3章24話 「枉死城」
枉死城内部。
上層――ブラックカーペットが敷かれた玉座の間。
仄かな灯りに支配された室内は、命を削ぐ気配に満ちていた。てっぺんが見えない程高く伸びる天井には、千を超える鳥籠が提灯のように吊るされている。
〔…………〕
〔…………〕
〔…………〕
〔…………〕
鳥籠の中には――バグ、バグ、バグ……。
それだけでなく、人魂のような球体や、うっすらとした人のシルエットが入っている鳥籠もある。
死の世界――現世とは隔絶された特異世界。
その果てに形成されたこの城は、死んだ人間の魂――とりわけ暴走して悪霊と化すような癒されない魂ばかりを収監している。
……なのに、向かい合うとある2つの鳥籠には、生身の囚人が2人……。
「…………退屈だからなんか歌えよ」
「カラオケは昔、シノと姉さんと行ったことありますが……音痴なのが発覚してぼくは行かなくなりました」
マインを発動したままの、クノとアルシンである。
何故こうなったのかと言えば、気がついたらこうなっていた……としか言いようがなかった。
「何歌うんだよ?」
「【あなたのお目目 大丈夫ですか】」
「……目薬のCMソング?」
「150年くらい前の曲です」
「……ジジくせー……。
お前いくつだよ……!?」
「機関にいた時の教科書に載ってた曲なんですが、シノは覚えてませんでした」
「……いいや、おれが歌ってやる。
【闇殺忍隊ナハトナイト】のオープニングテーマ――【NIGHT KNIGHT】をな!
(これしか知ってる曲がない)」
「無駄に体力を消耗しないようにした方がいいですよ、任務はこの後なので。
リラックス、リラックス……です」
「マジでお前ジジくせーな」
「子供らしくないとは、昔からよく言われますよ」
鉄格子に背中をもたらせて座り込むクノと、仮面を脱ぎ捨て仰向けで寝っ転がっているアルシン。
2人とも、そこから脱出しようともせずに能天気を貫いていた。
ここに来た直後――真理把握が2人に囁いていた。
籠の中にいるシルエットや魂達は皆――【これからバグ化する予定になっている、現世で死んだ人間】と、【先月忽然と失踪したイーリスの孤児7人】なのである…………と。
すなわち――今までのバグは、ここから次元空間に転移して現世に発生していたのである。
……とはいえ、その重大な真実がここに来て早々に分かったのはよかったものの、
「これじゃあ、おれ達が囚われのヒロインだぜ。
ファム、ごめんな……」
「シノ……。
皆さんが来るのを待つしかないですね。
マインでも、あなたの左腕のパワーでも……この檻を砕けませんでしたし」
「ジッとしてるのは、昔から苦手なんだよな」
「どの道……皆さんが揃わないと、ここにいる方々の魂を癒すことはできません。
少し休みましょう、そのうち出られますよ」
「ビフォンさんなら、コレを開けられるかもな」
どうすることもできないことに諦めたのか。
彼らの言葉は飄々としていて、どこまでも他人事の他力本願だった……。
* * *
その頃、枉死城中層部では。
「みんな……どこにいるの……」
意識を感じた時には、今にも心が死んでしまいそうな程の恐怖心で満ちていた。
いつ起爆するか分からない爆弾が精神にぶら下げられているような感覚。
先の見えない暗闇の中を一歩進むのもおぼつかない。
――同じ世界に、自分は5年以上いたというのに……。
「きゃああ……!」
純白の装束越しに伝わる打撃。
マインダーの少女――ファムは吹き飛んだ。
(――速い……!
暗くて見えない……!)
正確には見えてはいた。
……しかし、対処するだけの間がないのである。
闇の中を走って翻弄を繰り返す、銀色と赤紫の点滅。
(回復……すぐに回復しないと……!)
身に纏っている硬質なマインの盾のおかげで、受けたダメージは致命傷には程遠い。
(いや…………まず一旦防御して体勢を立て直してから――)
ファムはまともな戦闘経験がなく、訓練も今までろくに受けていない。その状態で、【戦線に立てる力】だけ得てしまった。
(違う……!!
まずは逃げて、たくさん距離を取らないと……!!)
――そのため。
彼女は1人になった場合の咄嗟の判断力と決断力が備わっていなかった。
(どうしよ、どうしよう!?
とりあえずは、全力で後退するしか――)
〔!!〕
隠し通せず滲み出る逡巡の針穴。そこに縫って入ってくる銀の糸が、ファムの脇をかすめた。
「ああっっ……!」
〔!〕
「!?!?」
何が起こったのか理解するよりも先に、体が地面に叩きつけられていた。
(……うぅ……い、一体……!)
必死にぐらつく視線を上に動かすと、自分の頭に振り下ろされている――金色に輝く腕。
(……バグ!?
――アレは確か、マグヌスタイプ……!!
じゃあ、さっきの銀の光はラピッドタイプ……!)
自分に襲いかかる攻撃の正体は掴んだ。
「あ、ああ……!
ああん……!!
