3章19話 「儀式の開始」
ダクスの棟梁――ビフォン。
圧倒的な霊力を保持する巫女姫。
信条は、【清く】【正しく】【強く】。
誰に対しても優しく、聡明な心の持ち主。
自分の実力に決して驕ることなく、裏表もない聖人。
そのような触れ込みをされていたが……。
「あはははははははっ!
いや〜、皆さん、お騒がせしてごめんなさい!
ま、とりあえずは……コイツをシメれてスッキリしたわ!」
鳴物入りで登場した彼女の人格は、イメージとは大分異なっていたので、皆は呆気に取られてしまっていた。
快活に笑うお口の悪いビフォンは、ぐったりしているドリアンの首筋を片手で軽々と弄んでいる。
「あの……お二人は、どのようなご関係で?」
「……う〜ん、幼馴染ってやつ?
昔は同じ村で貧乏貴族として住んでたのよ、私達!」
ビフォンはクノの質問を、顎に当てた指をパッチンと鳴らして、朗らかに答えた。
「……なのに、なんでリーさんにそんなことするんですか!?
離してあげたらどうなんです?」
ミープは憤慨。自分のパートナーを傷つける行為に嫌悪感を隠していない。
「10歳の時だったわ……。
故郷の村【フェンダイト】で、貴族である私とコイツ――どっちが賢者にふさわしいのか決闘をすることになった。
勝った方が中央政府で賢者候補として推薦されるっていう、お互いの家長が決めたルールでね。
賢者の活動で得た報酬金で村を支援するために……村の名を上げるために。
2人とも、ハードタイプまでのバグなら普通に倒すことができたから……」
ビフォンはドリアンと自身の境遇を語り始めた。
「私は、自分に宿る霊力をバグを倒すのに役立てたかった。
だから、すごく賢者になりたかった……。
それでも……派手に堂々と負けて賢者になれなかったのならば文句はなかったわ……」
ビフォンの表情が露骨に歪んだ。
ドリアンの首筋をこちらにズイっと突き出し、
「……それなのに、コイツ――自分が賢者になるために汚いことしやがってね……!
試合が始まる前に、後ろから不意打ちしてきて私は気絶させられたのよ!
おかげで決闘は私の不戦敗……無効でやり直し……ってことにはならなかった……!
納得いかないっての!
その後コイツは、そのままさっさと村から逃げ出して賢者になった。
どぉ、酷い話だと思わない!?」
と、皆に同意を求めてきた。
といっても、第三者であるこちら側には、その話の真偽も是非も判断ができない。
「むぅ…………」
ブウェイブも腕を組んで、返答に困っているようだ。
「ま、本当はもうそこまで気にしてないわ。
ただ、せっかく再会したから一発殴りたかっただけ!
というわけだから、こっから普通の巫女に戻ります!」
(い、一発……?)
(タコ殴りだったよね……?)
(普通の巫女って何……?)
こちらの女性陣は心の中で総ツッコミ。
「…………ふぅ、よし……。
この方はお返しします。
こちらの都合に余計なお時間を取らせてしまい、失礼致しました」
深呼吸して切り替えたビフォンは、ドリアンをアンダースローで放り投げた。
「……!
そうですね、そろそろ儀式の方に移りたいのですが……」
ドリアンをキャッチしたブウェイブが、彼を床に寝かせながら本題に入る。
「ああっ!?
ドリアンさん~~」
一方で、ファムが慌てて回復に向かっていく。
「任せなさい!
準備はできてるから!」
ビフォンは握り拳で自分の胸をドンと叩いて、自信満々に息巻いた(言葉遣いが変わったのはほんの一瞬だけだった)。
「「……!!」」
ビフォンの暴走に対して、唖然と傍観を貫いていた巫女達の空気が一変。
「ビフォン様……!!」
「遂に神事を為さるのですね!」
「待ち焦がれておりましたわ……!」
彼女達の頬が、ピンク色のトキメキに艶めいていっている。まるでアイドルのファンのようだ。
「さぁ、皆んな!
太陽の時間よ!!」
* * *
時刻は午前8時。
祭壇の頂からの威圧。
神聖な門が、荘厳なひんやりとした空気を放っている。
(あの先が……【死の世界】……)
これから始まる儀式のために、全員は天井が開け放たれた祭壇の間に移動した。
米、蜜酒、塩。
粉糖を大量にまぶした饅頭や、クッキーなどの菓子類。
リンゴ、バナナ、イチゴ、オレンジ、パイナップルなどを混ぜたフルーツサラダ(アンブロシア)。
十字の印が特徴のビスケット(ソウルケーキ)。
祭壇の下――お供物で固められた長方形の釜が設置されている。
周囲には釜を取り囲むように彫られた、東西南北のサークル。
釜からは神秘的な煙が放出し、中心に建てられた旗がそれを浴びて、はためいて。
「じゃ、準備はいい?」
クノ・シノ・アルシン・ファムは、ビフォンと巫女達に指定された各配置についていた。
西にクノ。
東にシノ。
南にアルシン。
北にファム。
清水に浸されている中央に立つビフォンに、4人は無言で頷いた。
「みんな……私も手伝うよ」
ビフォンのとなりで膝を突くベルウィン。両手を組んで祈りの体勢。
リン……チリン、リリリン……。
5人の巫女の舞で鳴らされる神楽鈴。
……ブクブクブク…………ザバアッッ!
