4章プロローグ 「聖夜の日」
空からゆっくりと音もなく、止むこともなく降り注ぐ冷たい粉。
リエントの地上は少しずつ白く染まっていく……。
やがて。草も、土も、木々の葉も、駐車している車のルーフも、家の屋根も――全ては白で覆い隠されてしまった……。
* * *
12月25日は、リエントを作り上げた創造神【アイン・ソフ】の誕生日――【クリスマス】。
そして、【クリスマス・イヴ】と名付けられた前日の夜は、創造神の誕生を祝う聖夜である……。
リエントの各地。
都市や町はおろか、小さな島や村でさえも、今夜のために拵えた電飾のアートで彩られていた。
赤いブーツや靴下型のオブジェも立ち並び、各都市の入り口には【メリークリスマス!!】と自己主張激しく大書された看板が掲げられる。
各家庭には、飾り付けをしたモミの木――【クリスマスツリー】と、赤く小さな実が乗ったトゲトゲのヒイラギ――【クリスマスホーリー】が置かれて、誰もが気持ちを統一させる。
子供達が凍てつく寒空の下で手をかじかませて一生懸命に誕生させた、雪だるまも大量に発生。
政府や教会からもたらされた賛美歌も漂う。
たとえ信心深い者でなくてもその旋律に心を委ね、時には自らも唄い始め、1年間の苦労と苦悩から解放されていく。
賛美歌がたたえるのは、創造神とその化身である【サンタクロース(以下サンタ表記)】。
イヴの夜にだけ現れるサンタは、各家庭に訪問して子供達に贈り物を与えて去っていく謎の存在。
子供達はプレゼントをくれるサンタのことを創造神よりも深く信仰。悪戯好きな子供もこの日が近づくと、プレゼントを貰えるようにと良い子に努めるのである。
――今年もやって来た12月24日。
リエント人類は、例年のお祭りの到来を今か今かと待ち侘び、夜の訪れに恋焦がれていた……。
* * *
コンコン。
「失礼します」
外からのノックの音と、妙に癇に障る慇懃な声が、静寂な室内に落とされた。
部屋の主の返事も待たずに、ガチャリとドアが開けられた。
キビキビとした足取りで向かってくるのは、長身で細目、サイドにハネた灰色の髪の秘書。がっしりと締まった礼服を身につけている。
「…………」
長机に座っている部屋の主は、入ってきた男に目もくれずに紙の束を食い入るように見つめていた。
「代表」
そう呼ばれた主は、露骨に面倒臭そうな表情を男に向けた。
「…………何ですか……?」
「ルドメイシティ市長――アドクス様から入電です」
秘書の男――シンダーは、小さな通信用の端末を差し出した。
「…………はい……?」
予想だにしない回答だったのか、代表は怪訝な顔を浮かべた。
* * *
「これはこれは、クノさん!
ご無沙汰しております!」
「市長さん……。
こちらこそ、ご無沙汰しております……」
緑色の液晶画面に大きく映ったアドクスは、こちらの顔を確認した途端に、朗らかで屈託のない笑みと言葉を飛ばしてくる。
「まさか、北部防衛機関の【代表】をクノさんがお務めなさっていたとは……。
これも何かの縁ですかな!」
「……臨時ですよ、あくまで……」
D機関の新たなる代表であるクノは、自虐するように俯いた。
* * *
本来の機関代表であるエクラシーは、あの日――死の世界の枉死城に残る道を選んだ。
れっきとした生身の人間である彼は、今もこちら側――現世に帰ってきていない。
中央政府の賢者達とダクスの棟梁を務めるビフォンによる、枉死城での共同任務。
そこに乱入したエクラシーが起こした、意図的な妨害行為。
その全ては、本来はかなりの重罪にあたる。
これが世間に公開されれば、機関そのものの立場も危ぶまれるのは明白だった。
しかし、【結果的に彼の行動が任務自体の助けになった。しかも彼に命を救われた者もいる】。
……と、あの任務の責任者であるビフォンはエクラシーの全てを赦した。それ以上の追及を行わなかったために、機関はお咎めなしで済まされることとなった。
これは、政府所属の賢者には機関出身の人間もいるため、その者達への配慮という意味合いもあった。
…………とはいえ。
今回の件で機関は、トップである代表を失った。その活動にも著しい制限がかけられ、大きく失墜していくこととなった。
エクラシーを枉死城から現世に帰すには、来年の10月31日にダクスに赴き、ビフォンや巫女達に協力してもらって再び儀式を行うしかない。その日しか、2つの世界の扉を繋ぐことができないのである。
…………もっとも、その日までエクラシーが生存している保証は全くない。
あそこには、食べ物も飲み物も、まともに暮らせる場所もない。
そんなところに生身で残ったエクラシー。
普通に考えれば、彼は現時点で既に死亡している可能性が高かった。
勢いをなくした機関の職員達に手を差し伸べたのは、賢者を辞めさせられたクノだった。
クノは、機関との関係を断つことを昔から望んでいた。その上、【家族】と離れた場所に定住するなど、もってのほか。
それでも――クノは一時的に機関の代表になることを決めた。
家族達の戸惑いを押し切って、クノは忌避していた場に自ら飛び込んだのである……。
* * *
「……それで、この不束な機関にどのようなご用件でしょう?」
「……実は。
――以前に【そちらから支給していただいた物資】と、町外れの遺跡から発掘された【古代の甲冑】を組み合わせ、【対バグ戦の武器】を開発したのですよ!
