4章6.5話 「母と娘の気持ち」
(兄さん…………)
目的地まで自動操縦のヘリの中で。
シノは再び別れることになったクノに思いを馳せていた。
(もっと、一緒に居たかったな……。
兄さんに会えるって聞いたから……今年のクリスマスも、毎年のように姉さんと3人で過ごせると思ったのに……)
最近の兄は、独断で一人先に進んでいってしまっている。
それを受け止めることはできたとしても、やはり寂しさを感じずにはいられない……。
(兄さんはわたくしが側にいなくても、自分で思った通りに行動してやり遂げてしまう……。
離れていると念話もあまりくれないし……。
もしかして……妹離れが始まった……?
わたくしもひょっとして、兄離れを迫られて……?
…………ううん、まだまだ早いわ……そんなこと!)
あれこれ考えていないと、息が詰まってしまう……。
とはいえ、上記の思考回路は何往復目だろう……。
何度考えても堂々巡り。出発点から中間地点、到達地点まで、全く同じ思考を延々と繰り返していた。
気を紛らわすように、となりを一瞥。
飄々と座っている人物は、窓枠に頬杖をついて外を眺めている。
(……………………よしっ、)
シノは緊張しながらも、思い切って口を開いた。
「あ、あの……」
「どうした?」
素っ気ない。普段もこうなのだが、今ではあえて自分にそう振る舞っているように感じられた。
「わたくしも……兄さんと同じ。
何と言っていいのか…………言葉だけでなく、感情すらもまとまりませんわ……」
「2人に任せる、真実を知ってどうするか、どう感じるかは」
ハンディーは振り向きもしない。
「今までと同じ付き合い方しかできない、私の方は。
そうしてくれて構わない、お前達も」
けれども。その裏には――
「――ですが、これだけは言えます……!
…………あなたは、わたくしと兄さんのお母様だということが……!」
「さっき分かったことだろう、そんなことはお前達も。
事実なんだ、それが」
「いいえ、そういう話ではなく」
「?」
ハンディーがやっとこちらを見てきた。
「あなたは……わたくしと兄さんに時々、厳しい言葉をかけてくることがありました……。
それはわたくし達の助けになっていました……。
特に、わたくしはリミース島での海底洞窟の戦いで……」
「当然だ、上官として」
彼女はいつもよりも冷淡な声色で、表情一つ変えずに言い放つ。
だが、シノには彼女の本心が分かっている。
シノは彼女の手袋に視線を向け――
「先日、クリアさんから聞きました。
10月30日――兄さんがアンノウンになった日。
あの時、あなたはアンノウンになった兄さんを助けるために、自らの指の1本を簡単に投げ捨てた……!」
あの日から、彼女はずっと手袋でそれを隠している。
「でも。
先程の遺跡で、あなたが自分の天啓で被った代償の話をした時――あなたは指を失ったことは言わなかった……!
兄さんに責任を感じさせないように!」
「勘違いだ、そ――」
「――わたくしの言葉は、まだ終わっていません!」
最後まで言い切るまで、彼女に口を開かせる間を与えない。
「兄さんを賢者から外したのも!
本心では懲罰だけではなく、これ以上の危険から遠ざけようとした側面もあったのではないのですか!?
だけど兄さんは機関を忌避している……だからあくまで調査のためだけに行かせるように促した!
あなたは――お母様として遠くからずっと、わたくしと兄さんを支えてくれていた……!
違いますか!?」
「…………」
ハンディーは沈黙して、瞑目した。
…………………………。
言霊が途絶え、緊張が走る。
周囲の空間は、風とぶつかるプロペラの奏のみが響いている……。
やがて、
「……厄介だな、真理把握とやらは。
読んだか、私の心の内を」
観念に、ピリついた見えない糸が切れた。
口数の少ない彼女の言葉の意味は――シノの問いへの肯定。
「うふふっ、今のわたくしはマインを発動してませんよ!
ですから、真理把握は関係ありませんわ!」
「…………では、何故……?」
無邪気に微笑むシノの顔を、ハンディーが食い入るような瞳で見つめてくる。
「…………女の勘…………ですわっ!」
「…………」
シノがVサインで勝ち誇る。
……が、ハンディーが呆気に取られると、すぐに【冗談!】と、手をブンブンと振ってから――
「遺跡であなたがお母様と知ってから、わたくしはこれまでのあなたの言動と行動を振り返りました。
そして――全てが繋がったんです。
あなたが紛れもなく、わたくしと兄さんのお母様だと!
だから……あなたの本質は優しい母親なのだと気づきました!」
「……分からない、私が優しいのかは。
ただ、したかった、少しだけでも。
するべきだと思ったんだ、お前達に導きと助けを。
【母】なのだからと、たとえ自覚はなくとも。
それでも分からなくて不安だった、その行いが正しいのか……」
本心を吐露したハンディーは、瞳を濁りで曇らせて俯いた。その顔も、その仕草も、シノが初めて見た彼女の弱々しい姿だった。
「ありがとうございました、今まで!
これからも!
長官として、【お母様】としてよろしくお願いしますね!」
シノは彼女の冷たい手を、5本の指が揃っていない手を、強引に温もりで包み込んだ。
「…………シノ…………お前は…………。
本当にいいのか、こんなダメな私で…………。
過去も未来も髪も捨て、自分が何者なのかも分からなくなる程、落ちぶれた私を……」
ハンディーはシノから手を離そうと狼狽えている。
シノの行為と好意に戸惑って拒絶しているように見えた。
「もちろん!
わたくしは問題ありませんわ!
兄さんはまだわだかまりがあると思うけど…………きっと大丈夫!
すぐに兄さんだって……!」
それでも。
全てを完全に受け入れると前を向いたシノは、折れなかった。
「…………っ、っく、…………」
それは、多くを失ったハンディーにとって最大の肯定――【娘】からのプレゼントだった……。




