように逆さまの視線が、肌を刺激する光線となってシンダーの全身に浴びせられた。
伸ばしまくった細長い尻尾を生やして、天井の電球に器用にぶら下がる少年が、冷ややかな目でこちらを見つめていた。
「…………代表はあなたでしょう、クノさん?
しかし、こっそり忍び込むとはあなたも人が悪い……。
人のことを言えないでしょうに」
普段の飄々に一瞬で切り替えたシンダーは、額の真ん中に人差し指を当てて、冷静沈着の構えを取った。
「ぼくは代表を降ります、それを言いにきたんです。
目的は今日で果たしましたから。
もうバグが出ることだってない……。
機関の存在意義も大分薄れていますし」
尻尾を垂らして、クノがスルスルと降りてくる。
「……代表になったと思ったらすぐに辞めると……。
本当にコウモリのように節操がないですね……。
では――何故、隠れていたんです?」
「あなたがこの機体に、如何わしい考えを抱いていると感じたからです。
皆さんに迷惑をかける良くない企みをしてるのではないかと思って、細くした尻尾の先でピッキングして侵入し、見張ってたんですよ」
クノは、圧をかけてシンダーへと詰め寄った。
「マインを発動させておいて正解でした。
あなたは――」
クノの真理把握が言っていた。
まさか、この男がこんなことを考えていたとは流石に思わなかった。
「――そのヒュドールを私的に使って、どこか遠い所……この星から出ようとしていますね?」
「!!」
シンダーは、またもたじろいだ。
「……正解ですよ」
……しかし、彼は即座に潔く認めた。
そして――
「僕は帰らなければならない……。
こんな、【偽りの世界】ではなく」
「…………!?」
シンダーは、真理把握でも掴めなかったもう一つの真実を告げてきた。
「この世界――【リエント】は、【フォンテ】という世界の裏側。
フォンテで死亡した人間の魂が、次元を超えて流された果ての――【魂のゴミ捨て場】に過ぎない」
「…………!!」
それは――この星の根幹に踏み込んだ、これまでの常識を覆す新事実だった……。
「リエント人は、【フォンテの死者の魂が転生した人々】。
すなわち、このリエントで生きている人間は全員、
一度表の世界であるフォンテで死亡した存在……なのですよ」
* * *
今宵のハウモニシティ。
地上の黄金の街灯。
三原色を基調とした電飾を見下ろす夜空の星々。
それらは、この日を祝うかのようにいつも以上の光を放っていた……。
――D機関でクノがシンダーと対面する数刻前の出来事。
ハウモニシティ:【17区画】のとある住宅。
ピンポーン!
リビングの壁に立てかけた時計の針が、午後7時を指したと同時になるアラーム。
「パパ、ママ!
来たよ来たよ!」
「ハイハイ、今出るから待ってね」
「ハハ、すっごく楽しみにしてたもんな」
『カノン』はおねだりするように両親の腕を掴んで、一緒に玄関まで向かった。
「はーい!」
母が玄関のドアを開けると、
「メリークリスマス……ですわっ!」
明るくも落ち着きのある、幼めの声が飛び込んできた。
その者は、リエントの創造神アイン・ソフの化身ともされていた。
クリスマス・イヴと、その翌日のクリスマスにおいて絶対的な存在――【サンタ】。
「やったあ〜、おねえちゃんだああ〜!
こんばんは!」
「まぁ、シノちゃん!
かわいいわよ、その格好!」
シノは使命を果たしにきた。
サンタの象徴とされている、赤い服と赤いナイトキャップを身に纏って。
その鼻には赤鼻のトナカイを彷彿とさせる、深紅のオーナメントボールを括り付けて。
「本当に来てくれたんだね、ありがとう!」
「うふっ、3ヶ月前からの予約でしたから!
一番始めに届けに来ましたわ!」
カノンの両親は、にこやかにシノと会釈。
「ねぇねぇ、おねえちゃん!
