3章18話 「ビフォン様」
「どうぞ。
お入りください」
「失礼します」
案内人に促されて。
ゆっくりと開け放った戸の先は、一面がモミの木から作られた床に壁。
クノ一行が到着したのは、道場のような広間だった。
「あ!
クー君、ノンちゃん、ベルちゃんだあ〜♪」
「先に上がらせてもらっていましたよ」
中心には仲間達がいた。
しっかりと正座をしているミープとドリアン。
「………………どうも……」
そして2人の傍ら――丁寧に頭を下げるファムと、
「…………よぉ」
ぶっきらぼうに胡座をかいているアルシン。
アルシンとファムは、中央政府から支給された賢衣を身につけていた。2人は賢者ではないが、今回の任務のために急遽あてがった模様。
その空間には仲間達の他に、緋袴、白衣、足袋――巫女装束を身につけた若い5人の女性が立っていた。
皆が容姿端麗。黒髪を結えて姿勢を正し、袴の帯の下に両手を添えた、清楚な佇まいできっちりと整列している。
「お待ちしておりました」
彼女らの懇切丁寧な一斉のお辞儀によって、一行は迎えられた。
ここは――古の趣が染み渡る、瓦屋根の建造物。五重塔形式の構築。
【姫様】がいる城の内部。
「到着が遅れてしまい、申し訳ありません。
【本儀式】に携わる賢者一同の責任者を務めさせていただくブウェイブです、よろしくお願い致します。
この度は、こちら側の急で勝手な要望を快く了承してくださり、且つ、迅速で柔軟な対応をしていただき、感謝に堪えません。
――誠に恐縮至極に存じます」
一行の先頭に立つブウェイブ。彼も深々と頭を下げて誠心誠意で応じている。
「それで……既に伺っているとは思いますが、改めて儀式に参加する中心人物を紹介します。
こちらのクノとシノ、先んじてそちらで預かってくれていたアルシンとファム――第一段階が彼らになります。
また、こちらのベルウィンの方ですが、本人の希望と数刻前の実績から、補助としての役目を与えています。
儀式の成功確率を引き上げるのに貢献してくれるでしょう」
「あの」
アルシンが挙手。
「おれの名前はアルシンではありません。
以前にも名乗った通り、【アザーワールド】ですから」
「それから儀式の第二部では、マスター賢者であるドリアンとミープ、私自身も参加させていただきます」
「ご丁寧にありがとう御座います、ブウェイブ様」
中央に立つ一番身長が高い巫女が返事をする。彼女がその中でのリーダーなのだろうか。
「『ビフォン』様は、【祭壇の間】で斎戒を致しておりますわ。
舞台装置の作成は既に完了しておりますので、ビフォン様の帰還後には儀式を始めることが可能で御座います」
「……!!」
ドリアンの肩がビクッと震えたのを、クノは見逃さなかった。
〈どうしました?〉
〈いや、寒くなってきた……と、思ってな〉
〈この部屋……暖房ついてますけど……〉
〈そ、そうか……そうだな……!
なら、これは……武者震いというやつかな!〉
念話で聞いてみると、何だか微妙な返答をされた。
それはさておき、先程とは別の巫女が口を開いた。
「間も無くご帰還なさるかと思いますので、それまでは心身を乱さぬようにリラックスに努めてください」
「驚きました……流石に用意が早過ぎるのでは?
予定では今晩の時刻に行うはずだったはずですが……」
ブウェイブは眉を顰めて苦笑い。
「先月――アルシン様がこちらにお越しくださった際に、既に注文は承っておりましたから」
「だから、おれはアザーワールド……」
「お優しい心を備えているビフォン様の指揮の下。
聖人である私共や、町の技術者の方々の力を結集させて作成に取り掛かっておりました。
ですので、時間には大分余裕がありました」
「神職者は心技体……全てが優れていなければなりません……。
ビフォン様はそんな私共を束ねる聡明な御方……。
18歳という若さでありながら……人々の希望となって輝く立派なお姿――ああ、お美しい……!」
「ビフォン様は、私共を凌駕する老若男女誰もが羨む美貌の持ち主でありながら、決して驕ることなく、裏表もございません!
【清く】【正しく】【強く】を3箇条としている素晴らしい御方なのですから!」
口々に恍惚と、【姫】のことを褒めちぎる巫女達。
……地味に彼女達は自画自賛もしているが……。
(すごいね、アルシン……!
そんな素敵な人に今からお会いできるなんて、ドキドキする!)
(いや、おれはこの間会ってるけど……)
アルシンとファムがひそひそと話していた時――
「――瞬爛」 【五行:火】
勃発した、ゲリラ的な闇と閃光……。
「ぎゃあああああああああああ!?」
「きゃあっ!?
アルシン!??!」
突如として、黒い精気を纏った球体がアルシンの全身にぶつけられた。
(なんだ!?)
どよめき。混乱。ざわつき。
「ごめんなさい!
すぐに【直す】から!」
サバサバした少女の声。
美しさ、凛々しさ、活発、落ち着きが混じり合う、独特な低めの声だった。
「ちょおぉぉぉぉ!?
