3章23話 「12時の鐘が鳴るまでに」
――そこに光はなかった。
ただただ、ドス黒い空だけが広がっている。
「ここが――【死の世界】……」
「怖怖怖……」
「思ってたより、地獄みたいな感じね……」
ドリアン・ミープ・ビフォンの3人は、岩肌と切り立った崖に囲まれた山の中に立っていた。
100m程向こう――無数の部屋に区切られた巨大な城が聳えている。
窓の一つ一つから邪気のような不気味な匂いを漂わせているこの城こそが――今回の任務地である【枉死城】。
「【金光輪】はこのような場所を照らすためにあるのだが……使えんとは……」
異次元空間をも超越するこの世界は、リエントの科学技術であるネットワークのアクセスを一切受け付けない場所。
故に――【天啓】【念話】【ブレインマップ】。
アカシックレコードの受信端末となることで使用を可能としている賢者達の能力の全てが封じられていた。
簡単に言えば、【圏外です】ということである。
賢者庁からのモニター観測ももちろん、通信機や無線も繋がらない。
「持ってきた懐中時計が動いていない……。
この世界は時間の流れも狂っていて、今が何時かも分からないみたい……」
「ビフォン……。
君はこのような場所に訪れる仕事を何度もしてきたのか?」
「いいえ、初めてよ。
ついでに言うと、さっきの聖剣の儀式もね。
というかダクス史上、あの儀式はたぶん初の行いよ……」
「そうなのか……!?」
「職業柄……この手のことを教え込まれて鍛錬しているから対応できてるだけよ……。
本当に慣れてるんだったら、儀式の手際はもっとよかったはずだし。
それに辰砂…………あんな物もアルシン君達に集めさせずに、こっちでまともな代物を用意できたはずだし……」
「その割には、随分慣れているようだったが……」
「…………【ダクス】は天然の龍脈が多く流れる聖域なの。
神霊や超常現象の存在も古くから信仰され続けてる。
……最近の世代にダクスの棟梁となった巫女は、都市に伝わる大昔からの伝承や資料、歴代の棟梁や神職者の方々が積み上げてきた実績や記録……そんなのを参考にして、どうにか祭祀を行なっているのよ。
もちろん、この私自身もね」
「…………謙虚だな、いつも前向きで自信にあふれていた君にしては」
「……ご存知の通り、私は【フェンダイト】で生まれ育った。
私の血は、由緒正しいダクスの伝統的な血統とは全く関係がない。
ただ霊力が異常なレベルで強かったから、先代に跡継ぎ候補としてスカウトされたってだけだし……ね。
それでもっ、私はダクスの棟梁を務めていることに後悔なんかしていない。
私は自分の能力で人の役に立てるのが好き。
だからむしろ、すごく誇りに思ってるわよっと……!」
ビフォンはドリアンの方を見ずに、枉死城に目を凝らしてじっくりと……何遍も眺めながら答えていた。
「……なかなか皆んなが見つからない……。
もう少し、探してみる……」
まるで釣果ゼロの魚釣りを続けた挙げ句、【釣れないわね……】と独白をぼやいているようなトーン。
「ねぇ、……実は外にいるんじゃない……?
まだここに着いてなかったり……して……?」
完全に腰を抜かして震えている傍らのミープが割り込んだ。彼女は現状に痺れを切らしたのか、ビフォンの後方を指差した。
そこには、全長50m程度の小さなオンボロ吊り橋。
橋の先に、縦に伸びた光で形作られたゲート。
ビフォンの言によれば、ここを抜けると現世に帰れるらしい。
ただし――ゲートが開いているのは、【10月31日の間のみ】。
「……その可能性もあるかもしれないけど、城の中にいるかもしれないから、きちんと確かめるのが先。
一回現世に出たら、もう戻って来れないかもしれないからね」
「かもしれない、かもしれないって……ハッキリしないなぁ……!
この手の専門分野のくせに!」
「だから、何が起こるか分からないし……私は初めてなんだって……。
集中しているから何度も言わせないで……!」
「……ぷくうぅ〜〜……!」
しばらくした後、ドリアンが突然に目を見張った。
「!」
大きく弧を描く――死の世界の地に走る剣先。
衝撃で巻き起こる突風。
金に近い毛が静かに揺れる……。
「こいつは……」
瞬時に抜刀した煌星を構えるドリアンの上空――オレンジの儚い光が2つ。
〔……〕
煌星の刃先とまっすぐの軸線状――ゆっくりと土に降りていく、切り込みの入った黒い影。
「敵……いや、【バグ】!?
この世界にいるってことは――」
ミープはバネが伸びたように機敏に跳躍して立ち上がった。絶賛恐怖中でも、流石はバグ戦のエキスパートであるマスター賢者。
「つまりそういうこと……かもね!
儀式の前に言ったこと、忘れてないわよね!?」
ビフォンは城の方を向いたまま。それでも、横から見える口角はニヤリと吊り上がっていた。
「【決して倒すな】……だろ?」
「【攻撃も極力控える】……分かってますって!
