3章34話 「脱出」
(((…………………………)))
各々の思いや決意を心で唱えながら、一行は魂達の死を悼む……。
過去を見つめた懺悔と、未来へ向けた夢を。
心声のまま、まっすぐに唄にして紡いで……。
リレーのバトンのように繋がれた生者の意思が、死者を拘束していた光のない枉死城に、輝きのアーチを灯していった……。
これで――城内城外を闊歩するバグの大軍も成仏して姿を消すだろう……。
* * *
「皆んな、退避!!」
藪からな巫女の叫び。
静粛に浸っていた弔いは、強制終了を余儀なくされた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………………!!!
「……な、なんだ……っ!?」
「早く離れよう兄さん、皆さんも!!」
足を着けている地が、吸っている空気が、高速で目まぐるしく回転――
「うっ……また……気持ち悪く、なってきた……」
「おい、しっかりしろ、ファム!?」
視界が何重にも歪み、四方八方からの雑多な反響。
「目が……回るううう〜〜〜ん」
「ミープ!
ボケてる場合じゃないぞ!」
移動どころか、立っているのもおぼつかない。
世界が割れ、崩れ落ちてくる瓦礫が道を覆う。
地震…………?
嵐…………?
否――これは……。
「枉死城の……死……」
ここに来訪した目的を果たしたことで生じた現象。
かつ、まもなく10月31日が終わろうとしていた。
門が閉じる時間が迫ってきたことで、役割を終えた城の死も余計に早められているのだ。
その時――
オオオオオオオラアアアアアアアアアア!!
この非常時に轟く叫び。
城の崩壊が崩壊……。
「全員――任務ご苦労!!」
颯爽と現れた爆走する気迫。
「ブウェイブ……さん……!」
「また、遅くなってしまったな」
彼の登場に合わせて、一行の額からボトボトと垂れる汗。彼の熱気に呼応するように、周辺の温度が急上昇している。
「クソ兄貴のせいで、とんでもない目に遭った……。
お前らもだろ……?」
ブウェイブは背中でもたれる黒一色のエクラシーを差して、苦い顔を向けた。
「…………やはり、さっきのぼく達の不調は……。
いえ、それよりも、その方は……」
「……細かい話は後だ!
乗れ、まずはここを出るぞ!」
* * *
「う……ぎゃあああああああああああ!!」
これこそが光だと本気で思いたくなる超速に、ファムの口からビームの大絶叫。
「喋ってると、舌を噛むぞ!」
その背中に、クノ一行とエクラシー――計8人を乗せて。
カタストロフの枉死城を駆け抜けるブウェイブは、人間型の絶叫マシンである。
「――!?」
どんどん増していくブウェイブの速度。
意識を持っていかれたファムは、白目を剥いて失神した。
その後ろでは、天からの瓦礫の雨霰が降り注ぐ……。
(こ、これが……本気のブウェイブさん……!
一瞬も気を抜けないわ……!!)
スピードタイプのシノでも、この暴れ馬を乗りこなすのはキツイ……。
しかし――ロデオ絶叫マシンは、まだまだ本番ではなかった……。
死角からの刺客が迫ってくる……。
(ヤバイ、後ろの折れた柱がこっちにくる……!
気づけ!)
そう言葉に出したくても、口を動かす余裕もないアルシンは、心の中でブウェイブに訴えるしかできなかった。
「オオオラアアアアアアアアア!!」
思いが通じたのか。
ブウェイブは目にも止まらぬ180°ターンからの一撃で、背後から倒れてくる柱を鉄拳制裁!
そして、すぐさま再び180°ターンで、1秒前と同じ状態に戻った。
…………このように、崩れ落ちる天井も柱も何のその。
ブウェイブは途中途中で発見した窓を突き破っていくが、一向に外には出られなかった。
城の異能で内部が迷宮と化し、その上で構造も絶えず変化していくからである。
脱出するには、躊躇わずにとにかく進むしかない……。
* * *
「……!」
面前に広がる大穴。
立ち塞がる断崖絶壁。
向こう側まで恐らく700m以上はある。
その間に、足場や壁の類はゼロ。
「違う道を探しましょう!」
ドリアンは踵を返すことを提案。
天啓抜きではこの距離を到底越えられそうにない……。
「上等!!」
ブウェイブは即答した。
「……え……!?
あの……」
だが、彼は聞く耳持たず、一切怯む様子もないまま……前へ前へと足を動かしていく……。
「ちょっと……」
「まさか……」
スピードはまたしても上昇した。
一体この男の最高速度はどの段階なのだろうか。
「ブウェイブさ――」
「全員、しっかり捕まってろ!!」
!!!!
全身が浮き上がる感覚……。
ブウェイブはその身を空へと投げ出した。
「…………ぐううううぅぅぅっっ……!」
この世に存在するレベルとは思えない強烈なG。
クノの意識も、明後日に吹き飛びそうになった。
(…………尻尾が……出せない……!!)
