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3章33話 「魂の還る場所」






「……お前に何があったのかは分かった……」


〔勝手な行動を取って行方不明になり、兄上や家族、多くの方々に迷惑をかけて……。

終いには、新種のバグになって人々を殺そうとしたこと……。

そして、兄上の顔に取り返しのつかないことを……。

……バグになった僕が死に……この世界に魂が流れ着いた時になって、ようやく全てを思い出したんです……。僕が全て悪いのだと――〕


「もう、いいよ……」


〔…………えっ……?〕



 ドリアンは頬を緩め、



「何を言っても、どんなに後悔しても、過去が変わることはない……。

僕は辰砂(しんしゃ)を持たないが、たとえそれの使い手であっても……。

クノ君達を見るに、過去の改変まではできないんだろう……」


〔兄上……〕



 全てを受け止めて包み込む兄の声が、弟の張り詰めた心を解かしていく……。





「――ファムさん」


「は、はい……!」


 突然のフリと、急激に重く切り替わった声音に、ファムの肩がブルっと突き上がった。




「やってくれ」


「………………」


 ファムは、その掴み掛かるように強い念には答えずに、ポースの魂に向かって歩き出した。



 ………そして――



「――失礼しますッ!」


 純白の右手に、ありったけの思いを込めて振り(かざ)す。


 その手のひらからあふれる花粉や花汁(かじゅう)が、ふんだんにポースに浴びせられた。




「はあっ!

はあっ!

はあっっ!!」


「……ファム……」



 何度も、何度も、何度も……繰り返す。


 皆は固唾(かたず)()んでそれを見守る。




「わたしが今作り出せる、最高濃度の霊薬です……!!」



 ポースの魂が、その中に内包された幾千の魂達が、白く染まり浄化されていく……。




 神薬にもなれる彼女の右手がもたらしたのは……。




* * *




「……………」


 ドリアンは、誰にも聞こえない小さな吐息を虚空に吐き出した。


 他の者の心境も似たようなものだっただろう。





「…………すみません……わたしには、これが限界です……」


 誰に教わらずとも、マインダーは真理把握により理解している。



 自分のマインで何ができるのか。


 応用をして他の使い方ができるのか。



 故に――やる前にも、やっている最中にも、彼女には()()は分かっていた……。




「……いや、ありがとう……。

目の前で見せつけられて、完全に腹を括るしかないのだと実感できた……」


「……ドリアンさん……」


 屈託なく告げたドリアンは、ビフォンを見て無言で頷いた。



「……じゃあ、最後の仕上げを始めるわ……」


 彼の()()に応えたビフォンは、解放の精気を足下に噴射し、その勢いを利用して上昇。宙に滞空した彼女は、ポースの魂に右手を添えた。




 ファムのマインである蘇生能力は、死亡した人間を生き返らせることができる……。


 しかし――その身が被爆や火葬等で全焼して灰になるといったような、【還るべき遺体が現世に既に存在していない者】は生き返らせることは不可能なのだ。


 これまでに死亡した者達が復活することができていたのは、運良く五体満足で遺体が残っていたから……ただそれだけの奇跡に過ぎなかった。





「ポース君……久しぶりに会えたのにごめんね……。

私にも、どうすることもできない……。

私は霊力だけが取り柄の、口寄せもできないダメな巫女だから……」


 悲痛に閉じられた瞳からこぼれた光る雫が、宙を流れてポースを濡らす……。



〔ビフォン姉様、お気になさらず……。

確かに僕も、亡くなった皆さんも……生きられるのなら、まだ生きていたかった。

生き返れるのなら生き返りたい……。

ここにいる方々は、悔いのない人生だった……なんて、とても言えない人ばかりですし……。

ですが……【どんなことをしてでも自分達を生き返らせろ】とも、思ってはいません〕


「…………ポース」


〔辰砂の力で人を復活させる能力に目覚めた方がいる……。

確かにそれは、僕達には生き返れるという希望かもしれません。

しかし……その方でさえもこの状況を覆せないのであれば、潔く自分達の死を受け入れるほかありませんよ。

だって、普通――死んだ人間が生き返るはずありませんから……〕


「……あなた、まだ私達よりも幼いのに…………大人ね……」


「ああ、記憶を失くして違う所で育っても、お前は確かにポースとして成長していたんだな」



 ビフォンはポースの魂を愛おしみ、ゆっくりと撫でた。ドリアンも自慢の跳躍力で彼の魂に接近し、抱きしめるように腕を絡める。



〔違いますよ。

先程も言ったように、今皆さんが見ている僕の存在は、ここで囚われていた全ての魂を総括しているんです。

これが僕()()の意思だったなら、もっと駄々をこねて暴れていたかも〕


 ポースは口を尖らせて、悪戯(イタズラ)っぽく笑った。



「はははっ!

