4章2話 「起動テスト」
白銀の点景の中心。
伸びやかな蒼のグラデーションを描くコントレイル。
それは――ルドメイシティ近隣の遺跡から発掘された、機動甲冑ヒュドールの軌跡。
鋭く強靭、それでいて優雅で清廉な飛行機雲が、雪空に創傷の断面を疾らせた。
瞬間、断面に空けられた穴から、ピュルピュルと雫が漏れ出していく。
「おおっ!」
暖かな雨が生まれた。
地上の祭壇で上空を観測していた役人の1人が、ヒュドールの速さと頬を濡らすにわか雨に感嘆する。
「なんと……美しい……」
続いて。純一無雑な艶めく精製水が、花火の如く円環に飛び散って噴射された。
【水】の意味を持つヒュドールの動力源は、その名の通り【水】。
形状は3mの軽量人型甲冑。その臀部と脚部に設置された三基のバーニアから、大量の純粋なる純水を噴き出して推力を得る仕組み。
《まだまだ、こんなもんじゃないよ!》
祭壇上空――高度50mを飛行中のヒュドールは、加速して更に天へと上昇した。比例して、地に落ちる温もりの雨の量も増加。
やがて、ヒュドールはどんどん調子に乗って。
如意自在な軌道でハートや五芒星、花マル模様を描きながら、機体の視認ができない程高く、遠くまで飛んでいく……。
雪が降りしきっていた曇り空が、鮮やかな光の水で満たされた。
一面を狐の嫁入りに変えたヒュドールの軌道は、サーカスなどの見せ物を凌駕する神の御業だった。
「げ、芸術だ……!」
「おい、ちゃんと速度観測をしているよな!?」
大柄な役人が、若い役人の肩を乱暴に掴む。若い方が、ヒュドールに取り付けた計測器をモニターしているのだ。
「は、はい……。
ヒュドールの現在の最高速度――マッハ……7……!」
「それでは……リエントの全戦闘機以上ではないか!
で、Gは!?」
「重力加速度は……じゅ、16G……!」
「寝ぼけているのか!
賢者でもない彼女が、それだけのGに耐えられるものか!」
「ですが、これには!」
若い役人は恐る恐る答えながらも、観測結果の数値を前に突き出して、嘘をついていないと全力で主張した。
「馬鹿な……」
「いくらリエントの科学技術が加わっているとはいえ、元は遺跡に眠っていた古代兵器……。
スペックが異次元の領域でも不思議ではない……」
半信半疑の役人達はモニターを見て、ヒュドールの潜在力に戦々恐々。秒で畏怖の念を抱く。
「クノさん、どうですかな……?
このヒュドールの圧倒的な機動性!
そして、その埒外デタラメなGに耐えるバリーさん!
バリーさんの天性の小柄な体格は、元々Gに耐えやすいのですよ!
ヒュドールとバリーさん、ともにバグ戦に大きく役立てる可能性を秘めています!
しかし、バリーさんは賢者でも兵士でもありませんし、私としても実戦には出てもらいたくない……。
ですので、彼女にはしばらくの間ヒュドールのテストパイロットを務めていただき、ゆくゆくはそちらに改良したヒュドールの提供をさせていただきたいと、切に!」
早口で得意げに宣伝するアドクス。
「代表はこのような分野は疎いようなので。
ここは僭越ながら、私が対応致します」
それに対して、勝手に秘書のシンダーが前に出てきた。
「アドクス市長……。
このような素晴らしい作品に、こちらが支給した物資を使っていただいたとは!
誠に光栄です!」
「そうですか!
それはよか――」
「ですから――」
喜びを露わにするアドクスに、シンダーが食い気味で続けた。
「――その力をもっと拝見したい……!
せっかくの機会……。
今から我が機関の戦闘兵器と相手をして、更なるテストをなさってみてはどうでしょう?
機動性に秀でたヒュドールが、実戦兵器としてどの程度のモノであるのか……この場ではっきりするでしょう」
「……成る程!
是非お願いしますよ!」
(……何か企んでいる……?)
代表にも関わらず空気になっているクノだったが、シンダーの口角が数ミリ上にズレたのは、横目で見逃さなかった……。
* * *
「「ギンシャアアーー!」」
鋼鉄の集団が謎の雄叫びを上げて、10本足でワラワラと地を這っている。
ここまでクノとシンダーを運んできたD機関の輸送機。その中に詰め込まれていた【鉄鋼蟹】である。
通常はルービックキューブサイズ。形状も同等に立方体。
だが、上面中心のスイッチを押すと。
たちまちに、自律機動する大型トラック並みの鉄の蟹に変化し、標的に牙を剥く。
「シャアッ!」
鉄鋼蟹はハサミの部分から、茶色のオイルのような液体――蟹味噌ストームを噴射した。
《当たるか!》
20機が一斉に放ったストームの射程は、高度100mにも届いた。
……が、技の速度はヒュドールの機動性には遠く及ばず、難なく回避された。
《うえっ!?》
しかし。
ヒュドールがストームの有効範囲から逃れたのも束の間――ストームが扇状に弾けて、辺りの戦場を茶に染めた。
《…………あれ……!?
