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3章20話 「アザーワールドだから」





 先月の話。


 D機関を抜け出したアルシンは、リエント最北の巫女の噂をたどって、ビフォンの元にやって来ていた。


 ビフォンから諸々の話を聞いた彼は、死の世界へ赴く準備を【今日】までに整えておくように彼女に頼み込んだ。


 そして、アルシンは独自に行動を開始――そうした果てに、紆余曲折(うよきょくせつ)あって今日がやって来た。



 10月31日――【ハロウィン】。

冥界を跋扈(ばっこ)する魑魅魍魎(ちみもうりょう)や、先祖の霊がこの世に帰ってくると伝えられている日だ(これに近いモノには、お盆や死者の日などがある)。


 この特別な日であるハロウィンのみ、本来現世で開かれることのない死の世界に繋がる扉を、儀式によって人為的に開くことができるのである。



 死の世界の扉を開く【鍵】となる【聖剣】を作るには、【生命エネルギーの結集】が必要となる。


 聖剣はそう簡単に作れるものではなかった。アルシンは迫る期日に備えて必死に考えた結果、【辰砂(しんしゃ)】を素材に使うと行き着いたのである。



 アルシンは辰砂をその別名から、人を不老不死にもできるという錬金術における伝説の存在――【賢者の石】と同質の物と位置付けていた。確かに、生命を司るその石なら素材に適しているといえる。


 アルシンは自分の心臓に宿る辰砂を利用することに決めた。

しかし、素材の()()でなければならなかったので、眠る肉体の中に辰砂が残るファム、辰砂を得て間もないクノとシノの辰砂も手に入れようとしていた。




 アルシンは、錬金術の基本である【四大元素】の理論を応用。


 この世は【火】【水】【風】【土】で成り立つという考え方。



 地上戦を主体とし、地を震脚で踏みしめるクノを【土】。


 空中戦を得意とし、激しくアクロバットな動きの多いシノを【風】。


 赤を基調とした外見の苛烈なアルシンを【火】。


 アルシンの対となる落ち着いた性質のファムを【水】。


 4人のマインを、それぞれ四大元素に対応させて同時に発動。そうすることで通常の発動時以上の膨大な力を獲得し、生命エネルギーの結集体となる高次元のモノを生み出す。



 現時刻、4人はソレの過程をビフォン達を介した儀式によって行っているのである……。




* * *




「皆んな……頑張ってくれ……」


 儀式に参加していない者達は、固唾(かたず)()んで(すみ)で立ち尽くすしかなかった。




「負けないで……!!」


 祈りを捧げるベルウィンの口から放たれた、癒しの波動。



 リン……チリン、リリリン……。


 ザバッ……。


 神楽鈴(かぐらすず)を振る巫女達の神降しの舞と、静かに跳ねる清水(きよみず)に、ベルウィンの援護が合わさった。



 空間が(おぼろ)げに侵食されて……。



((姉さん……!))


(不思議……あの人の声に助けてもらっている感覚……)


(身体が軽くなって楽になる……!?

もっと踏ん張れる……!)


 マインの真理把握の力が共鳴し、兄妹(特にクノ)だけを癒すはずのボイスが、マインダー全員に伝わった。





〈ねぇ〉


〈どうした?〉


 一方、念話をするミープとドリアン。



〈あの人……リーさんをボコスカやってたけど――〉


〈ビフォンが言っていたことは本当だよ。

僕は殴られて当然のことをした〉


〈……どうして、〉


〈彼女は全部分かっている〉


〈?〉


〈お見通しなんだよ、彼女の目は全てを暴くんだ。

何もかも純粋でまっすぐなんだよ、彼女は。

まさか、ダクスの棟梁になっているとは思わなかったが……〉





「――来た!!」


 念話は、ビフォンが不意に上げた轟きで幕を閉じらされることとなった。




 東西南北――四方の愚者のサークルに、緑・黄色・赤・青。



 天へと突き上がり、屋根を破り、大空を穿(うが)つ4色の柱。



 柱は中央の釜に吸い寄せられて、1つに収束していく……。




「ふっ、私に不可能はないわ!」



 釜の中から現れた影。



 影は徐々に、長く細い形状の物質と化していく。



 今ここに、聖なる剣が誕生……。




「……!?」


 まるで巻き戻しをするかのように。作られていた物質が気体へと移り変わっていった。




「…………まだ、生命の結集が足りないってことね……チッ……!」


 苛立ちを露わにするビフォンの裏で、




「………………。

やっぱりこうなるか……」


 こうなることを想定していた者が1人……。




* * *



 錬金術の基本は、四大元素の理論だけじゃない。



「生命の結集……最も相応しいのは――【正真正銘の命そのもの】」


 天啓のルーツにもなった、【五大元素】の理論も存在する。



「おれ自身の【命】を――五大元素の【空】属性にあてがい、全部差し出す!!」


 五大元素で追加された【空】は、四大元素を包括する最上の属性であり、これに自分の命を置き換えて考える男が、ここにいた。




「アルシン!?」


 名前を呼ばれた少年は、一歩踏み出す足に全霊を込めた。



 彼の体から、胸から飛び出す大きな気の塊……。




「アルシンさん、何をやって――」


「みんな、そこから動くな!!」



 ブシュゥゥゥゥゥゥゥ……!!



 四方八方に分散する真紅の飛沫――




(……この少年、こんなことまでできるのか……!)