いやああっん……!!」
けれども、降り注ぐ烈火の殴打は止められなかった。
マインの盾は容易くは破られてはいないが、ファムはジェネラルのバグの中で【最高火力】と【最速】の攻撃を受け続けている。
(どう、しよう……!?
右手の力を使う時間を与えてくれない……!
このままじゃ……!)
いつも、彼を叱って、窘めて、諭していた。
自分はしっかりしていると自負していたが……。
その認識は、今この場において強がりでしかなかったのだと思い知らされた。
「どうすれば、どうすれば……!」
情けないと分かっていても、狼狽えることしかできなかった。
ファムのマイン能力は、後衛からの回復特化。
1人での直接対決に適したモノではない。
「…………!?」
――突然だった。
もうダメかと思ったその時。しなやかな軌道の竜巻が吹き荒れて、暗闇の中で輝く金と銀が吹き飛んで行った。
「……どこにも明かりはないの……?」
すぐ側で、ぼやきがする。
「ないんだったら……」
ファムが知っている声。
「!!」
直後――唐突なフラッシュが広がった。
ファムは思わず目を覆う。
耳元の風のそよぎが刹那に激化していく……。
「ト・ド――」
声が弾んだ。
「メッ!!」
鈍器をぶつけたような音の後、空間一帯にインパクトが反響した……。
* * *
「倒さないように手加減するのも意外と大変ね……。
……あ……もう、大丈夫ですわ」
促されて、ファムは目を開けた。
一気に明るさがいっぱいに、無遠慮に飛び込んでくる。
そこには――モノクロドレスを着用した、もう1人のマインダーの少女。
「ありがとう……ございます……。
シノさん……」
まだ光に慣れない眼――身を屈めてこちらに手を差し伸べてくる彼女は、慈愛の女神のようだと錯覚させられた。
「アルシンさんも兄さんも見つかりませんが、安心してください。
わたくしがお護り致しますから!」
ファムの手を引っ張り上げて、シノは微笑んだ。
彼女の足には、新たに姉が開発した強化靴――【イザナミ改】が装備されていた。
イザナミ改には、装備者の生命を足先に溜める機能が備わっている。それにより、威力が格段に上昇した蹴りが空気と干渉した際に、竜巻のような現象を伴わせる。
そして、オドの副次効果で生存本能も高まり、回避力や察知力を始めとしたその他の能力も+される。
「この明かり……さっきまで暗かったのにどうやって……」
ファムの疑問に、シノは胸元のペンダントを掲げて答える。
「……わたくしのマインの剣は、ここに内蔵されたカメラですわ。
映した地点に様々な事象を発生させることができます。
カメラのフラッシュ機能で一瞬の光を作り、その光自体をカメラに映して事象を起こし、空間全体を明かりで満たしました。
咄嗟の思いつきでしたが、上手くいきましたわ」
「…………」
その慣れたような声色からは、これまでかなりの場数を踏んできたことが伺えた。
「……改めて言うことではないのは分かっています……。
でも、やっぱり――シノさんはお強いんですね……。
それに比べてわたしは……マインダーやってるくせに――」
「しぃぃぃ〜〜……」
自己嫌悪に苛むファムの口に添え当てられた人差し指と、頬を火照らせる吐息。
「…………シノ……さん……?」
「同じです」
「……えっ……?」
「わたくしも、昔から兄さんに頼ってばかりで、1人になると怯えてすぐ諦めそうになってました……。
わたくしにも、できないことが沢山ありますわ」
【死の世界】【真理把握】【真理会話】と、段階を踏んで繋がってきたお互いの気持ちを、今ここで更に連結させる。
「そして――力になりたい、助けたい、支えたい、守りたいと24時間365日思い焦がれる大好きな人がいることも……。
ファムさんとわたくし、同じですわ」
ハートの深層から引っ張り上げられた愛が、相手のハートの深層とキャッチボール。
(同じだから)
(助け合って)
(共有して)
(愛も共有して)
((なら、これはもう――))
彼女達が行き着いた答え。
「ファムさん」
「シノさん」
「「――お友達になってくれますか?」」
その言葉が重なった時。
互いのハートに広がっていく温もりは、あの時飲んだ特性スープの味を蘇らせて、前に進む大きな力を染み渡らせた。
「わたしは、【さん付け】されなくても大丈夫です……じゃなかった、大丈夫!
敬語じゃなくてもいい……よ!」
「そうですか……いいえ、そ、そう……?
ファム……じゃあ、わたくしも……。
シ、シノって……呼ん、呼んで……!」
互いに慣れないことをいきなり始めたものだから――
「「ふふっ、あははっ!」」
仲良く同時に吹き出してしまった。
……だが、ある人の言葉だと、これも一つの友情の形であるのだ。
今はぎこちなくても、不器用でも、これから育んでいけばいいのだから。
「行こう、シノ!」
「うん、皆さんを探しに!
ファム!」
ギュッと繋いだその手の中で生まれた希望。
その光を、闇に覆われたこの城に灯すために。
戦場のプリンセス達は果敢に駆け出していく……。




