3章21話 「ニグレド」
ドゴオォォォォォォォ……!!
ダクスの祭壇の間――穴の空いた天井から、降り注ぐ轟音と極太の光。
それは――ヌイの大平原で200以上の賢者が放った天啓の力。宇宙エネルギーも加わった状態でここまで転移してきた、絶大なパワーを持つ贈り物だった。
「さっすが先代ね!
やってくれる……!」
【数百の色を持つ鋼の聖剣】をその手に取ったビフォン。心なしか腕が太くなっているように見える。
「残念だったわね!
アザーワールドなんてダッサい偽名使ってないで、アルシン君としてまだまだ生きなさい!
ふふっ」
と、彼女は顔を綻ばせて勝ち誇る。
遂に聖剣が完成した。皆の生命の力の結集により、五大元素の【空】を成す最後の素材は無事に用意されたのである。
「……はい……すみませんでした……。
……ファムも……ごめん」
「……いいよ、もう」
しぼんだ風船のように気が抜けたアルシンを、ファムが微笑みで諭していた。
「そんじゃ、行きますか!」
ビフォンは得意げに身の丈以上の聖剣を掲げながら、祭壇を登っていく……。
「言っただろ?
ビフォンの目は全てを暴くと。
先月――彼女とアルシン君が初めて出会った時、恐らく彼女は気づいていたんだろう……彼の真意に」
「…………まぁ、上手くいったのならよかったけど……。
ミンナも無事で済んだみたいだし……」
穏やかな顔で幼馴染を眺めるドリアンに、ミープは不満そうに頬を膨らませていた。
「決めるわよ!!」
門を一刀両断する渾身の神秘。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。
時間の感覚すら何度も掴めなくなるこの激しい揺れは、まるでリエント全体が自転しているかのよう。
「ちょっと、気持ち悪い……うえっ……▩▩」
「姉さん、しっかり!?」
ベルウィンは賢者専門技師として肉体を鍛えてはいる。しかし、戦闘用の訓練は受けていないので、激しい規模の震動には耐えられない様子。
他の面々は、卓越した身体能力と平衡感覚に秀でた者ばかりのため、何ともないようだが……。
「ああ……ダメ……出ちゃう……!」
「――おれに任せろ!」
ファムもベルウィンと同じ目に遭っていた。
離れた位置から瞬時に駆けつけたアルシンが、彼女を抱っこして介抱。
幼少期の頃からずっと死んでいたため体が殆ど鍛えられておらず、右手の力以外の戦闘技術は皆無なファム。こうなるのもむべなるかな。
* * *
…………………………。
…………………………。
1分だったかもしれないし、1時間だったかもしれない。
そんな飄々とした煮え切らない時の流れが安定してきたと感じたのは、揺れが弱まってきたのを察した瞬間だった。
「……やった……の……?」
シノの片目に捉えられた、祭壇の頂に差し込む眩い光芒。
「フッフッフッ、」
低音の狂いが静寂に包まれた空間に響く。
こちらに背を向けていたビフォンが、勢いよく振り返って。
「成・功!!」
聖剣を片手で振り上げながら、太陽のように輝かしくVサイン。開かれた門からあふれ出す凄絶な光が、彼女の輝きを更に強めていた。
「ビフォン様!」
リーダー格の巫女が神楽鈴で何かを指し示した。
その先――いつの間にか用意されていた白い顔なしの【人形】。入り口上部の壁面に磔にされている。
「神降し――完了致しました。
後は……御霊の恩寵を授けられし依代を!」
「サンキュ!」
古来から、人形のような【人の形】をした物体には、呪術やまじない、神霊、穢れなどが宿りやすい。
人間の穢れや罪を代わりにすり付けて浄化する禊祓――それが、この人形の役割。
現在――5人の巫女が神降しの神楽を舞ったことによって、清廉潔白なこの人形にはダクスの先祖の神霊が宿らされていた。
人形に同化した先祖の神霊は、この世のあらゆる不浄を肩代わりする存在へと転生している。
「さあ……行くわよぉぉぉ!!」
大きく振りかぶって。ビフォンは人形に向かって聖剣を投げつけた。
聖剣の【不浄を断つ力】で人形に宿る【穢れ】を祓い、【バグ化という不浄】を滅ぼすために……。
聖剣はマッハで宙を飛行して、人形の胸を貫き……。
〈――な〜にをしているのだ!
チミ達は!!〉
藪から棒。
クノとシノは、久しぶりにあの……青筋の浮かぶ声を聞いた。
〈ここからは、この僕――偉大なる錬金術師、ルードゥス様にお任せあれ!〉
気がつくと。
人形を貫こうとしていた聖剣の動きが、カメのように……いや、それ以上にスローになっていた。
人形の胸まであと僅か数mmだというのに、まだまだ到達しそうにない。
〈兄さん、わたくし達……儀式に携わる5人の体感だけ操られているみたい……!〉
シノの言葉通り、残りの者達は時を止められたかのように微動だにしていなかった。
〈……ルードゥスさん……何かしたんですか!?〉
〈僕は念話を送っているだけに過ぎない!
