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1章6話 「ご褒美」



「はい、これ」


 賢者になってから2日目。

トレーニングルームから帰還したクノとシノに差し出された封筒。




「…………これは?」


「昨日のはじめての任務のご褒美っ♡」


「………………」


 底抜けに明るく笑うベルウィン。

彼女から漂う(いや)しの波動は、思わずクノを見惚(みほ)れさせた。



「開けてみてっ♡」


 ウキウキと弾んだ声に()きつけられて、クノとシノは訝しみながらも封筒を開いた。




「…………こんなに、いいんですか!?」


「それはわたしが決めることじゃないよ~。

わたしの仕事は支給された金額を渡すだけだからね!」


「で、でも……わたくし達は!

(お小遣いをもらったことだってないのに!)」


「働いたら、その分の対価を得る。

これ、社会の摂理(せつり)

2人と違う仕事をしてるわたしだってもらってるんだし、気にすることないよ!

命を懸けて戦ってるんだから沢山もらって当然だろう!

むしろこれでも足りないくらいだ!

…….って胸張って言えるくらいが、ちょうどいいと思う!」


 戸惑う2人の肩を、ベルウィンはポンポンと優しく叩き、スマイル全開。




「ですが、ありませんわ……使い道が……」


「え~、勿体ない!

自分の好きなことに使えばいいじゃない!」


 ベルウィンはぷくうぅぅ~っと頬を膨らませて、握り拳を節操なくブンブンと上下させる。



「「うーーーん」」


 仕方なく、仲良く首を(かし)げて使い道を模索するクノとシノ。





 やがて、シノが口を開いた。



「……焚き火の材料として取っておく、兄さん?」


「……はあ!?」


 ベルウィンは、ぐでんとずっこけそうになるが、すぐにリカバリーし、(とが)めに入る。



「……なるほど!

いざとなったら、()()()()()()()にもできますね!」


(え~~~、これも食べる気……???)


 ぶっ飛んでいるのは、兄もだった。

ベルウィンの全身が貫かれ、風船がしぼむようにへなへなと力が抜けていく……。



「いやいや!

そんなことしたら罰当たるよ!

お金だよ、お・か・ね!!

無限じゃないし、みんなが平等に与えられるものじゃないんだよ!?

それに、食べ物以外は食べちゃダメ、ダメ!」


 それでも、彼女はめげずに立ち上がり、人間社会から外れたこの兄妹をどうにか導き続ける。


「ほら……もっとあるでしょ!?

楽しいこととか、ほしかったものとか!」




(そう言われてもな…………。

今まで娯楽とは無縁だったし、思いつかない……)


 クノは顎に手を当てて、広大な渦を巻く思考…………。



「…………そうだ、」


 

 クノは札束を抱えて、リビングへと駆け出した。



* * *



 テーブルには、三角形のタワー。


 多くの紙の山を綺麗に崩さないようにと、丹念(たんねん)に、慎重に積み上げて作られた傑作だ。



「ふっ、どうですか?」


 ベルウィンが初めて見た、クノのドヤ顔。


(えっ……かわいい……好き♡)


 それが今日ようやく目にした、彼の年相応の姿だった。




「わ~!!

立派なタワー!

よくできました~!」


 パチパチパチパチ!



「兄さん、すごいわ!

器用ね!」


 パチパチパチパチ!



 満面の笑顔と、拍手喝采(はくしゅかっさい)は伝染。

クノを称賛する天使はもう一人。




 ……………………。




「――いや、それも違うよ!

その使い方は、確実に間違ってる!

そもそも、それだと使ったことになってないし!」


 茶番劇場はこうして打ち切られた。



「なら、要らないから、お金に困ってる人に譲ります」


「……へ?」


 普段の落ち着いた口調に戻ったクノは、躊躇いなく言い切った。




「そうね、極限に質素な生活しかできなかったわたくし達には要らないわ。

宝の持ち腐れになってしまうし……」


「…………」


 ベルウィンは押し黙り俯いてしまった。



「……あの、姉さん?」


「何か失礼なことでも言ってしまいましたか?」


 流石の兄妹も、自分達の発言の落ち度をなんとなくではあるが察した。




「……分かった……」



 ベルウィンはポツリと呟いた後、顔を大きく上げて、



「こういう時のために、さっき買って来たの!

遊園地のチケット、3人分!

いつか完全にオフの日に、みんなで行こっ!!