この場での命綱に最適であるというのに……。
体中が全方位から締め付けられているように苦しい。全身の筋肉も硬直している。
「△×@→↑∞¿〆∞↑〜〜〜!!」
一方。
クノの下にいるアルシンは目を飛び出させて、規制の入ったような奇声を上げている。
――落ちていた。
ブウェイブの走り幅跳びが、向こう側まで全く届いていないのである。
(だから引き返せと…………!?)
ドリアンが悪態をつくのも束の間。
再び全身が、強く引っ張られて上昇する感覚に襲われた。
…………皆が混乱している内に、ブウェイブの足元は向こう側の地上へと到達していた。
(そうか……二段ジャンプ……!!
そんな技まで体得していたとは、天晴れだ……!)
(それだけじゃねぇ……。
自分の魂をチューインガムのように変化させて向こう岸に貼り付け、引き寄せたんだ……。
おれにはできねぇ……距離があり過ぎる……)
ドリアンとアルシンは、放心と同時に畏怖と尊敬の念を抱く。
「どんな道が俺の前にあろうと、立ち止まらねぇ!
それが俺の道――【必殺のブウェイブロード】!!」
自分の行動に、アトラクションのような名称をつける余裕。ブウェイブはこの状況を楽しんでいるかのようだった……。
* * *
続いては、ブウェイブに対抗するかのような構造のステージ。
「誰か、どっちが出口へ続いているか分かるか!?」
前方の通路が二手に分かれていた。
「……右!」
真実を見通すビフォンのナビゲート。
「よし!」
ブウェイブは迷わずに従って突撃。
「ドンドン行く!!
道案内よろしく頼む!」
ボルテージをヒートアップさせていくブウェイブは、もはや高機動人型兵器。
(ぼく達の想定以上にこの人……強すぎる!!)
ぼんやりとする意識の中でも、クノは戦慄していた。
「――まっすぐ!」
「右から2番目!」
「南!」
「左行ってから、右!」
「左右右左右右左右左左左!」
「ここから3連続でまっすぐ!
そして上!」
…………その後も、分かれ道の迷路は続き。
その度に瞬時に正解を見極めるビフォンの指揮。
ブウェイブが高機動兵器なら、彼女は高速演算装置のよう。
「…………おい、次はっ!?」
「………………」
道が8方向に枝分かれしている。
しかし、急にビフォンからの返答が途絶えた。
「…………クン……一番左!」
聞こえてきたのは、ミープの真剣な声。
「ビンさんは(あなたのデタラメな動きで)限界きて、ノビてるから!
あっちの方から、カラーボールの匂いがする!
ここに入る前に、外の城壁にマーキングしておいたの!」
「――助かる!」
返事と道の選択は時差なく。
瞬間に、広がる崩壊と迷宮の光景が一変した……。
闇。
そして、微弱な風の流れ……。
岩石の粘土臭に、カラーボールからあふれるピーチの芳香……。
永遠に星のない夜――暗黒の蒼穹。
「空を飛んでる……」
「ここが……城の外……」
初めて見る景色と感覚に、(だいぶ乗り物酔いしている)クノとシノは呆けていた。
ビュオオオオオオオオオ…………!!
「――うおっ!?」
「うわああああああああ〜〜〜!」
「……!」
「きゃあああああ〜〜!」
ようやく外に出られたのはよかったものの……。
遂に完全に倒壊した城の爆風によって、一行は彼方まで飛ばされてしまった……。
* * *
「…………くっ、」
気がつくと、クノはうつ伏せで倒れていた。
どのくらい意識を失っていたのかは分からない。
「皆さんは……」
顔を上げる。他の者達の姿が見当たらない。
「…………あれは!!」
代わりに。
目と鼻の先には――現世へと帰れる光のゲート。
(皆さんは……先に帰還したのか……!?)
ふらつきながらも立ち上がり、辺りを見渡した。
「――!!」
背後の、オンボロ吊り橋のド真ん中。
誰か倒れていた。意識を失っているのは明白。
「……シノッ!!」
即座に駆け出した直後に。
ブチッ!
吊り橋のロープが解けた……。
「……シノオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!」
奈落の底へと落ちていくシノ目掛けて、迷わずダイブ。
グワシッ!
シノに追いついたクノは、全力で彼女に抱きついた。
(後は……マインの尻尾を崖に引っ掛ければ……!)
しかし……。
(!?!?)
クノの衣服が賢衣に切り替わった……。
ずっとマインを発動し、儀式でそのパワーレベルを何度も引き出し続けた反動がここできたのか……。
この局面で、マインが解除されてしまった……。
「…………そうか」
クノは目を閉じる……。
あの玉座の間でクノだけが感じていたことがあった。
それは――自分とシノを産んだ直後に亡くなったと聞かされていた、【母親のような懐かしい魂の気配】だった。
エクラシーに真実を聞き出そうとしたが、成り行きで結局聞き出すことはできなかった。
だが……。
あの部屋で囚われていた亡者達の魂は全て集合体と化し、最期に成仏したはずなのに――
(感じる……まだ……あの感覚が……。
まだ……ここに……母さんがいるんだ……)
もう、この状況では帰ることができない。
マインを再発動する余力もない。
(ぼくとシノ……それから、母さんの3人なら……)
クノは…………。
(姉さん……すみません…………)
生きることをやめた…………。