舐めないで!」
「OK……!」
〔…………〕
〔…………〕
〔…………〕
急激に3人を取り囲むように湧いてきた、バグの大軍。その全てはコモンタイプ。
「それじゃあ、2人とも!
見つけたから、着いて来て!」
ビフォンは膝抜き瞬歩で、すり抜けるように包囲網をかい潜った。
その後に続くドリアンとミープは、それぞれの武器をフィールドに広く展開。
「ふっ……!」
残像飛び交う光速の斬撃が、円状に往復。
ビフォンの前後上下を守護する光のカーテンと天蓋になり、
「やっ!」
今度は柄尻にザイルが付属されたナイフの束。
変則的な軌道でそれらが宙を泳いで張り巡らされ、ビフォンの前後左右のガードケーブルに転化した。
「夜明けのお通りよ!」
様々な方向から無数に繰り出される斬撃。
その軌道の形が偶然に、ジャック・オー・ランタンの模様に描かれた。
さながら、シンデレラ・ビフォンを乗せたかぼちゃの馬車の爆走。今日がハロウィンであることも相まって、かぼちゃがとても様になっている。
現実の時間では 猶予までまだ半日以上あるが、時空の流れが異なるこの世界では、いつ12時の鐘が鳴るかは分からない。
〔!!〕
烈日な連携は、バグ達を一切寄せ付けさせなかった。しかし、攻撃の中身は手加減しまくっているのでダメージは殆ど入っていない。
「あそこ!
門から入るのタルいから、壁をよじ登る!
そっからは窓をぶち破って侵入するわ!」
ビフォンが指し示したのは、枉死城の上層――端の窓の一画。
「なら、ワタシの出番!
華麗にお城に連れてってあげる!」
ミープがザイルを手繰り寄せ、一息でナイフを回収。
「ふん!」
馬車の手綱を払った彼女は、流れのままに照準を変更。
ビフォンの示した位置に再び投擲されるナイフ。
……サクッ!
ナイフは狙い通りの位置よりも僅か下――城壁の小さな窪みになっている箇所に、ハーケンとして突き刺さった。
ナイフに付属されたザイルは、ぷらんと地上近くまで垂れ下がっている。
「――飛ぶよぉぉ!!」
大ジャンプでザイルに捕まったミープ。
テキパキと伝って、上へ上へと登っていく。ドリアンとビフォンも彼女に続く。
「窓から侵入する舞踏会というのも、粋なものだな!」
下にいたドリアンがミープをスイスイと追い越し、彼女の頭をグンと飛び越え…………窓の縁まで一番乗りで到着。
「「はっや!?」」
「!!」
ミープとビフォンがたまげている間に、ドリアンは顔の半分を覆っていた銀の仮面を外していた。
ガラガラガラガラ…………!!
ドリアンの左の視界に入った崖が、一瞬でバーニング!
〔!???!?!?!〕
崖の真下にいたバグ軍団は、瓦礫の雪崩で作られた巨大なバリケードによって、行手を遮られることとなった。
「申し訳ないが、舞踏会に招待されていない者達はお引き取り願おう!」
ドリアンは髪をかきあげるような仕草をし、仮面を再び装着。
「「なにカッコつけてるの……」」
「……エ……!?」
「リーさんは確かにイケメンだけど、狙ってキメようとすると、なんか……ダサい……」
「分かるわ、残念なイケメンってやつね……」
見たモノ全てを破壊するドリアンの左目の能力は、発動する度にチャージの必要があるので連発はできない。とはいえ、発動後はすぐに仮面を付けなければ仲間を巻き込んでしまう。
「狙ってないぞ、断じて!!
それに、君達だっていつも気取った台詞を吐いているだろう!
客観的に見ると、君達も結構残念な方だぞ!?」
軽蔑の眼差しで見られたドリアンは憤慨する。
「「…………」」
言われた少女2人は、お互いの顔を見合わせ、
「「確かに……!!」」
それまでとは違って、心の底から微笑みを交わした。
「……ったく、付き合っていられん。
先に中に入ってる」
拗ねたドリアンが窓を切り裂こうとした。
「待って、私がやる!
多分、私じゃないと開けられないから」
「……おい、待て――」
ビフォンの手のひらから――極太の白い精気。
「待てと言っただ……アアアアア……!!」
ドリアンは吹き飛ばされて、窓に強めに叩きつけられた。
「リーさん!?!?」
精気の力で木っ端微塵に砕けた窓の先へと、絶叫のドリアンが吸い込まれていった……。
「私達も行くわよ!」
ドン引きのミープを余所に、ビフォンは割れた窓に飛び込んだ。
「………………」
ミープは懐から、謎のピンクの玉を取り出し――
「なんて仕打ち!
やっぱ、あの人キラ~い!」
パン……!!
……と、八つ当たりするように、その玉を思いっきり城壁に叩きつけた……。