お金を使った楽しみ方、教えてあげる!」



 ……と、3枚の紙を掲げた。



* * *




「はい、これ」


「…………!」


 トレーニングルームのブウェイブ。

クノとシノが帰った後、切り株の上で瞑想していた彼の頬に、ひんやりとした硬い素材が当てられた。



「差し入れ。

頑張ってるみたいだから、ご褒美」


「……おお、すまない」


 手渡された缶コーヒーを受け取り、リングプルを開ける。



 プシュッッ!!


 

 ビシャアッ!



「…………ちょっと……」


 ブウェイブの筋力によって勢いよく飛び散ったコーヒーが、レディクの顔中に浴びせられた。


「…………おお、すまない…………」


 静かな声色で(にら)みつけてくる彼女に、ブウェイブの背筋に青い線が走った。



「…………まあ、いいわ。

しっかし、相変わらず力が有り余ってるのね、あなた」


 ピンクのハンカチで顔を拭きながら、レディクは呆れ果てている。



「……悪かったな。

けどよ、俺の方があんたよりも、年齢も立場も遥かに上だ。

あんたとは昔からの仲とはいえ、いい加減、仕事場では分別ってものを(わきま)えてほしいな――」


「別にいいでしょ、今はプライベートなんだから……」


 レディクはブウェイブのとなりの草原に腰を下ろした。



「おい、座るんならこっちに座れよ。

今どくから」


「いや、すぐ帰るわ」


「……そうか。

で、何しに来たんだ?」


「子供達はどう?」



 レディクがブウェイブの顔を覗き込んでくる。



「…………ごくっ、ん、大したものだ。

まだ天啓は発展途上だが、賢者になりたてにしてはかなりの適応力だ。

それも、あの年でな」


 コーヒーを一口、グイっと。

クノとシノの顔を思い浮かべながら答える。


「あんたも……結構気にかけてやってるんだな。

あの子達のことを」


 眼差しに感心の色を浮かべると、クールなレディクが突然吹き出した。



「うふふっ!

確かに、あの子達のことは気になるわ。

賢者は最低10歳からなのに、あの子達は7歳でなった……これは異例のこと。

その上、達観し過ぎてるし、振る舞いも全然子供らしくない。

……っていうか、私から見ると、どこか人間味に欠けているような気がする。

背伸びしてるって感じでもないから、見ていて心配になってくるわ。

……でも、」


「…………あ?」


「私――子供達って、()()()()()()()って意味で言ったのよ」


 レディクは悪戯っぽく笑った。



「……なんだ、そっちかよ。

2人とも元気に幼稚園に行ってる。

俺達と同じ道に進ませる気はない。

……さっきから、なんでそんなに笑ってるんだ?」


「だって!

普通、子持ちのパパに子供達はどう? って聞いたら、自分の子のことが浮かぶもんじゃないの?

そんなにあなたが、クノ君とシノちゃんに入れ込んでるから、養子にでもする気じゃないかって思って!」


「…………あんたがうちの奥さんから聞いてるもんだと思ったんだよ。

毎晩連絡取るくらいラブラブだろ、あんたらは」


「確かに『エニー』から聞いてるけど、それだとママからしか聞いてないから、パパの方からも聞かないとな~って!」



 この2人は、かれこれ7年くらいの付き合いである。


 レディク(26)と、ブウェイブ(35)の妻であるエニー(27)は元々、百合に見えてくる程の友人である。

なので、その繋がりからの関係というわけだ。


 レディクは、()()()()()()()()になってしまったが故に、知人の子供達の成長を自分の子供のことのように楽しみにしているのだ。



「……クノとシノを狙ってるのは、あんたの方じゃないのか?」


「……どうかな~」


 彼女はスーツの下の乳房をぶるんぶるんと派手に揺らしながら立ち上がった。どう見てもわざとやっている仕草だった。



 ブウェイブは苦笑いでため息を吐く。


「この後に及んで俺を誘惑する気か?

俺の魂は、奥さん以外には惹かれないのは知ってるだろ?」


「相変わらずつれないわね」


「うるさい、既婚者に向かってすることじゃないだろ。

他の奴にしろよ」


「ふふっ、ちょっと遊んだだけ。

……じゃ、帰るわ」


「ああ帰れ」



 レディクは妖艶に手を上げて、入り口へと歩き出した。



「…………そういや、」


「?」


「……いや、なんでもねぇ。

それじゃあな」


「……うん、何かあったらまた来るわ」



* * *



「………………養子……」


 レディクが立ち去った後。

相変わらず切り株に座ったままのブウェイブは、思考に浸っていた。



(クノとシノ――2人を捨てた父親は公になっているが(というか、あいつ、俺の目の前で捨てやがった)、()()の情報は明らかにされていない……。

単に非公開なだけか、それとも曰くでもあるのか……。

別に、気にすることでもないのかもしれないが……)





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