3章32話 「ルベド」
「皆んな!
ミープちゃんのためにも、速攻で決めるわよ!」
彼女の心意気で、ビフォンは見失いかけた目的と責任――そして自分の気質を取り戻した。
「ファムちゃん、まず自分をちゃんと労わって回復――それからマインダーの皆んなにも回復!
クノ君とシノちゃんは、身体が治ったら【アルベド】で生んだ以上のエネルギーを気合いで精製して!
アルシン君は血の力をまた貸りるね!
そして私は、【解放の力】を使う!」
毒の呪縛からは抜けられても未だ満身創痍のマインダー達に、ビフォンは容赦なく早口で捲し立てていく。
「「…………??」」
「「……えっと…………」」
理解と身体が追いついていないマインダー達に、ビフォンは柔らかに微笑んだ。
「つまり――やることは、大体さっきと一緒!」
* * *
「アルシン、シノ、クノさん!!
最後の一仕事、お願い!!」
「OK!
ファムちゃん、後は皆んなを動けるようにしてくれたミープちゃんの苦しみを消してあげて!」
「はい、分かっています……!」
駆け出した霊薬に回復された、硫黄と水銀のターン――
「ウアアアアアアアアアア!!」
「ガアアアアアアアアアア!!」
さっきと一緒のスタート。
マインパワーのフル循環からの、体外放出チャージ。
ニグレド→アルベドの工程を得た状態のクノとシノは、自身らのリミットを打ち切った。
現世で流れ星を2つ降らせる覚悟で――
(思い出せ!
この身がバグへと腐敗して、【黒化】する気持ち悪さを!)
(バグになった己に差し伸べられた浄化と再生で、【白化】して人間に戻っていく心地よさを!)
今までの手順で作り上げたエネルギーの純度とパワーをより高めるために。
記憶を反芻させて、当時の感情や痛みを乗せていく……。
念話の使えないこの場での、兄妹の即興連携。
「ビフォンさん!!」
「アルシン君、行くわよ!
全てぶつける!!」
クノとシノの全霊。
アルシンの血の特性。
ビフォンの解放の力。
全てが再び混合し――
ピィィィィィィィン……!!
やがて、太陽のような金剛の輝き伴う変容――【キトリニタス】を経て、旋風が巻き上がる……。
「――ポース……!」
ドリアンの瞳に、鮮明に映された光景。
物言わずこちらを見下ろすだけだった弟の像が、風の中に包み込まれていく……。
* * *
「…………っっ……ううっ……うっ!!」
「ミープ。
もう少しの辛抱だ、それまで僕が付いてる」
リングの中で死亡を何度も繰り返して悶えるミープ。
彼女を孤独にさせまいと、ドリアンはリングに介入して寄り添っていた。
(ありがと……リーさん……。
巫女さんも……ワタシの意を汲んだ上で気遣ってくれて…………それが、太陽の時間……)
「――もう大丈夫ですよ!」
赤黒い血の次は、白い花粉と花汁を浴びせられたミープ。リングに更なる乱入者。
「…………すご……身体がどんどん楽に……」
絵面だけだと、散々卑猥な目に遭っているように見えるが……。
彼女に刺さっていた永遠に抜けなかった【毒針】が、瞬く間に抜けていっている……。
「毒消しスプレーも効果なかったのに……。
ムーちゃんの回復と蘇生能力って、ホントに便利……」
ミープは通常通り話せるまでに復活した。
もう少し経てば、理不尽に死に続けるリングからは抜け出せるだろう。
* * *
ギュオオオオオオオオオオオオオ…………!!
何重にも渦巻くエネルギーを構成する一つ一つの要素が、風の中でぶつかり合う。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
高速で永続する摩擦。
パーーーーーーン!!
熱を帯びたエネルギーの塊が弾け――結合からの固化。
次第に結晶化していく熱の赤みは増していき――
その果てに――
「…………これは……」
何物でも塗りつぶせない【完全な赤の結晶】が、形成された。
これこそが、【再生途中の物質の完成――赤化】。
「まさか、兄さん……これって――」
ニグレド→アルベド→ルベドの末に生み出された、目の前に散らばるこの【赤い物質】……。
「……はい……」
果たしてコレは……その精製工程の基盤になった伝説の存在――【賢者の石】なのだろうか……?
《おおっ、遂に僕は作り上げたんだ!
現代では誰もなし得なかった賢者の石を!
――いいか、これはチミ達ではなく僕の功績だぞ!