聖女らの周りの清水が、鈴の拍に合わせて飛沫を上げていく……。
「…………ッ、!!」
ビフォンは千軍万馬の戦姫の貫禄を纏っていた。
彼女の右手から――例の精気。
「我の名は、ダクスの巫女ビフォン。
此岸に住む者の一人なり」
精気は正面の祭壇の上へ、上へと登っていき……頂で聳え立つ、固く閉ざされた門に直撃。
「我――衆生の先頭に立ち、東岳大帝に申す……」
死の世界へ続く門が、あっという間に白い精気のベールで覆われた……。
「黄泉を彷徨う魂達の嘆きの牢獄――【枉死城】を、うつし世の下に晒したまえ……!」
ビフォンは左手にも白の精気を宿らせた。そのまま門の方を向いたまま、背後の釜へと精気を放つ。
「魔釜よ――我の望みを拵えよ」
中身が入っていなかった釜が、唐突にグツグツと煮えたぎり沸騰。煙の勢いがどんどん増していく……。
「我――枉死城の門を開く【鍵】を欲す。
【森羅万象の不浄を斬り裂く絶対の剣】」
周辺の地が、空気が震動。
波打つ次元。
「我が差し出す対価は――露が持つ尊さを結集させた輝きの研鑽。
即ち、【生命の超越】……」
現世の理を無視していく超常……。
「四人の愚者達よ、世界に示せ!
生命の樹を辿る光を!」
「「「「マイン!!」」」」
ビフォンの言葉を合図に、サークルで待機していたマインダーの4人が叫ぶ。
その身に埋め込まれた今や意思なき辰砂――賢者の石が覚醒。
彼らの衣装は、マインの盾に切り替わっていく。
「アアアアアアアアアアアアーー!!」 【五大:火】
「ああああああああああああ!!」 【五大:風】
「はあああぁぁぁっっ!!」 【五大:水】
「うおああああああああああ!!」 【五大:土】
4人の身体から、深紅のエネルギーが滝のように迸った。
彼らは自分のスピリットを、真理把握や源躍流武術の応用で知覚。それを最大限まで高めてから、体内のエネルギー操作で肉体から放出しているのである。
* * *
今回の騒動で、クノはアンノウンになった。
5年前に現れた初めてのアンノウンの正体は、アルシンとファムだった。
今年発生した7体のアンノウンは、孤児院で暮らしていた7人の孤児達が変化した姿である可能性が浮上中。
……これらの事実と情報を合わせると、もはや【バグ】そのものが、【人間の成れの果て】である可能性も浮上してしまった。
7人の孤児達は、アンノウンの発生と同時に皆が謎の失踪を遂げている。
もしもアンノウン=孤児達だったのならば――7人の孤児達は今となっては亡くなっており、彼らの魂が死の世界で漂っているはず。
まずは死の世界に赴いて彼らの魂を見つける。
その後、可能ならば彼らを蘇生させ、蘇生が不可能ならば成仏できるようにその魂を癒す。
これらの活動をする中で、バグの新たな情報や真実も獲得する――それが今回の任務である。
だが、今行っている儀式でビフォンが作ろうとしている【聖剣】は、死の世界への扉を開く【鍵】であると同時に、【不浄なるものを断ち切る力】を持つ。
少なくとも、【辰砂の力で人がアンノウンになる】ことは現在確定している。辰砂の意思は滅びたとはいえ、復活してまたどこかで暗躍することも考えられる。
しかし、聖剣の力で【人が不浄なアンノウンになる可能性】を完全に断ち切れば、(たとえ辰砂の意思があろうとも)アンノウンの発生を今後阻止できるかもしれないのだ。
更に突き詰めれば――もし、【バグという存在全てが人が変化した姿】であるのなら、同様に今後ジェネラルのバグの発生すらも防げるかもしれないのである。
【バグの発生を止め、真相も獲得し、アンノウンにされた被害者達も救う】――
これまでバグの撲滅に進展がなかった中で。
この日、急激に話が動き始めた。
まだ、【かもしれない】・【可能性】段階であることも多い現状での活動ではあるが、果たして……。




