1章7話 「アルシンとファム」
中心都市【ハウモニシティ】へは、24時間運行している電車で5駅。
西部スーカン村から東に10km程進んだ先にある農村――【アウェイ村】。
クノとシノの2回目の任務地である。
賢者になってから3日目。
今回の任務から、支給された武器の装備が認められた。
前線で戦う賢者達のそれぞれの戦法や特性、得意分野等に合わせたモノを、政府や各地の研究機関が開発している。
人通りが少ない村外れの墓地が、発生観測地点。
前回よりもオーブの硬度が高い【ハードタイプ】30体を討伐。
それが、今回の任務内容である。
クノとシノは、15分後にバグが出現すると観測された地点へと歩く。
時間に少し余裕があったからか、【ブレインマップ】の実践にと、戦闘区域よりも少し手前に転送されたのである。
(脳に意識の一部を飛ばすことで、拡張された脳内スペースへのアクセスを行う……。
それだけで、脳に埋め込まれた地図や電話機能が使える……。
確かに、便利ではあるけど、まだ慣れないな……)
クノとシノの頭の中には、現在アウェイ村の全体マップが、緻密にはっきりとした像をもって浮かんでいた。
バグが出現する予定の位置には、赤い×も付けられている。
賢者特権のブレインマップ――第三の目で地図を見ている感覚だ。
そうして、脳に作られた新たな機能に戸惑いながらも、目的地へ向かって歩き続け、
赤印まであと500m。
「……!!」
突然、シノがクノの肩を強く掴んできた。
「……?」
青ざめた血相をした彼女の手が、小刻みに震えている。
「どうしました、シノ?
怖くなりましたか?」
〈またしても発生だ、またしてもね〉
シノが口を開く前に、ハンディーからの念話。
〈アクシデントだよ。
民間人の子供が2人……バグの出現地点にね……〉
〈でしたら、レディクさんのような防衛省の方をすぐに向かわせなければ。
まだ、8分程ありますし……〉
ブウェイブに教えてもらったやり方で、クノもしっかりと念話で応答。
時計も脳内に表示させながら対応する。
相手からの念の脳波信号に、こちらも念を乗せた脳波信号で返せば応対が可能。
早い話、テレパシーである。
ちなみに、脳内に保存された対象の脳波情報を選択して、念を飛ばせば、こちらから送信することも可能。
一度に複数の対象と同時に念話をすることだってできる。
〈言っただろ、アクシデントと。
来てしまったよ、予定よりも早くバグが。
だから間に合わない〉
ハンディーからの重い念。
〈…………え…………〉
事態を理解したクノとシノは、一瞬硬直した……。
* * *
〔…………〕
ツリーハウスの秘密の隠れ家がある墓地の裏手。
「おい、バグども!
このおれがいる限り、この村には手出しさせないぜ!」
「ねぇ、お願い!
早く隠れ家に避難しよう!
バグは、建物の中なら襲ってこないはずだから!」
モノクロのような配色のバグ――【ハードタイプ】30体の標的にされる少年と少女……が、口論中。
「ファムはおれの力を信じてないのかよ!?」
赤いツンツンヘア、真紅の三白眼の少年『アルシン』。
血で染まったような赤黒い左腕。
「【ナハト】と現実は違うって、アルシン!」
白いセミロングヘア、綺麗なコバルトブルーの垂れ目の少女『ファム』。
純白で形成された右腕。
両者共に、その片腕は異様な風体をしていた。
「アルシンの力は確かに強いけど……それとこれとは別じゃない!」
「おれは、みんなもファムも守るんだよ!」
アルシンはその歪な左腕に思いの全てを込めて、バグの大群へと果敢に突進していく。
「はあああああああ!」
左手による打撃が、バグ1体の膝に命中。
目の前にしているハードタイプは、一般的なコモンタイプよりも弱点であるオーブの耐久力が高い。
しかもオーブが小さいため、弱点を突くのはコモンよりも容易ではない。
〔…………!!〕
……が、バグはアルシンの一撃で仕留められてしまった。
その拳が、オーブにすら当たっていないのにも関わらず……。
「どーよ、思ってたよりも弱いじゃん?