治ってない治ってない治ってない!!」
今度は、白い精気を纏った球体がアルシンを包み込んだ。……のだが、彼は体をビクンビクンとさせて苦しみ悶えている。
「アルシン、待ってて!」
ファムが純白の右手を振り翳す。
甘く柔らかな芳香。
その手のひらから噴き出した白い液体が、アルシンを浄化していく。
(ファムさんも…………!)
クノは思わず感嘆した。
アルシンと同様に、マインを発動してなくても片腕の力を使えている……。
恐らくその場合は、マイン状態よりも精度が著しく落ちるのだろうが……。
「へぇ、あなた!
そんな力を持っているなんて、トクベツなのね!」
陽気に声をかけてきたのは。
先程から再三持ち上げられていたこの城の主であり、この都市の【姫】であるビフォンだった。
胸元まで伸びたウェーブ巻きの黒髪。
スレンダーな体型。
満月のように輝きを放つ、山吹色のまん丸な瞳。
あらゆる陰や不にも動じないような強い眼力と顔つき。
他の巫女達と同じ装束の上に、円環の中で羽ばたく朱雀が描かれた白い千早を羽織っている。
「「「ビフォン様!!」」」
突然現れた彼女は巫女達から黄色い声援を受けながら、ファムに感心の笑みを向けている。
「ど、どうもありがとうございます……」
ファムはきょとんとしているが、それはここにいる他の者達も同じ。
何せ、アルシンにいきなり2つの球体をぶち込んだのは、彼女なのだから。
「大丈夫、アル……じゃなくて、アザーワールド君!?
また来てくれたのにホントごめんね、君に当てるつもりはなかったの!」
ビフォンは柔らかい表情ですぐにアルシンに駆け寄った。そして、彼の頭や地肌をサスサスと愛撫で労わっていく。
「び、ビフォンさん……!
いえ、これくらい、何てことありません……!!」
アルシンは被害者の割に、汗みずくの顔を真っ赤に染めて満更でもなさそうにしている。彼の目には、聖母でも映っているのだろうか……?
「――逃げるな!」
ビフォンは鬼のような形相に一転した。
「あんたが避けたせいで、関係ない子に当たったじゃない!!」
視点を後方の一点へと変更。
そのまま彼女は黒い精気が宿る右手を振り上げ、再びあの闇の球体を飛ばした。
「……うわっ!」
ビフォンが放つ闇が、先程アルシンの前方で刹那に消えた閃光――ドリアンを捕らえた。
「リーさん!?」
「フッフッフッ……捕まえたァァァ……!」
狂気のニタつきを作る口元から、鬼神の如きドスを利かせたおぞましい唸り声が響く。
「何をなさってるんですか!」
「うるさい!!」
ビフォンの先程からの謎の行動を見かねて、ブウェイブが動く。
「何!?」
しかし、金縛りにあったかのように彼の全身が硬直。
いつの間にか、彼の足元に【見えない何か】が巻き付いていた。
「さぁ、コロス!」
ビフォンが膝を抜き、跳躍――武闘家もビックリな速度の鮮やかな瞬歩で、闇へと飛び込んでいく。
ビフォンが闇に到達したと同時。
闇が、透き通った紫のキューブ状の結界へと変換。ドリアンはビフォンとともにその中に閉じ込められてしまった。
クノ達にも結界の中の光景がよく見えている。
ドリアンが青ざめた顔でガクガクと腰を抜かしていた。そして、指をポキポキ鳴らして仁王立ちのビフォンを見上げている。
(あんなドリアンさん……見たことない……)
「や、やぁ……。
久しぶり……だね……ビフォン……」
「久しぶりよねぇ、ドリアン……。
覚悟は……できてるんでしょ?」
ボコォォッ!!
ボコォォッッ!!
ボッコオォォッッ!!
拳骨の鈍い音が何度も鳴り響き、
「アアアアア〜〜〜〜!!」
情けない青年の悲鳴が木霊する。
((な…………))
(はあ!?)
ギャラリーは当然ドン引き。
その一方で、
「ふぁむ……何でそんな目でおれを……!?」
ジト目でアルシンを蔑むように睨みつけているファムが、純白の張り手を繰り出した。
ビターーーーン……!!
「美人だからってデレデレし過ぎ!」
「さっきまで会いたがってたくせに!?」
「ちょっとちょっと、喧嘩は……ごふっ!!」
仲裁しようと駆け寄ったミープの顔面がひしゃげた。吹っ飛ばされてよろめくアルシンが勢い余って、その左手でどついてしまったのである。
「きゅ〜〜〜」
双眸を渦巻きにして千鳥足のミープは、床に置いていた味覚刀の鐺を踏んだ。
すると、鞘に納められた味覚刀がシュルシュルと音を立てて、軽々と空中を舞い――
「シノ!!」
それに気づいたクノは、立ち尽くしていたシノに割って入る。
味覚刀はクノの脳天を直撃!
「――いっ!」
「兄さん!?」
更に味覚刀は反射し――シノの後頭部に炸裂!
「あっ……!」
バタバタと倒れて山を成す少年少女達。
(………………)
無事だったベルウィンのみが戦慄して絶句する。
ビフォンの出現により。
一瞬で場は阿鼻叫喚になってしまった……。




