1章8話 「出会い」
「天啓!」
受信されたアカシックレコードから、クノは五大元素の法則による天啓を選択した。
五大元素の法則の天啓は、【火】【風】【水】【土】【空】の属性から構成される。
※技名はカタカナ表記。
「トゥール!」 【五大:風】
身に混入したマナの力で、体の外側に風のベールが発生。
そのベールは、風が作ったもう1人のクノとなった。
風のクノは、本体から分離。
バグの軍団を蹴散らしながら周囲を爆走。
〔〔!?!?〕〕
突風で吹き飛ばされたバグ達は、1本の大木にまとまって折り重なり、捨てられたガラクタの如く打ち付けられた。
「……はああっ!」
天啓の終了と同時に、生存本能が活性化した本体のクノが現着。
右腕にエネルギーを移し、全体重を乗せて気を溜め。
踏み込んだ足の着地よりも先に到達し、無駄な動作を撤廃して放たれる縦の前拳――ストレートリード。
受ける衝撃の抵抗を最小限に、リーチを最大限にした強烈な打撃。
〔〔〔!!!〕〕〕
格闘で世界一を狙える圧倒的なパワー。
木に重なるハードタイプのオーブは、瓦割りのようにほぼ同時に粉砕されていく……。
衝撃で枝葉や樹頭に積もっていた雪の山が落下し、飛び散る水滴がクノに流れた汗を流した。
クノが両腕に装着する金のグローブは、攻防に優れた圧倒的な硬度。
コレをはめて格闘系の天啓を本気で放てば、岩をも簡単に砕く起こす威力があるとか。
「天啓!」
続いては、シノのターン。
彼女の発動した天啓は、五行の法則。
五行の法則による天啓は、【木】【火】【土】【金】【水】の属性から成り立つ。
※技名は漢字表記。
ちなみに、五行・五大元素どちらの法則にも【火】【水】【土】の属性が存在するが、五行と五大元素で別種属性として扱われる。
「木殺!」 【五行:木】
高まったオドの力により、シノの筋肉が増量。
「はい、はい、はい、はい、はい…………!!」
オーブを正中線とし、ガードと回避を織り交ぜながら、成長を続ける植物のように伸び続ける上段蹴りの乱舞。
〔〔〔…………!!!〕〕〕
苛烈で無軌道な連撃に、バグの群れはあっという間に蹴散らされ……。
〔!〕
天啓の効果が切れた。
残りは1体。距離は遥か後方――射程外。
「……ト・ド――」
膝を抜いてダッシュ。
超速で間合いを詰めたシノは、一瞬の踊るようなステップ――ジンガで揺れ動きながら助走をつけ……。
「メッ!」
正確無比の後ろ回し蹴り――アルマーダで、
〔……!!〕
リズミカルに、エレガントに撃退。
賢者が履く靴は、革製の黒いスパイクシューズが基本。
動きやすく通気性がよく、悪路でも滑りにくい。
それでいて硬く丈夫に作られており、足の負担も完全に吸収されるため、長時間の使用でも問題ない。
足技とスピードに優れるシノが履くことによって、その頑丈な性能を遺憾無く引き出して、強力な鈍器へと昇華させているのである。
耐久力に特化したハードタイプだろうと、バグとの戦い方と、天啓の使い方を学んだ2人の敵ではなかった。
「よし、これで全――」
「きゃあああぁぁぁぁぁぁ!!」
「!?」
終わったと思ったのも束の間。
〔……〕
1体だけ逃げ延びていた。
その位置は、民間人の子供2人――アルシンとファムの目と鼻の先。
チェーンソーに変形させた手刀を、今まさに振り下ろそうとしている。
(ぼくの足では無理!
シノでも間に合いそうにない!
あの人達にも【家族】がいるのなら、やるしかない……!)
1秒未満の即断即決。
「兄さん、ダメ!!」
遠くからの声も空しく……。
「天啓……!」
* * *
ブウェイブから教わった天啓の大事な話。
天啓には賢者ごとに使用回数が決められている。
バグを簡単に倒せる天啓だが、それによって生じる反動はそう何度も抑えられるものではない。
故に、賢者全体でみると、1~2回しか使用できない者が多いのである。
ブウェイブの見立てで、クノとシノは2回までの発動が限度とされていた。
2回目までは用法を守れば無反動だが、3回目以降は反動を抑えたとしても、身の安全を確実に保証することはできない。
1回目は先程ファムを助ける時に既に使い、2回目はたった今……。
「ペリオッド!」 【五大:空】
遺伝子の鼓動。
五大元素の中で最上の威力を持つ、空属性の技。
クノはおろか、バグすらも、既にそこにいなかった……。
それは、移動から攻撃――発動から終了までの一連の流れを、時間差なく一瞬で行う天啓。
「ぐおお……ああああああああああ!!」
アルシンとファムの前に姿を現したクノは、狂ったような叫びと吐血の滝を流した。
(なんとか……守れた……?)