やあ〜った、やあ〜った、やったった〜!!》
「…………うわぁ…………」
真偽は定かではないが。
疲労困憊のクノの視界には、悲願達成で狂喜乱舞する錬金術師の幻覚が見えていた。
…………が、そんなことはさておいて――
* * *
しばしの間が置かれ……。
〔…………兄上……〕
「ポース……!?」
解放の力とルベドにより、語る術を持たなかったポースの魂に、遂に対話能力が生まれた。
「本当に、ポースなんだな!?」
〔はい……〕
確かな音を乗せた、弟の頷き。
〔兄上……申し訳ありません……。
僕がこの姿でここにいるのは、兄上や他の方々が考えている通りです。
僕は……【既に死んだ人間】です。
【この地に囚われた全ての魂の嘆きを総括する存在】として、この僕は皆さんの前に具現化しています……〕
ドリアンはしばらく瞑目してから……。
「…………そうか…………。
教えてくれ、どうしてお前がそうなってしまったのか……」
目を開いても、目の前の真実は何も変わらない。
それを強く噛み締めた彼は、真実の続きを促した。
〔……はい、僕個人の身の上話になりますが……皆さんも聞いていただければ〕
傍らでは。
アルシンがクノの肩をトントンと叩いて、耳打ち。
(なぁ……喋り方とか雰囲気が、お前に似てね?)
(ポースさんが貴族の出身だからじゃないですか……?
ぼくは違いますけどね……)
(ファムはいいとして……周りの同年代がお前やシノみたいな大人っぽい優等生ばかりだと、おれの方が逆に間違っている気がしてくる……。
アウェイ村では、お前らのようなのいなかったぞ……)
(そういう話は後にしてください。
今は、あの方のお話をちゃんと誠意をもって聞きましょう)
* * *
そして、ポースは自らが伝えたかったことを語り始めた。
〔……あれは8年前――兄上が家を出て賢者になってからすぐのことです……。
僕達の故郷の村――【フェンダイト】に沢山のバグが現れました……。
もちろん、政府や賢者の方々が事前に駆けつけて警護に当たってくれてはいました。
あの時…………5歳だった僕は、賢者が守ってくれるから何かあっても大丈夫だろうと、甘く考えていたんです……。
将来、兄上と同じく賢者になると考えていて、両親からもそのような教育をされていた僕は………。
僕も……………バグと戦いに行って、やられて……〕
全員はポースの話を黙って聞いている。
ドリアンは物々しい表情をしていた。弟の一言一言全てを聞き流さないようにと、全神経をフル稼働させているのだろう。
〔気がついた時には、僕は記憶を失った状態でヌイの平原まで飛ばされていました……。
そこを、たまたま通りかかった【イーリス】という名の孤児院に勤めている先生が拾ってくださり……。
僕は『トロス』という名前をいただいて、孤児として暮らすことになりました。
イーリスで暮らす他の孤児の方々は、当時の僕と同じで、身寄りも記憶もありませんでした……。
あそこは、表向きは教会に併設された孤児院です……。
でも、その実態は――世間や政府の目を欺き、孤児を【D機関】所属の兵士として育て上げる訓練施設でした……〕
その単語を耳にしたシノの眉がピクリと上昇。
(そっか……。
防衛大臣がイーリスを怪しんでいたのは、そこで失踪した人とアンノウン討伐の時期が符合しているということだけではなかったのね……。
それだけだと、【偶然の一致】で片付けられるから……。
防衛大臣が真に疑念を抱いたのは……イーリスが普通の孤児院とは違って、秘密を隠している施設であることを知ったから……。
リエントの北部は、そこの治安を維持している機関の権限で独立している……。
そこに政府が介入するのは容易ではない……だから欺けたってことね……)
イーリスにもD機関の息がかかっていた。
そのせいか、シノは自分達兄妹・アルシンとファム・イーリスの孤児達の境遇が似通っていると感じた。
アルシンとファムも、忌避的と取れる複雑な表情を浮かべていた。5年前の自分達の無謀な行動に重ねているのかもしれない……と、シノは感じた。
(…………兄さん……??)
となりに立つクノを一瞥すると。
彼も顎に手を当てて、何やら物思いに耽っている様子。
しかし、シノの目には、彼の視線がポースよりもずうっと遠くに向けられているように見えた。
〔イーリスで戦士としての訓練を受けながら暮らして――気がつけば、8年が経過していました……。
そして先月の9月13日。
僕達の目の前に――【辰砂】という、言葉を話す赤い宝玉が現れました〕
「辰砂……!!」
マインダーのハモるリアクションの誤差は、1人分の発声と聞き間違う程、コンマ1秒のズレもなく。
〔辰砂の力は強大でした。
僕を含めたイーリスの孤児は、全員が異空間に拉致されました。
そして――7つに分裂した辰砂の欠片を、それぞれの心臓に埋め込まれて……。
あの時の前後の記憶はあまり残ってませんが……辰砂は、【人間という存在が大嫌いなため、人間を使って楽しく遊ぶことにした】……と宣っていたのは覚えています……。
その直後に――僕達の中の1人が、見たこともない姿のバグに変貌したんです……頭の良い女の子でした……。
時を空けて、残った僕達も……同じような目に…………。
それから辰砂は最後に……イーリスと職員の方達も証拠隠滅として滅ぼしました……〕
結局、ワルクの読みは当たっていた。
アンノウンの正体は、【辰砂の力で変貌したイーリスの孤児達】で確定。
真理把握でも漠然と悟っていたものの、本人からの証言なのだから間違いない。