コイツら?」
ファムに向けられた得意げなニヤつき。
「…………うそ…………」
信じられない。ファムは呆然と立ち尽くす。
「よし!
おれが全員ぶっ倒す!」
調子づいたアルシン。
左腕のみを使って、バグの数を少しずつ減らしていく。
バグの種類は全部で4タイプ存在する。
どんなタイプであろうと、胸元のオーブが弱点である。
しかし、弱点を潰さなければ絶対に倒せないというわけではない。
攻撃をどの部位だろうと命中させ続ければ、倒すことは可能。
民間人、その上、世の中に疎いアルシンは、バグの弱点を知らなかった。
彼のデタラメな攻撃は、毎度バグの違う部位に命中していた。
それなのに、アルシンの打撃は耐久特化のハードタイプにしっかりと通るどころか、たったの一発で倒せている。
これは、明らかにあり得ないことだった……。
「うおおおお!」
しかし……そんな奇跡はいつまでも続かなかった。
〔!!〕
バグの伸びる蹴り。
「……ごふっ……!」
アルシンの水月を掠めた。
直撃は免れたものの、アルシンは遠くまで吹き飛ばされる。
そして、10m先の木の幹に叩きつけられた。
「アルシン!?」
ファムがアルシンの元に駆けつけようとした瞬間、
「……きゃああああっっ!!」
いつの間にか迫っていたバグに、首元を掴まれた。
「…………ファ、ム……!?
……やめろ……!」
「…………あ、ああ……!」
〔…………〕
バグは恐怖心でいっぱいの震えるファムを、狩りで仕留めた獲物のように掲げている。
そして――その腕がドリルのように高速回転。
ファムの心臓部へと向かって……。
「ファムゥゥゥゥゥゥ!!」
突如、アルシンの視界の先に、綺麗な花道が作られた。
「…!?」
ファムを狙っていたバグと、その付近にいた数体のバグが消えていた。
「…きゃっ、」
宙に浮く自分を支えていた存在が消えたことで、ファムは自由落下。
シュン……。
「!!」
虚空を横切る1つの人影が、高速でファムを連れ去った。
人影はアルシンの傍まで一息で宙を跳び、静かに着地。
「…………えっ??」
ファムはお姫様抱っこされていた。
「お二人とも……大丈夫ですか……?」
同じくらいの年齢をした黒髪の少女。
ヴァイオレットの眼で一途に、アルシンとファムを交互に見つめている。
「「…………」」
放心しているアルシンとファムは、少女の問いかけに答える余裕がなかった。
「……そこでじっとしていてください。
……兄さん、バグは残り15体。
天啓の使用残数は…あと1回!」
「それで倒しきれなければ……ぼく達の武術がありますよ!」
少女の後ろに、薄いシルバーの瞳をした黒髪の少年。
悠然とした様子で立っている。
雰囲気の似ている2人は、互いに顔を見合わせて手を握り、残りのバグ軍団がいる花道の背後へと向き直った。
金で作られたパンチンググローブを装着している少年は、右手を握りしめ。
少女は、黒い革靴で足元をトントンと突いてアップ。
「行きますよ、シノ!」
「はい、兄さん!」
共に手を取って、2人は花道へと跳躍。
永遠の契りを交わして、バージンロードを駆け抜けているかのようだった。
一切の苦難も、2人なら乗り越えてみせると繋ぐその手が、その背中が、足取りが宣言している。
「…………あのスーツは……賢者…………」
「わたし達と同じくらいの子なのに……すごい……」
アルシンとファムを救った賢者。
2人の窮地を救った賢者の一瞬は――奇跡だった。
奇跡を起こす賢者へと至らされた兄妹は、この先も、その誉れの光を絶やさずに灯せられるのか……。