プレゼントは?」
カノンは待ち遠しいとばかりに、上目遣いでシノの赤服の裾をグイグイと引っ張った。
「はい、今ご用意――」
「プレゼント!」
引っ張る勢いと声量が増して、シノの表情にどんどん困惑を募らせていく。
「……あの、少々お待ちください。
その手を離してもらえないと、渡すことが――」
「早く、早くぅ、早くぅ〜!」
カノンの暴走は止まりそうになかった。
「こら、サンタさんはお利口な子じゃないと、プレゼントをくれないのよ!」
見かねた母が一括し、カノンの体をシノから離そうとする。
「え〜〜!
やだ、そんなのやだやだ!」
咎められたカノンは、一気に涙目で体を上下させる。
「ふふっ。
わたくしはカノンさんが良い子にしてくれているのなら、そんな意地悪致しませんわよ!」
カノンと目線を合わせたシノが、その涙を拭き取って笑いかけてくる。
「…………ほんと……?」
ピタリとカノンの動きが止まった。
「ええ!
ですので、少しの間、待ってていただけますよね?」
「…………うん……!」
* * *
「それでは――良い子のカノンさんに、プレゼントですわ!」
シノは足元に置いてあった、中身がパンパンに詰まった袋を開く。
その中から、プラスチック製のピンク色のスティックをカノンに差し出した。
スティックの持ち手には、左右対称の両翼を模した装飾。先端には、シンボルマークのような大きなハートのオブジェ。
「わーい、わーい!
【プリティブリス】の【セイヴ・ウィッチャー】だあ〜!
ありがとう、おねえちゃん!」
スマイル全開に輝くカノンは、ピョンピョンと玄関内を飛び回り、喜びを全身全霊全力で表現している。
「よかったな、カノン!」
「ありがとうございます!
私達も、この子の笑顔が見られて幸せです!」
父と母は、カノンの頭をナデナデしながら寄り添っている。
(……家族の愛……絆……。
たとえそれが他人同士でも、見ていて気持ちがいいわね……眼福!)
シノはその微笑ましい光景に頬を赤く染めた。
(わたくしと兄さんも、姉さんも……それから、お母様も……。
ずっと皆んなで一緒に、あんな風に……いられたら……)
ピシャン……!!
「!?!!!?」
その時――シノの頭に、落雷のような轟音が差し込まれた。
(な、なに……!?)
自分の両の眼球が割れて。
(うっ…………!!)
心が大波のような勢いに流されていく……。
(あ、ああ……!!)
これは――
…………………………。
目覚めたばかりのような、この感覚は――
(そっか、解放されたのね……)
――天啓。
空洞になった目元に、新たな2つの瞳が装填された。
(眠っていた、【本当の私】が――)
立ち上がって、仲睦まじい一家に視線を向ける。
「シノちゃん……?」
「どうしたの、その目!?」
こちらの変貌に気がついたカノンの両親が、偽りのない表情で見てきた。
〔違うわ〕
達観とした口調で否定しながら、おもむろに首を振って答える。
〔私の名は――『ルナ』。
あなた達に分かる言い方をするのなら――〕
瓜二つの彼女は、鼻に付けたオーナメントボールを取り外して――
〔私は新種バグ――アンノウンよ。
原初にして唯一のね〕
茶番は終わりだとばかりに、冷酷に言い放った。
読んでいただきありがとうございました!!
ここからは、もう最終決戦です。
つまり、突然発生したこのルナがラスボスです。
シノの裏人格のような形で現れた彼女は、3章でクノがアンノウン化した時とは事情が違います。
とりあえず、シノとは完全に別人。辰砂の意思も無関係とだけは言っておきます。
彼女が何者なのか。そして、前半のクノサイドの話でシンダーが語った内容。
これらは後々に判明していきます。
この先も読んでいただければ嬉しいです。
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