3章17話 「ダクス」
「ちょ、長官……!?」
皆は一瞬にして目を奪われてしまっていた。
「う、うっそぉ……」
「まさか、長官が……」
「そ、その、……すみません、長官……!
これは、決して故意でやったことでは……」
思わず目を疑う光景。
頭部を光らせるハンディーの足元に転がっている――【赤と黄色のフサフサとした塊】。
吹き飛ばされた時に、その頭からズリ落ちたのだ。
「…………なってないな、デリカシーが」
これまで隠していた秘密を見られたハンディー。
機嫌を悪くしたのか、素っ気のない顔で髪の毛を拾い上げて素早く被る。
「…………私を待つヘリが外で待機しております、先程から……。
故に先に本部へ帰っています、この私は。
ですので任せますよ、後のことは」
ハンディーは最低限な言葉だけを残して、足早に立ち去ってしまった。
* * *
「何がなんだか……一体、なんで……」
「うん……どうして抜けちゃったんだろう……」
「でも、もっといいデザインのウィッグだってあったと思うんだけど――」
「いえ、そうではなくて!
ぼくが言いたいのは、なんで賢者庁にいるはずの長官が、この北部までやってきたのか……!
それに、ブウェイブさんだって……!
また、任務の詳細とは一体何なのか……!
そもそも、ここはどこなのか……!
それから……アルシンさんとファムさんは……ドリアンさん達も……」
クノは気になることだらけ。
だがその不明点の多さや、ハンディーの明かされた秘密によって、バグの正体に迫った時に蘇った心の傷が紛らわされていた。
「あ、えっとね、クノくん、ここは――」
「……ん、俺が話そう……」
仕事モードに戻ったブウェイブが、しどろもどろなベルウィンを制して説明を始める。
「まずハンディー長官のことだが、長官は責任者の立場だからな。
今回の件の重要参考人となっているあの子供達の尋問、事態の迅速な把握と今後の対応…………。
そして、クノ――お前の処分を言い渡すなどのために、緊急で駆けつけたんだよ。
この北部の地方での対バグ活動はD機関が管轄しているため、賢者が介入するなどは本来あり得ない……。
下手したら不法就労扱いされるのだが、今回は非常時の非常時故に特別だ。
長官はこれから帰って、自分の仕事に戻るようだ」
それから――ハンディーとクリアが実はマスター賢者だったことも聞かされた。
普段は飄々としているあの2人だが、今回の事件では自ら命を張って動いていたようだ。
(長官……クリアさん……。
ぼくのために……身を削ってまで……。
ドリアンさん、ミープさん、ブウェイブさん、賢者の皆さんも――姉さんも、シノも。
改めて、大変な迷惑をかけてすみません)
「俺の方は、防衛大臣からの任務を全て遂行し終わった。
賢者庁に帰還した直後に、お前がアンノウンになったと長官から言われてな。
それでここに転送されたんだよ」
「……本当にすみません……すみません……」
「もう気にするな、いくら悔やみ続けても過去はどうにもならん。
だからこそ、今と未来をどうにかするんだ」
何度も暗く頭を下げ続けるクノに、優しく乗せられた大きな手のひらは、太陽の光以上に温かった。
「それで、お前の質問への答えの続きだが。
ここはお前の最後の任務地であり、もしかしたらバグとの最終決戦になるかもしれない都市――【ダクス】だ。
お前達が気を失っている間にここまで移送した。
今日この日の内ではないと、任務が不可能だと分かったからな」
「??」
* * *
ブウェイブから任務内容を簡単に聞かされたクノ達は、外へと連れ出された。
それまで滞在していた建物は、縦に伸びた長方形の暗黒物体――【ホテル:ダークマター】。
邪悪な名称とは裏腹に値段は良心的で、数時間の仮眠程度のサービスも格安で受けることができる。夜間になると、踊り子が地下のバーでダンスショーを催すらしい。
「ここが、ダクス……」
侘しさや懐古を覚える払暁の下――前方には淡い灯りが咲き誇り、広がっていた。
「きれいね……兄さん……」
延々と浮かぶ灯籠の海。
提灯がぶら下げられた木造家屋の諸島。
どどめ色の露天風呂。
木々や建築物の至る所に貼らさっている、読めない文字で書かれた札。
何かを祀っているのか、それとも封印でもしているのか、注連縄が括り付けられている巨大な護石が点在。
バグがこれまでの歴史の中で一度も発生していないダクスの市井は、篝火と東雲に支配された影香るストリート。今日が10月31日であるからなのか、顔の形にくり抜かれたかぼちゃ型の装飾が周囲を彩っていた。
「さっき説明した通り、これからこの都市の【姫様】――その方に会いに行く」
〈……あ、あの……〉
歩いている途中で、シノがブウェイブの特攻服の裾をつまんで引っ張った。