 賢者最強のブウェイブですら驚愕の渦に飲まれている。


 その場の全員の足元が、赤黒い血溜まりで作られた結石によって固められ、動きも技も封じられてしまったのだ。




「止めないでくれ……。

やっと、バグが出ない世の中にできるかもしれないだろ……?」


「そ、そんな……。

だからって……」


 唯一確認できる彼の表情は、鋭く細めた三白眼。



「もし、さっきまでのやり方で儀式が成功しなかった場合、おれの命を使うって決めてたんだ……。

はなっから考えてたんだよ。

()()()()()()全て焼却させる……。

死の世界にもおれの魂は残らないから、おれが復活することは()()()できない」


「あなた……馬鹿のあなたが、なんでそんなことに頭を使ってるの……!?」


「ファム……ごめん……。

(ゆる)してもらったけど、おれは人を殺してる。

それは、おれ自身が考えてやったことだ。

このまま儀式が上手くいけば、命を投げる気はなかった……。

けど、結局こうなったってことは、やっぱり神様がおれに罰を受けろって言ってるんだと思う……」


「いやだよ……そんなの!!

やっと、やっと生き返って、わたし達2人一緒になれたんだよ!

それなのに、そんなのってないよ!

今すぐやめて、アルシン!!」


 ファムは全身で喚いて、受け入れようとしていない。


 他の者達も抵抗を続けているが、誰もどうすることもできなかった。





「おれは……【アザーワールド】だから」


「……なっ……!!」


 クノは彼の真意を理解した。



 OTHER(アザー) WORLD(ワールド)――【他】の【世界】。



 【他】の世【界】。



 ――【他界(たかい)】。



(アルシンさんは、ファムさんのためにぼく達を殺すと決めたその瞬間から――【自分の死】による罰という結末を望んで、この名を(しき)りに名乗っていた……!!

真理把握も不確実だ……事前に察することができなかった……!!

ここまで考えていた彼の深層心理を……!)




 その時。



「俺を……舐めるなよ、小僧!!」


 不穏な闇の芳香(ほうこう)が、熱く光る咆哮(ほうこう)で打ち消された。



「ムードクラッシャー!!」 【五大:土】


 踏ん張りを効かせたブウェイブ。

(気合の一点で)結石を捻じ曲げて自由を勝ち取った彼は、振り下ろした拳を床に叩きつけた。



「エエ!?」


 アルシンは両手をほっぺに仰天。



 ズドドドドドドド……!!


 地上を扇状(せんじょう)に走るオレンジの衝撃波。


 他の者達の拘束具が、あっという間に粉砕された。




「子供のくせして、思いつめるんじゃねぇよ!

俺の魂を貸してやる!!

……天啓!!」


 ブウェイブの気迫が加速し、可視化できるまでに肉体から漏出。



「オオオオォォォォォォ……!!」


 彼の目的は技を使うことではなく、自分の体内でオドとマナを活性化させて、【空】の代わりとなるエネルギーを作ること。



「「ブウェイブさん!」」


「儀式に携わっている者達は集中していろ!

儀式が失敗する!」


 弟子達を静止するブウェイブの体から飛び出す――無限の力。




「……僕達もやるぞ!

天啓!!」


「うん、天啓!!」


 ドリアンとミープも、ブウェイブに続く。




「あ、ああ……」


 ファムは彼らの心意気に、嗚咽(おえつ)を漏らしていた。




「おい、せっかくおれが――」


「アルシンさん!

大丈夫です、皆さんが助けてくれている!

信じましょうよ!」


「兄さんの言う通り!

すぐに命を捨てようとしないでください!」






 そして――




「………………やっぱりこうなるわよね……」


 こうなることを想定していた者が、また1人……。




()()

見てるんでしょ、今!!」



 ビフォンは天を仰ぎ、露出した空に向かって吠えた。




* * *




 同時刻。


 リエントの中枢ハウモニシティから各市町村――リエント全域へと繋がっている【ヌイの大平原】。




 ハート型の青い聖杯のバーチャル映像が、タブレットに流れていた。



「……っぐ、」


 【天啓を転移させる天啓】――【五大:火】の【ワンド】により、舌に焼けるような痛み。


 【エネルギーのみを転移させる天啓】――【五大:水】の【カップ】により、左手の()()の喪失。



「……よくやってくれたよ、皆の者」


 賢者長官のハンディーは、青い消耗を本望に狂わせ、周囲を見やる。




「これで、おいら達は本当にいいんすよね?」


「なんか貢献してるって実感湧かないけど……」


「我々にできることを全力でやったんだ」


「ええ、後は現場の皆さんに任せましょう」



 その広大な平原には――200人以上の賢者達が散らばっていた。

その中には、昨日クノバグと戦っていた10人の賢者もいる。



 彼らは天啓の新システム――【リンケージ】を用いて、最上威力の天啓を何重にも繋げていた。


 そして、老齢のベテラン女性賢者が(シメ)に発動した天啓――【ソロモン】で、繋がった天啓の力が宇宙へと飛翔。


 天に展開された強力なパワーに、宇宙に満ちるエネルギーである【エーテル】と【プネウマ】も食い付いてアタッチメント。




 超常に至った力は地上に落ちていく。


 更にそこに、ハンディーの2つの転送天啓の発動。




「……頼むよ、後は――ビフォン」



 賢者達の結集で作られたエネルギーが今――儀式の最中(さなか)に転送されていった……。





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