ウソ、コントロールが利かない……っ!?》
弾けたストームも命中には至らなかった。
にも関わらず、ヒュドールは制御を失って、ヨタヨタ、ヘロヘロ、ヘナヘナと無慈悲に墜落を始めてしまった……。
「どうなっているのです!?
ヒュドールのエネルギーが切れたのですか!?」
アドクスはモニター役人に詰め寄った。
「いえ……!
機体に備えられた純水は、未だ健在であります……!」
「ヒュドール……」
シンダーがここぞとばかりに解説に入る。
「あれだけの機動性を持つ兵器を、一般人のバリーさんが簡単に扱えるとは思えません。
思うに、あの機体の特性は――パイロットの生命たるオドを敏感に感知し、パイロットの思考に合わせた動作をコンマ1秒のズレもなく行える……。
故に、操縦はオドの力だけに頼った一辺倒のもの……。
手動での操作を行う必要性はないのでしょう」
「うっ……」
ヒュドールのタネを、少し見ただけで言い当てられたアドクスはたじろいだ。
シンダーは気取ったような手振りで歩きながら続けた。
「考えただけで動かせるとは、実に超次元……!
遺跡に眠っていた古代の兵器だけはあります。
ですが、この鉄鋼蟹はリエント北部を守護してきた、対バグ特化仕様。
バグは人のオドを感知する能力がある。
鉄鋼蟹の攻撃は、そのオド感知センサーを完全に無効化するのです。
今、ヒュドールの術は破られました……どうします?」
シンダーの足がクノの前で止まった。
彼は腰を落として、こもった声でクノに囁いた。
(けれど、この技……。
アンノウンになったあなたには効きませんでしたけどね……!)
(は!?
(記憶にない))
【バラすと恥をかくから、絶対に言うなよ】の意。
(バラすバラさないはどうでもいいけど……。
D機関の兵器……確かに北部を守護してきたのは伊達ではないんだ……)
クノは関心を鉄鋼蟹から、失墜していくヒュドールに向ける。
(バリーさんは機体の装甲に守られているから大丈夫なはず……。
…………それにしても、あの機体……。
どこかで…………)
* * *
「バリーさん!
体勢を立て直してください!」
アドクスが叫ぶ。
「ああ……落ちる……!」
「もうダメだああ〜〜!」
役人達もあたふたしたり、両手で目を覆ったり。
《動いて、動いて!》
プスプスと落下中のヒュドールは、もはや地上の雪原に激突寸前。
(何やっても動かせない……!
所詮はアタシじゃ、こんなモンってこと……!?)
《やめましょう……そう自分を否定し過ぎるのは。
ぼくはあなたのことを、いい人だと思っていますから》
(!!)
バリーの心に、あの日の言葉が蘇る。
人が2人分入る程度のコックピットのカメラ越し。
バリーはクノの姿を捉えた。
《……あの子……!》
クノは狼狽えるアドクスや役人達と違い、非常に冷静な瞳でこちらを見つめていた。
(戦場ではいい人悪い人なんて、勝敗に関係ない……。
でも、何故か思い出しちゃった……。
だから――)
バリーは感情の指向性を遮断した……。
ポジティブもネガティブも必要ない。
《応えてあげる!!》
どんな感情に陥っていようと、自分の全力を見せつける。
それだけ。
* * *
パアアアアアアアッッッ……!!
「「「!?!?」」」
その場にいる誰もが驚愕した。
ヒュドールの赤い二本角が、一本角に合体。
同時に、機体全体がマゼンタに変色。
《アタシは……アタシを舐めるな!!》
吹き返したヒュドール。
墜落目前から刹那のターンで立て直し、地上すれすれを前傾姿勢で飛行。
「「ギンシャアッ!!」」
再び、蟹味噌ストームがヒュドールに襲いかかる。
《二度目はないよ!》
マゼンタの装甲に衝撃。
途端に。接触したストームが直角に湾曲して、上空へとそらされていく……。
「あれは……バリア……。
覚醒した熱で変色したんだ……」
クノが分析している間にも、
《えい!
えいっ!
えいっっ!》
ヒュドールの全身からあふれ出す、マゼンタの放水。
「「!!」」
動力部を撃ち抜かれていく鉄鋼蟹達は、テンポよく機能を停止していった……。
* * *
《どぉ?
アタシ、強いでしょぉ?》
バリーは、ヒュドールの人差し指を天へと突き上げ、生き生きと吠えた。
「あのような機能が隠されていたとは……知らなかった……」
「流石、古代兵器……。
良いものを拝見させていただきました……」
瞬く間のヒュドールの逆転劇。
呆然のアドクスとシンダーは、それぞれストレートな感想を述べた。
「…………あの――」
クノも口を開こうとしたその時――
ブロロロロロロ……!
タイミングを合わせたかのように、上空からプロペラの旋回音が割って入った……。
(あれは――賢者のヘリ!
あの人が来たのか……!?)