天啓のルールを無視したクノは事切れ、力なく倒れていく……。
* * *
「兄さん!!」
接地する寸前。
クノはシノに抱えられた。
「……だ……い、丈夫……ですよ……。
短吸長吐を繰り返して……最大限にオドを体外に送り込み……きちんと受け身を取りましたので…………」
「だからってあんな無茶を……!」
息絶え絶えで途切れ途切れに答えるクノの頬には、シノが降らせる儚い雨がポツポツと滴り落ちる。
「あの……申し訳ありません!」
声のした方角に首を向けると。
すぐ横に、こちらを心配そうな眼差しで見つめるファムと、口をわなわなと震わせているアルシンが立っていた。
「わたし達を助けるために怪我をしたんですよね!?
悪いのはわたし達です、申し訳ありません!
どうか、わたし達の家で休んでいただければ……!
体に良いスープもありますし、助けてもらったお礼もしたいですし。
ほら、アルシンも!
こうなったのも、あなたがバグを倒すって、飛び出したせいよ!」
ファムは幼い外見とは不相応に、しっかりと喋った。
アルシンもそうだが、年齢はこちら側と同じくらいのようだが……
「…………ああ、怪我人はおれが運ぶ……」
アルシンは不貞腐れているような素っ気ない態度ながらも、クノを左手一本で抱き抱えて、踵を返した。
「…………え……?
片……ええ!?」
クノは驚愕し、目を見張る。
民間人の子供に過ぎないはずのアルシンが、片手で軽々と自分を持ち上げている。更には…その左腕……。
「あ、ごめんなさい。
わたしもこういうのですけど、特に何も危険はないので気にしないでください」
その目の意味に気づいたファムも、自身の純白の右腕をひらひらと掲げた。
「真っ白…………真っ赤…………。
え、ええ、えええ!?
ど、どどど、どういうことの、あれのなにがどうしまして、そんなことに!?」
シノも彼らの異質さにポカーンと呆け、遅れて両者の腕を交互に何度も見比べている。
クノの類を見ない程の狼狽えようだ。
「生まれつきだよ」
アルシンは、なんてことのないようにつらっと告げた。
「何年か前――おれ達は村から出た先の森で捨てられてた。
見つけてくれた村の人達が、今まで育ててくれた。
おれ達は昔の記憶がないから、いつからこうなったのかは分からないけど、多分こんな腕をしてたから捨てられたんだと思う」
「「………………」」
訳ありな2人に、クノとシノは絶句する。
しかし、同年代と思しき2人に感じた奇妙さが、自分達兄妹の歪さとどこか近いものも感じていた……。
「あ、ですが、わたくし達はすぐに帰投しなければならないはず。
お気持ちには感謝致しますが――」
〈構わない自由だ、戦闘が終わったのなら。
防衛省の仕事だからね、住人のアフターケア、戦況や被害の報告、書類作成等は。
だからしていいよ、好きに〉
ハンディー長官からの念話。
すぐさま入るということは、この光景を本部のモニターなどで見ているということなのだろう。
(いや……)
戦闘中はともかく、戦闘終了後も見られている。
シノは寒気がした。
〈あ、なら僕とゲームやりません……?
アドベンチャーをやってるんですけど……主人公がちょうど、今のクノ君のような状態でのびてるところまで進めました……。
いやぁ……ボロ雑巾のようなクノ君にはお似合いのゲームだと――〉
〈何を言っているのだ!
新米のクソ餓鬼に自由時間などあるか!
一日中僕の道具になっていればいいのだよ!
今から僕の錬金術の素体として――〉
もっと寒気がする声が二つ、デリカシーの欠片もなく飛んできた。
シノは反射的に、相手の脳波信号を遮断し、念話を打ち切った。
…………きっとクノも同じことをしているだろう。
それはさておき、アルシンとファム。
2人との出会いが、クノとシノのこれからに大きな影響を及ぼすことになるのだが、それはまだ誰も知らない。