これは、あなた方機関のお力添えがなくてはなし得なかったこと……。
これから、その新兵器の性能テストを行う予定でして、是非とも立ち会いに来ていただけるとありがたいのですが……!」
アドクスは前のめりになって、ハキハキと告げてくる。画面越しでも唾が飛んできそうな勢いである。
(…………?
待てよ…………)
クノはあることを思い出した。
「…………確か、本日はそちらの遺跡でアイン・ソフ様の生誕をお祝いし、恩寵を授けてくださるようにご祈祷をする日では?
毎年、賢者の中でも長官が出席しに行っていましたので……」
その指摘を予測していたようにアドクスは首を振り、髭を撫でながら口元を緩ませた。
「そちらの方も、例年通り行いますよ。
その前の時間を有効に使って、性能テストを行うというわけです!」
「…………はぁ、」
「それで。
来ていただけますかな……?」
先程まで見つめていた資料、画面のアドクス、シンダーをためつすがめつ見比べたクノは――
「………………。
分かりました……。
今からそちらに向かいます」
「ありがとうございます!
くれぐれも、怪我や事故のないように、ゆっくりとお越しください!」
液晶画面が無になった。
クノも無言の無表情で支度を始める。
(あくまで臨時だ……。
永久に機関の一員になる気など、さらさらない……。
これは、あの人にシノを助けてもらった恩と、知りたいことがあったから……)
クノの肩が僅かに震えた。
その胸の内は……。
* * *
その頃――リエントの中枢ハウモニシティ。
賢者庁バグ対策本部では。
「あの日から……バグは全く……発生しませんね……」
観測士クリアが次元壁モニターを凝視しながら、ボソッと呟いた。
「うふふ〜ふ〜!
僕達は……いや、僕は乗り越えたんだ!
バグにまみれた歴史と、迫り来る大いなる厄災に!」
1人で舞い上がっている錬金術師ルードゥスは、室内の隅でクルクル回転を繰り返している。
「このままでは本当になくなるな、賢者の存在意義が」
賢者長官ハンディーの方は、自嘲気味に笑っている。
「よかったじゃありませんか……。
見事にハッピーのエンディング真っ最中です……」
音を鳴らさずに拍手をするクリア。
「そうだな」
ハンディーは短く会話を切り上げて席を立った。
* * *
リエント名物だったバグの発生が、ここ2ヶ月近く途絶えていた。このことは一般の層にも気づかれているが、まだ真相は公開していない。
このまま来年いっぱいまで、バグの発生が一度もなかった場合。アカシックレコードを凍結して天啓や念話に制限をかけ、政府が民衆に真相を明かす……という予定になった。
それでも、災害があれば人命救助をする必要があり、犯罪者が出れば確保に向かわなければならない。
政府所属の特殊部隊である以上の役目がある。名前と業務を変えることになるだろうが、賢者はこれからも存続していくのである……。
* * *
ハンディーが立ち上がったと同時に、本部の扉が開かれた。
「来たな。
私に付き合ってもらおう、シノ」
「?」
薔薇を咥えたハンディーは、赤と黄色のツートンヘアー(ウィッグ)をかきあげた。
「出張だよ、例年の。
遺跡だ、ルドメイシティの」
「…………え…………?」
シノは【何故、わたくしが……?】とでも言いたげにポカン。
「…………あの。
わたくし、今日はサンタクロースの――」
「市長に代表も呼んでもらった、D機関の」
そんなことどうでもいいとばかりに、ハンディーは続けた。
「……!!」
長官の言葉に。
シノは事態を飲み込めていないながらも、
「兄さんが、、っ、…………」
食いつかずにはいられなかった。
けれども。
その先を口にしようとしても、詰まって出てこない――オモイ……。




