3章27話 「逆襲のカラー」
ズドオオオオオオオォォォォォォォォォン!!
鳥籠が刹那にベコベコにひしゃげ――立ち昇る爆煙。
「何ィ!?!?」
神は震撼。
砂塵と煙幕の中、紅いスパークが空気中を歪めて迸っている。
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深閑に急変した室内。
「き、貴様……」
魔神の境地に至ったばかりのエクラシーは、目の前の想定外――降り立った赫焉の稲光に釘付けとなっている。
「…………フーーッ、フーーッ、フーーーッッ!!」
獲物を前にした飢えた獣のように荒々しく貪欲な呼吸。
殺伐とした鋭い眼光。
派手に逆立つ赤い毛先。
「…………来たぜ、おれが思った通りの覚醒が……!!」
とめどない血涙を流す血相に、漆黒の仮面が装着された。左手には新しい武器――【ミョルニル】。
「……その得物は――【雷神の槌】ではないか……!
何故、道具風情の餓鬼が!」
逆上の気炎に身を焦がすエクラシーの周辺では、黒焦げになった羽毛の塵が堕落していた。
「……アルシン……それは……」
ミョルニルを目にしたファムは、急に懐旧のような感情に包まれていた。
「――クノ……この外道はおれが成敗してやる!
その後、そっから出してやるよ!」
アルシンの左手に伝わる、凄まじい高熱と真理把握。
【その左腕は【火】に触れると大爆発を起こす。
だが【熱】の段階ならば問題ない――それが、どれだけ高温であろうとも……】。
「行くぜ!!」
返事のない背後を一瞥するのも惜しいアルシンは、一気に跳躍。
早速ミョルニルを、前方の外道を守護するシールドへと叩きつけた。
「!?」
「神は負けはせん!!」
ミョルニルの打撃は、シールドの分厚い膜に押し返された。
「図に乗るな!
貴様らは所詮、私の養分に過ぎん!
リエントをバグから救うのは、私独りぼっちで十分!!」
ゾウのように長い鼻がシールドを透過し、バランスの崩れたアルシンの胴体に巻き付いた。
「……うわああああぁぁぁ!!」
「神の羽ばたきの前にひれ伏せい!!」
アルシンは逆さまの格好で空中に投げ出された。
すかさずに、全身を引き裂こうとする鵬翼の羽ばたきが迫る――
「――なめんなああっ!」
不安定な体勢だろうと、アルシンは往生せずにミョルニルを振り下ろす。
「おれの執念……甘くみんなアァァ!!」
アルシンの左手から、髪と同じ色のエネルギーが血飛沫のように空気に飛び散った。
ミョルニルのヘッドが点滅……。
ほぼ同時に、鵬翼の中枢を神速の稲妻が突き抜けた。
究極の矛と盾が激突。
「誰かを犠牲にするやり方を選ぶ奴は……御大層な大義を掲げても、絶対に勝てねぇんだよ!
おれは昨日、そしてさっきも学んだ!
あんたにも教えてやる!」
「ほざくな、黙れ!」
「ほざく、喋る!」
「何だと!?」
やがて、盾の方にヒビが入り、稲妻が侵入。
「よし!」
アルシンはガッツポーズで勝ち鬨を上げる。
攻撃力に特化した彼の一撃に、シールドの亀裂が見る見ると広がって割れていく……。
「神は人間に負けん!
不変の事実!」
厚みが数倍増したシールドが新たに構築。内部を疾っていた稲妻が捻られ、そのままアルシンへと反射された。
(クソッ、せっかく覚醒したのに……!)
アルシンも黙ってはいない。瞬時にミョルニルをブンブンとスイングして、迫る攻撃を弾き続ける。
(……攻撃の通らなさに、このしぶとさ……!
神を気取るのは伊達じゃないってか……!)
「アルシン!」
下の方から、一対一に割り込む信愛。
「……ファム!?」
「にっ」
彼女は笑っていた。
そのボディは、身の丈以上の白い仏炎苞に包まれていた。まるで、風呂上がりにバスタオルを羽織るように。
「よく分からないけど、急にわたしも使えるようになった……新しい力!」
ファムの額から、やや濁った色合いの鮮血が滴り落ちる。
「うお!?」
そして――アルシンの体も、上から下まですっぽりと仏炎苞に覆われた。
「!!」
直後。
鵬翼のハリケーンが、アルシンの体に被さった仏炎苞に直撃。
「馬鹿な……!」
エクラシーは単眼を何度もパチクリ。
仏炎苞の【防護服】は、自身のシールドのようにびくともしていなかった。
先程は、ファムのマインの盾である花嫁装束を容易く引き裂いたというのに……。
「あり得ん!」
それならば……と、標的を変更。
「無駄です……!」
しかし、こちらの仏炎苞にも攻撃は通らない。
(赤髪の次は白髪もだと……!?
一体何が起こっている……そう言えば、殺したはずの小娘の姿が――)
その時。
シールドが内側へとしぼんで、後退を始めた。
「!」
エクラシーの頭上。
座布団サイズの白・ピンク・黄・紫・黒の花びらが舞う、虚空をねじらせる竜巻。
その渦の中心には――
「グウウゥゥ〜〜〜ッッ……!!」
エクラシーは鼻息荒く歯軋りを鳴らす。
途端に空間に地響きが走った。
「きゃあああ!」
「ありがとう!