もしそうなっていたら、僕が折檻(せっかん)しなくてはならなかったな……!」


「ふふっ」


 つられてドリアンとビフォンも笑う。




 それは、クノ達が入る余地のない空間だった。




 3人はしばらく笑い続けた……。



 この残り少ない時間を噛み締めるように。




 そう――12時の鐘が鳴ってしまうと、魔法が解けてこの世界から追放されてしまうのだ。




* * *




「……………………」



「……もう終わりか……。

……こうも呆気ないとは。

だが――それも止むなし!」



 完全に動かなくなったブウェイブを見下ろすエクラシーは、生気の抜けた彼の顔面に唾を吐き捨てた。



「クク……肉体ごと城の中で孤独に眠るがいい……。

哀れで愚かな不孝不弟(ふこうふてい)よ……」


 ブウェイブの腹に刺さった長剣を抜いて納刀。


 そのまま目標を玉座の間へ転換し、スタスタと足を進めていく……。



 再び神の力をその身に取り込むために――




「邪魔者は7人……内5人は私の毒で今頃くたばっているだろう。

霊薬使いの小娘にも毒を持った……毒で倒れれば奴でも回復する余裕がなくなるはず……。

残りの2人に毒を感染させるのも造作もない……」


 エクラシーの頭に流れ込むのは、どうあがいても自分の勝利の光景しかなかった。





「……クク……最後に笑うのは――」



 勝利のビジョンが、突然赤く塗りつぶされた。




「…………!!!??!!!?」


 それは、とてつもなく臭く汚く、



「…………ま、……ま、さか……」


 この身を焼き尽くすまでに熱い、赤……。





「――!!」


 エクラシーは肩越しに、



「貴様……!」


 灼熱に包まれた大男の姿を捉えた。




 男に空いている穴の一つ一つから、針山のように伸びて噴き出す劫火(ごうか)



 終幕の炎が一帯をたちまちに支配し、こちらの心身を180°狂わせる。




「貴様も……この場で()()()目覚めたのか……!?」


「……さぁなアア!!」


 男がその身に纏う炎は――高質量・高熱の燃える鉄拳へと昇華された。



無斬(むざん)!!」


 エクラシーはすかさず長剣を振り下ろす。




 怒りの鉄火(てっか)が交錯。




「――(おせ)ぇよ」


「!?!?」



 エンジン全開――破竹(はちく)の勢いで突進する猛火は、迫ってきた分身オーラ・衝撃波・風の刃を(ことごと)く燃焼。


 炎を切り裂こうとした刀は灰の棒と化し、瞬く間に虚空を漂う粒子に変貌。




「グゴ…………!!」


 四段構えの【神速】奥義は、それを超える【最速】に完敗したのである。


 自分の(わざ)を力尽く100%で突破されたエクラシーは、一瞬で打ち上げ花火からの天井の星になった。




(プリマ・マテリアが効かない……!?)


「この術に名前を付けるなら……。

俺とあんた、全てのしがらみを燃やし尽くす――【バーンアウト】!!」



 焼けて溶けた天井に背中が埋もれたエクラシーへの追撃。




「オオオオラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



 振り上げられたアッパーから、極太の火炎の柱が間欠泉(かんけつせん)のように湧き立った。




「……ヤ、ヤメロオオォォォォォォ……!!」




* * *




「…………はぁ、はぁ、はぁ、……っ、」


 因縁を葬火(そうか)したブウェイブはへたり込んだ。



 ブウェイブは命が尽きそうな自分の魂を操作。そこから、膨大な炎を土壇場で顕現させて勝利を収めた。


 エクラシーに刺され続けた彼が咄嗟に浮かんだのは。

自身の体中の穴からこぼれる血液を、体から噴き出す炎に見立てた炎神のイメージだった。




「……はぁ、ったくよぉ……寝やがって……」


 膝には、黒焦げになって動かなくなったエクラシー。



「……まぁ、起きてたら次は何するか分からんからな……。

続きは現世に帰ってからにしようぜ、兄貴……」


 ブウェイブの体から、どっと力が抜け落ちていく。


 そのまま大股開いて仰向けで寝っ転がったブウェイブは、天に複雑な感情を投げかけた。




* * *



「ポース君……お別れね」


〔はい〕


 ビフォンの封印の力が、室内の天を穿(うが)ち――ブラックホールのように渦巻く空間を作り出した。



 空間からたちまちにあふれる不純なエネルギー。


 それを抑え込む解放の力が、ブラックホールにホワイトを彩った。




「ポース……!」


 ドリアンの両腕に囲われていたポースの魂が、遂に移動を始めた……。




〔皆さん、ビフォン姉様、そして兄上!

僕達、迷える魂の行いを(ゆる)して救ってくださり、本当にありがとうございました……!

このご恩は決して忘れません!〕



 白と黒の2つの精気の力が合わさったカオスホールに、吸い込まれていく魂の集合体。




「最期に会えて、お前の声が聞けてよかった!

向こうでも、元気でいてくれよ!」


 床に降り立ったドリアンは、魂の向かう道を照らすように、希望を灯すように大きく手を振った……。




 そして、成仏を目指す魂の傍らに――



〔…………!?

これは……〕



 灯籠(とうろう)のように流れた蒼き聖なる(ほのお)と、白妙(しろたえ)の花々……。



「ぼく達には、これくらいのことしかできませんが……。

無事に、正しい導きの世界にたどり着けますように……」


 クノが捧ぐ葬送(そうそう)



「…………どうか、安らかに……」


 供花(くげ)を添えるのは、ファム。




「「「………………」」」


 残りの者達は、瞑目して両手を合わせ……故人を(いた)わる。




〔……皆さん…………ありがとうございます……!

僕達は、あなた方の今後にご多幸が訪れることを願って、遠くから見守っていますので!〕




* * *



 やがて。



 魂の集合体が完全に見えなくなっても。



 ポースの声が聞こえなくなっても。



 皆は(とむら)いを続けた……。





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