この現象はチミ達の上司のせいである!〉
* * *
「コイン」 【五大:土】
ゴキッ……!
平原で呟かれた声と、左の人差し指が逝く音。
ダイヤの紋様が刻まれた黄色の硬貨が、長官のタブレットに表示されている。
そう――今祭壇の間で起こっている現象は、またしてもこの人のせい。
【コイン】という名の天啓は、現実の一瞬の中で対象に膨大な猶予を提供する、【時間転送】の技。
【時は金なり】という言葉を元にしたのだろう。
「…………ごふっ……!!」
ハンディー長官はその身の自傷をも厭わず、この日の天啓の使用回数を果たし……マスター賢者としての役割を終えた……。
* * *
〈チミ達は馬鹿か!?
もっと効果を期待できる禊祓があるだろうが!〉
賢者の石についてずっと調べていたルードゥス。
彼は長い研究の果てに、この場に介入できる武器となるモノを手にしていた。
〈赤髪と白髪の餓鬼ども、そして北の英雄もどき1号!
よくぞ、一度バグになってくれた!!
チミ達が尊い黒歴史を作ったおかげで、錬金術的に繋がった!〉
〈…………はい?〉
賢者でないため念話の使えないアルシンとファムにはこの声が聞こえていないが、むしろその方がいいのかもしれない……と、クノは思った。
〈賢者の石――伝承での主な素材は【硫黄と水銀】!
【硫黄には男性的】、【水銀には女性的な性質】があ〜る!
ということだから、今から【1号を硫黄】!
【2号を水銀】と見な〜す!〉
〈いきなり何言ってるのか分かんないんですけど……〉
〈伝承での賢者の石は硫黄と水銀に、
【ニグレド】【アルベド】【ルベド】の三段階を踏ませて作られている!
第一段階のニグレドとは、【硫黄と水銀の腐敗――黒化】!
それをチミ達に置き換えて考えれば……導き出されるのは一つ!
チミ達が持つエセ賢者の石を用いた、黒い異形な人型への変形――すなわち【バグ化】である!!〉
〈〈!?〉〉
兄妹は彼が言わんとしていることを、何となくであるが察した。
〈人がバグになるという可能性の穢れを断つために最も有効なのは…………実際にチミ達にもう一度【バグになってもらう】こと――それしかない!!
チミ達が【人間からバグになったという絶対的な穢れ】を、その人形に宿らせるのである!
人形を斬るのはそれからでも遅くはな〜い!〉
その方が今回の禊祓の目的に適している……ということらしい。
言っていることはまぁ分かる。
〈簡単に言いますけど、ぼくはもう二度とバグになんてなりたくありませんよ……!
暴走してまた皆さんの迷惑になれば……!〉
〈わたくしも反対ですわ!
兄さんをバグになんて!〉
〈それに……辰砂の意思がいなくなった今……バグ化は不可能だと……〉
〈チッチッチッ、都合の良い素材が運良くそこにいるではないか!
2つも!!〉
まさか……。
兄妹は同時に、混乱中のアルシンとファムを一瞥。
〈そこの……ベル……なんとかいうメイドにも協力してもらおう!
賢者でもないくせに、この仕事に首を突っ込めるだけの精神と能力を持っているようだからな!〉
兄妹はつくづく思う。
この男を心の底から味方と認識しきることができない……と。
〈時間は上司の天啓で十分に残されている!
僕の言う通りにしてもらうぞ!〉
* * *
「……なるほどな、おれは問題ねぇ」
「わたしも大丈夫……任せて!
あなた達はわたしが護るから!」
「右に同じ!」
(…………やりたくはない……)
けれども、ルードゥスからの作戦を伝えられた3人は快諾してくれた。
(引けない……!)
(せっかくの皆さんの思い……無下にはできない……!)
クノとシノは、両手を取り合って重なる。
「……ハアアアアアアアアアアアーーーー!!」
「タアアアアーーーーーー!!」
「オラアアッッ!!」
「ッッ!!」
「!!」
5人はそれぞれの全力を身体から絞り出して、たぎらせた。
マインの力を、辰砂が宿る心臓内にフルに循環させ……。
ドクン、ドクン……。
ドクン……ドクン……!!
「…………グッ、…………ゴアアッ!?!?」
「ギャアアアーーー!??!?」
覚醒していくクノとシノに。
アルシンの猛毒と、ファムの霊薬が襲いかかった。
四肢の骨が砕け、兄妹は崩れ落ちた。
硫黄と水銀の覚醒に、神薬が混ざり合って生じるのは、
(あっという間に……感覚が……飛んでいく……!!)
(わたくしの意識が……死ぬ……消える……!!)
毒が、兄妹を侵して。
薬が、兄妹を作り治す。
〔〔………………〕〕
双眸はオレンジに変色。
心臓には赤紫に輝くオーブのような物体。
「本当に……簡単になれるんだな……」
「それも、こんなに人為的に……」
アルシンとファムが呟いた。
番の黒い影――コモンタイプのバグ2体を見て……。
そこにいたのは――人類を守るために戦う2人ではなく、人類を殺すために戦う2人だった……。




