3章31話 「仕込まれた針」
「そ、そうか……今、わかった」
ドリアンは、ハッキリと聞こえる力のこもった小声で、
「髪の毛や、色合いが一瞬、お前に重なってはいた……。
……ルドメイシティで……僕が倒した幼い子供のアンノウンは……お前だったんだな……」
目の前の存在こそが、自身の顔の半分を崩壊させた敵の正体……。
「故郷にバグが発生した時――僕は別の地で任務をしていた……。
その後、お前だけの姿が確認できないと連絡を受けて、僕は帰郷した……。
暇ができた時はいつもお前を探していたが……いくら探しても見つけることはできなかった……。
次第に……世間ではお前は死んだことにされていた。
だけど……僕はお前がどこかで生き続けていると信じていた……。
でも……お前がバグになっているなんて、そんなこと知らず……考えつきもせずに……僕は、お前を……!」
ポースの霊体を模った像を見上げて懺悔するドリアンは、途中でうなだれて慟哭をもらした……。
「っ、ごめん……ポース……!
ごめん……!」
(……ドリアンさん……)
クノも、他の皆んなも言葉が出なかった。
(弟さんがいることは前に聞いていた……。
でも……ずっと前から行方不明になっていたなんて……知らなかった……)
ドリアンは8年も会っていなかった弟と、アンノウンとして再会した。
しかし、互いの正体に気づかずに殺し合いをし、その果てに――
(今のあの人が、どんな気持ちなのかは分からない……。
だけど、ぼくとシノも、5年前から今まで……アルシンさんとファムさんのことで色々あったから、分かるところはあるはずなんだ……。
けど…………かける言葉が見つからない…………)
やがて。
「…………ビフォン……」
見上げてきたドリアンの険しい顔は、自分を罰しているようだった。
「……ポースは死んでいた――僕が殺した……。
あの子はアンノウンになっていた……。
だが、それはつまり――失踪した【イーリスの7人】の内の1人がポースだった……ということだろう……?」
「……………………そう……だと思うわ……」
長い沈黙の後の返答は、ビフォンらしくない弱気なものだった。
「――やってくれ、最終段階の【ルベド】を……!
何故こうなったのかを、ポースから直接聞きたい……!
そして……あの子を、アンノウンにされた孤児の方々を、ここにいる仏様達全員を――きちんと救うんだ……!」
そんな彼女の肩を強張らせる、重い両腕の食い込み。
「ドリアン……」
「ぼく達からもお願いします……」
「ええ、わたくし達はこのためにここにいるんですから!
身体の方はもう回復しているので、いつでもいけますわ!」
言葉に詰まっているビフォンに、クノとシノは声を震わせて発破をかける。
「…………この結果は私も想定外だった……。
だからと言って、ここまで頑張ったんだから、私も投げ出す気はない……分かっているわ……。
……だけど、」
ビフォンは兄妹を気遣わしげに見渡す。
ファムの回復を受けているのにも関わらず、2人は明らかにフラついて衰弱していた。
「……大丈夫なの……?
ファムちゃんの回復能力が減退……はないわよね……」
シノに寄り添っている当のファム本人も、どういうわけか彼らと同様の状態になっていた。
(調子が……おかしい……!)
(どうなっているの……?)
(力が……入らない……!
これじゃ、いくら回復しても誰も治せない……!!)
そして――
「…………グアッッッ……!!」
連鎖するように。
アルシンも口から血を噴射して倒れた……。
ニグレドとアルベドで身体を酷使した反動が、遅れて今にやってきたとでもいうのか……。
(クソが……!
命が鈍っていく……!)
* * *
「――どうだ、追い詰められた味は?」
「そう、か……!
その鈍の刀身に、何か仕込みやがったな……!
触れた対象の命の光を……著しく低下させる……そんなとこだろう……!」
「貴様が機関を逃げてから開発した秘薬――【プリマ・マテリア】……。
全ての物質の頂点に立つ性質故に、最高純度であれば霊長類最強の存在をも容易く無力化できる……。
あの餓鬼どもを賢者に売った時にも使用した、【対オド特化型】の原料にもなったもの……。
私が銃を出さないことに疑問を抱かなかったのか……?」
真っ二つにされたブウェイブの体は、源躍流の回復術でくっ付いている。
……それでも、真一文字に刻まれた傷口から流れ続ける血液。
「……ッグッ、……!」
「……どうした?
穴を塞ぎきれていないようだが……?」
完全な姑息療法を行おうとしても、プリマ・マテリアの効果によって阻害されてしまっている……。
「……そうだ。
貴様の今の推測……正解を教えてやろう」
エクラシーは長剣をこれ見よがしに、ブウェイブの目元におもむろに近づけた。
「――何も敵を刀身に触れさせなくてもよい。
刀の一振りでマテリアが空気中に散布され、敵の皮膚に感染させることができる。
マテリアは体外に放出されないため、感染者は他の者にうつすことはない。
標的以外の者には害を与えない――どうだ、素晴らしいだろう?」
「だから……どうしたってんだ……!」
エクラシーは、人差し指をチッチッチッ……。
痙攣してひざまずくブウェイブを、どんどんと煽っていく。
「貴様が来る前にも振るっておいた……。
あの餓鬼どもは今頃……死の淵を彷徨っているかもな……。
理由も分からず――ククク……」
「――何だと!?」
自分が英雄になるのに邪魔な存在は全て消し去る。
実の息子だろうが、娘だろうが、関係ない。
あの2人は【武器】でもあるのだから。
ザクッ!