「?」
モジモジとするシノが顎で指し示す方角には、こちらを物珍しそうな視線で見つめる住人達が集中していた。
指を差して、ひそひそと噂話をする者。
会釈をしてくれる者。
これ見よがしに玉蹴りをする者。
麻袋や藁で作った被り物で顔を隠して挑発してくる者(これは単なる今日のための仮装と振る舞いだろう)。
クノを注視したり、勝手に彼の写真を撮影する者――十人十色。
〈まぁ、俺達は余所者だしな……。
それも、中央政府関係者が突然介入してきたとなれば、住人達が不思議に思うのも無理もない〉
〈大丈夫なんですか……?〉
〈問題ない、内のトップの方々がこちらにも話をつけてある。
それにな――姫様は今日、【来客】が来ることを確信していたらしい。
だからこう見えて歓迎されてるんだよ、俺達はな〉
目的地はブレインマップに表示されている。
一行は眼差しの波をかき分けて、本丸へと進んでいく……。
* * *
「トリック・オア・トリート!」
不意に呼び止められた。
「「!?」」
一行は声のした方角を見やる。
「バターたっぷりのソウルケーキをおくれぃ」
全身も素顔も真っ黒のローブで隠した、どう考えても怪しい女性。1枚のカードをヒラヒラと掲げている。
「ハチミツもかけてくれると嬉しいのぅ」
「失礼、我々は急いでいますので。
それに、あいにくお菓子の類は持ち合わせていないので――」
謎の女性がローテーションに告げてくる要求を、ブウェイブはサラッとあしらう。
「……なんちゃって」
空気が急激に、横一文字に疾った。
「……エッ!?」
ベルウィンの人差し指と中指の間に挟み込まれた、1枚のカード。
怪しい謎の女性が彼女目がけて投げつけたのだ。
「……これは……」
ベルウィンはカードに目を通す。
落雷と業火に晒されて崩壊していく塔。そして、その塔から落下していく人々のイラストが描かれていた。
「【神の家】……。
ほ、ほ、ほ……」
謎の女性は薄気味悪く嗤っている。
「……あ、あの、私達に何か……?」
ベルウィンがおずおずと尋ねる。
「占いの結果――おぬしらに【最悪】が出たのじゃ」
女性は一行全員をゆっくりと順番に指差してきた。
「占い?
ですから、一体何を――」
「さっさと往生せい。
その方が悟れて楽になるぞ」
「いや、ですから!」
「先に教えておいたのだから、ありがたいと思うのじゃ」
「あの……」
話がまるで通じる様子がない……。
どうでもいいが、占い師らしきこの女性の声は、老生したようなその口調に反して妙に若々しい。
「決して目をそらすなよ」
「ですから!
ちゃんと分かるように――」
「そうじゃのう、たとえば……目の前に全裸の異性が現れても、目をそらしてはならないのと同じように……」
問答はこの後もしばらく続いた……。
この謎の女性は一方的に自分の言いたいことを気怠そうに告げてくる。しかし言葉が遥かに足りていないので、一行は内容が全く理解できない。
「〜〜〜〜〜っっっ!」
限界に達したのか、ベルウィンは遂に声を張り上げた。
「冷やかしなら、もう結構です!
私達はこれから、この世の命運がかかった戦いに――」
「そうとも、この世の命運じゃ!」
太くドスの利いた声が響いた。
「そこのおぬし……!!
何が起こっても受け入れろ、【最悪】でも!」
その女性はベルウィンの怒鳴りを遮ったばかりか、彼女個人を指差して念を押すように言い放ったのである。
「ほ、ほ、ほ、……ほほほほ……ほほほほほほほ!!」
そして――謎の女性は高笑いをしながら走り去っていった……。
* * *
…………………………。
意味の分からなさに、全員は冷や汗かいて呆けるしかなかった。
「失礼ですが、情緒がふの字の方なのでしょうか……?」
「今日が【ハロウィン】だから、この世の全てを知っている魔女……的な振る舞いをしているのだろう、きっと……
(俺にもああいう時期があった)」
「……姉さん……?」
占い師の言葉に心が明後日に飛ばされたのか、ベルウィンは呆然と瞳孔を開いたまま微動だにしていない。
「姉さん!」
「……!!」
シノが強く体を揺さぶると、ようやくベルウィンは我に返った。
「あ、ごめんなさい!
だいじょぶだいじょぶ!」
「珍しいですね……姉さんが声を荒げて本気で怒るなんて……」
「自分でも驚いてる……私……どうしたんだろ……?」
「気にするな、行くぞ」
ため息吐くブウェイブの一声で、一行は再び歩み始める。
(最悪……最悪……最悪……。
……これから、私達に何が起こるというの……?)
歩いている最中。
(…………まさか――ううん、あんな言葉……気にする必要ない……!
デタラメに決まってる……!)
ベルウィンの心には、占い師の言葉が途切れることなく流れ続けていた……。