休んでて!」
よろけて尻餅をつくファムを、上から労う少女。
ファムの霊薬で無事に復活したシノだ。
彼女はファムが繰り出した花びらの1つに乗り、サーフボードのようにして操っていた。
強制的に体幹を乱してくる竜巻の中でも器用にバランスを取って。
アクロバットにハリケーンを避けながら、空中を駆け抜けて……。
「ふざけるのも、そこまでだ!」
空中でターンしながら接近してくるシノの死角を、的確に突いてくる攻撃。
ヘビのようにウネウネと迫って展開される、ゾウのように長い鼻。
「……ッ!」
シノの進路と退路が一息で潰れた。
「相手が悪かったな!」
しかし……シノを妨害するヘビとゾウは雷様にヘソを取られた。
邪の道は、シノの通行許可を余儀なくされたのである。
「お……おにょ、おのれええェェェェ〜〜!!」
エクラシーの視界に入る虫唾。
分裂して伸びる赤黒い左腕と、その腕達に次々とパスされながら振り翳されるミョルニル。
「どうした、どうした!?
養分のおれらよりも、あんた弱いじゃん?」
「!」
神の巨躯が備えている血管がブチ切れた。煽られたからではない。……いや、それもあるが。
ミョルニルとサーフィンに気を取られている間に、エクラシーのシールドの減退はどんどん進んでいた。当初よりも明らかに強度が落ちて薄くなっている。
「死に損ないの小娘が……!」
宙を舞って空を駆けている間に、シノはマインの剣を発動させていた。
彼女の胸元のカメラに写されたシールドは、オールドに退化したのだ。シワシワのヨボヨボになった盾などに、満足な自衛がこなせるはずがない。
エクラシーの憤怒も束の間――プスッ……! と、オールドに穴が空いた。
「グッ、」
この機に乗じた追撃を、伸ばしきった鼻の鋭敏な嗅覚で察知したエクラシーは、入り口方面へと全力で飛び退る。
バリバリバリバリバリバリバリバリ…………!!
「――ガ、アアア……ゴグゴグアアアア…………!!」
自称の神は呆気なく地に堕ちた。
オールドに空いた僅かな針穴から、ダイレクトに流される高電圧の雷撃。
雷神の仕打ちにエクラシーは打ちのめされていく。
所詮は付け焼き刃の紛い物の神と言わんばかりに……。
「どーよ?」
アルシンは得意げにニヤついた。
(私が……このような糞餓鬼どもに負けるなど!!
そんなわけはないっ!!)
エクラシーも神の力で対抗。
オールドが勢いを取り戻し……形成されていく層に押されて、雷がかき消されていく……。
「何!?
おれの覚醒技が……」
雷は完全に消滅。
オールドはシールドに戻り、最初と同じ状況に仕切り直された。
「フハハハハハ!
いい思いをするのもここまでだ!」
これでは、シノのマインでシールドを破れても、堂々巡りの膠着状態が続くだろう。
「……と、言ってられるのも、今のウチだ!」
「ゴアッ………………!!」
先程シールドに空いた小さな隙間は……まだ完全に閉じきってはいなかった……。
そこに、アルシンは自分の本来の能力――【毒ガス】を放り込んだのだ。
「ヤ……メロ、ヤメロオオオオオオオォォォォ!!」
エクラシーは全身をバタつかせ、尚も穴から侵入してくる毒の遮断を試みた。
彼のしぶといあがきが功を奏したのか。
シールドに空いていた穴が完全に塞がれた。
「ナ、ガッ!?!??!!?」
……だが、それによって。
「馬鹿でも、最低限の頭は回るもんだ。
これがあんたらの下で訓練してきた成果だ!」
今のエクラシーは、シールドで密閉された空間の中にいる状態。
そう――【万物を殺す毒】がその中に入っているままの状態……。
「安心しろ、殺しはしねぇから」
(まず、まずい……!
まずは一旦、この場から逃げなければ……!!)
それだけを念頭に入れて方針転換。
エクラシーは脚部に全身全霊を込めた。
「……ウッ!?」
自分は神。
たとえ追い込まれても、逃げきれるはずだった。
(体が……引き寄せられていく……!!)
いつの間にか、両足を掴んでいた物体。
槍のように鋭く、糸のように細い――【頑丈な尻尾】。
シールドに穴を空けたのはこの尻尾だったのだと、エクラシーは理解した。
(奴め……!
気配が全くなかった!)
シールドごとエクラシーを引っ張る尻尾が猛烈な速度で向かう先は――言わずもがな。
バ……ッコオオオオォォォン!!
超速での激突。
鉄籠が割れる……。
「――潮時……!」
懐に駆け込んだシノのマインが、エクラシーのシールドを引っぺがした。
もはやそこにいるのは、無防備な裸の神様に過ぎない。
「姉さん……力を貸してください!」
イザナミ改に全身全霊を込めたシノ。
風を切り裂く真空刃の胴回し回転蹴り。
「…………ウグ……!」
エクラシーの長鼻から人中にかけて……。
オドの瀑布の鈍器が、彗星の勢いと軌道で叩きつけられた。
「……ヌァッ!!」
続いて。
焼けるように熱い衝撃がエクラシーに走った。
それは神の眼球を抉る一撃。
頬の皮と肉を捲るように打ち込まれるジョルトブロー。
鉄拳の背後で流れる、天に漂うマナの川――
「神様ごっこは終わりです」