「!」
「貴様はそう簡単には消えてもらっては困るな!」
エクラシーはブウェイブの腹に、怨念に満ちた刃を突き刺した。
ザクッ!
「!!」
「私を裏切った罪――存分に償ってもらうぞ!」
ザクッ!
「……ゥゥッ……!」
「おやおや、逃げるつもりか……?
そうか、あの餓鬼どもを助けに行こうと言うのだな?」
ザクッ!
「健気!」
ザクッ!
「殊勝!」
ザクッ!
「偽善者が!」
ザクッ!
ザクッ!
ザクッ!
* * *
(このままじゃ、この子達全員……恐らく死ぬ!
どうしてこうなったの……!?)
マインダー達は、動くことはおろか、喋る余裕すらもなくなっていた。
着々とエクラシーが仕込んだ【毒】が効いてきている……。
「……ア、アア……」
唯一皆を回復できるファムも、ピクピクと床に転がっており、それどころではない……。
(私には解放しかできない……どうすれば……)
「ビフォン!
どうなっている!?
何故、クノ君達が――」
「ごめん……」
ビフォンの力のない言葉は。
自分の瞳が見通す内容と、自身の頭で巡らせる対処法の思案……分断した二つの線路を連結させた終着点だった。
「しっかり……してよ……っ!」
「……!?!?」
息の荒い横槍が、ビフォンの頭を叩きつけた。
「あなたが、今回の責任者なんでしょ……!?
任されたんでしょ……!?
一番に諦めて、どうするのさ……っ!
太陽の時間……ってヤツを……見せてよ!」
「……ミープちゃん……」
その瞳は、余計なモノも暴いてしまう。
だからこそ、ビフォンは物事の結果をすぐに決めてしまえていた。
だが――
(ぼくは……ここまで戦ってきた……!
……その結果起きたことの、責任を果たさなければならない……!)
(兄さんと、皆さんと一緒に……バグにされた人達を助けたい……!)
(ナハトは孤独でも戦い抜いて勝った……!
今のおれは孤独じゃない……!
だったら、おれ達は100%負けない!)
(せっかくわたしは生き返ることができたんだ……!
なら、生き返れなかった人達の分までやることをしないと!
怖がりで弱いわたしを助けてくれる人達だっているんだから!)
「…………皆んな……」
その瞬間ビフォンの瞳に映っていたのは――まだ消えていない灯火の欠片……。
…………!
「ミープちゃん……あなたも、辛いんでしょ?」
「……まぁ、ね……。
でも、ワタシは……何度でも、生き返れるから……」
ミープもマインダーと同じ目に遭っていることを見抜いたビフォンは、【彼女の性質】に着目した。
「……アルシン君――あなたの力を貸してもらうわ……。
2人とも……少し、我慢してね……」
ビフォンの両手から伸びる、白い精気の糸。
「…………おっ、何となく、分かるよ……。
今、巫女さんがやろうとしてること――!」
ビシヤァァァッッ…………!!
「………………」
ミープは力尽きて、口を開いたまま倒れた。
直後――すぐさま蘇生を始める全身に浴びせられたのは、アルシンの左腕から噴き出す血……。
ビフォンは解放の糸で神経を操り、アルシンの身体を強引に介抱の後に解放させた。
そして、アルシンをマリオネットのように動かし、彼の血液が持つ効果をミープに作用させたのだ。
アルシンの血液の力は、真実を見通すビフォンの言によれば――【場の空気に干渉して状況を自在に変えてしまえる力】……。
(……きっ…………っっっっ……つい……!!)
マインダー全員とミープが被っている被害を、不死身であるミープのみが被るように状況変換。
それは、人形を用いた禊祓の儀式を人間に置き換えた応用。
「…………はぁ、はぁ、…………うぐぅっ!」
自分だけでなく、更に4人分の毒も代わりに受けることになったミープの世界は、死亡と復活の循環のリング。その中にいるのは、自分だけ……。
「巫女さん…………ワタシ一人が苦しんでいる間に……ミンナをなんとかして……!!」
これはビフォンが考えたことでもあるが、それよりも先にミープ自身が望んだこと。
アルシンの血の力で、【マインダー全員をミープと同じく不死にする】という処置もこの場では有効だったはずだろうが、彼女の心はそれを許さなかった。
もし、彼らを不死から戻せなくなった場合。
友達を、自分のような人の理から外れた異端にしてしまうことになるのだから……。




